冒険者の仕立て屋さん『外見偏差値カンストオーバーの彼女は、今日も愛の言葉を真に受てくれない』爺さんの未練のために、異世界で一番の名店「コンビニ」に。いつか、行けたら良いな。
第6話 こいびとみまん【じれ愛回】2027文字
第6話 こいびとみまん【じれ愛回】2027文字
クリスが気を利かせて、先に歩哨に立ってくれた。姫さんはじっと少し見られたのが気に入らないのか、威嚇気味に目を細めて彼を見送った。
美人がやると迫力が違うからやめろと言うに。食事の容器を、姫さんの水の魔法で軽く洗浄する。こういう時魔法使いが居てくれると、とても便利で良いな。
「こっち終わりましたー……ふふっ」
「おっと」
無防備に背中を見せていたら、そっと何か1つ丸い物を押しつけられた。そのままぐりぐりやられている。どうやら額を押し付けられているようだ。
「うふふふふっ、汗くさ〜い」
「こーら、やめてくれ」
スンスンと鼻を鳴らして、彼女は俺の臭いを嗅いでいる。別に不快には感じないが、何がそんなに嬉しいのやら。
おそらく犬猫のように落ち着くのだろう。なんとなく昔を思い出す。姫さんとは、彼女から声を掛けてくれた事で知り合った。
その後、オレンジガベラのパトロン、様々な商品のテスターになってくれて、事実上フィッターの専門教師として、一緒に依頼を請け負う事が多い。
恋人未満、友達以上の関係だろうか。
まあ彼女は結構秘密主義で、細かい事は秘密にされる事も多く、よく知らない事もまだまだ多いのだが、そこが実に可愛らしい。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
水に濡れた手ぬぐいを受け取って、絞って身体を拭く。姫さんも背を向け合って、ローブ越しに同じように身体を拭いた。
さっぱりとして心地良い。姫さんと目が合うと、なんとなく気恥ずかしくなって、笑えてしまった。
「寝袋出すか」
「はーい」
姫さんの背負い袋を覗くと、春先の樹の実がぎっしり詰まっていた。いつの間にか自然に恵まれているのは、流石のフェアリスと言った所か。
ぎゅうぎゅうの背負い袋から寝袋を取り出すと、広げて何度か叩いて、ぷっくりと膨らませる。
我が店オレンジガベラでも売れ筋の商品で、俺も商品開発に協力した品だ。
少し値は張るが寝心地ふんわりで、いざというとき浮袋や水のうにもできる便利な品だった。
2人でそれぞれ入り、バフッと寝転びながら、背伸びをして凝って疲労した身体をほぐした。
「宝石の調子はどうだい、姫さん?」
一瞬、意味がわからなかったのだろう。姫さんは寝転んだまま、きょとんと可愛らしくこっちを覗き込んで、にまぁと笑いかけてくれた。
「絶賛売り出し中ですとも。1番買って頂きたい殿方だけに……」
「そうかい。まだ隅々まで、宝石を物色中だから今度な」
寝袋越しに彼女がすり寄ってきた。わずかに甘い香りが鼻をくすぐる。姫さんの黒髪の匂いだろうか。少しだけ胸がきゅっとなって、男として欲しくなり、抗うために目を閉じた。
「何か、お話して」
「何が聞きたい?」
「ん〜……コンビニ行ったら、何が欲しいの?」
「そだなぁ……姫さんが喜ぶもんが、まず欲しいかな」
「あたしの?」
「うん……何かないか?」
彼女はぼんやりと、火が消えかけの暖炉の方を向いている。軽くあくびをしながら、しばらく返事を待った。
「じゃあ、不老のお薬が欲しいね。ずっと欲しかったので」
姫さんは老いることが一切無いフェアリスだ。老人と言う概念もなく、滅多に産まれない種族でもある。その彼女が、不老を求める。わからない話でもなかった。1人は誰だって嫌だものな。だが、俺は気になる事があった。
「不老だけ。不死はいらないのか?」
「不老なだけで持て余し気味なので、怖いし……」
わからない話でも無い。永遠に生き続けるのは、地獄のように苦しいかも知れない。同時に今すぐに死ぬのなんて、絶対に嫌でもある。生き物としては当たり前だな。
「他には?」
「とにかく数が見たいかな。参考にできる物品も多くあるだろう?」
「あー……でしょうね」
「でも、他の種族になれる何かがあれば良いかな。俺もブレンドだからさ」
祖父はハーフリザードマンだったし、母はドヴェルクで、父は半獣人だ。混血中の混血で、見た目こそニンゲン種族に似ているが、血統的には雑種も良いとこだ。
珍しくなんざ無いが、どれか1つになりたいなとぼんやり思った事だって、無いわけじゃない。
「フェアリスに?」
「いや、もっと強くて、不老な種族が良いね」
「んっ……いつか、行けたら良いですね」
「ああ。もう休もう。クリスに悪い」
「そうですね。お休み。紙切れさん」
「お休み。姫さん……愛してるよ」
「もう、取って付けたみたいに、言わないで……」
瞳を閉じながら、なんとなく寝袋越しに手を伸ばす。彼女も手を伸ばしてくれていれば良いと、そう思える夜だった。
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