第4話

 真二郎はぽかんとなっていたが、少しずつ状況を把握し、頭の中で整理した。


「先生、今日って、何曜日?」

「金曜日よ」


(土曜日に家を出て、神界に行った。二日過ごした。今日が木曜日なら、土曜日から木曜まで六日経っているってことか。二日神界で過ごしたから、てっきり今日は月曜日だと思ってた。二日が六日……え、もしかして、神界と人界では時間の流れ方が違うってこと? それって……)


 真二郎の脳裏に浮かんだのは――


(俺たち、浦島太郎になってる? あ……!)


――たった二日・・閉まるだけで、もう恋しいって言ってるお客さんもいるしねぇ。璃斗君のお弁当は人気だよねぇ。


(おばあちゃんの言葉! 急いでたからちゃんと聞いてなかったけど、あの時点でもう二日経ってたんだ。俺たちは半日ちょっと過ぎたくらいにしか思っていなかったけど!)


 そう思った瞬間、背筋を冷たいものが流れた。


「花巻君?」

「先生、ごめん、やっぱり今日も休む」

「え? あ、ちょっと、花巻君! 待ちなさい! 花巻君!」


 島が止めるのも聞かず、真二郎は教室を飛び出した。そして一心不乱に走る。


(どうしよう。このまま豊湧さんのところにいたら、俺たち、浦島太郎みたいになっちゃう? 気づいたら、町の人たちがみんな代が変わっていて知らない世界になっていて)


 息が苦しい。全力疾走しているので、もう体が限界だった。真二郎は足を止め、膝に手をやって何度も浅い呼吸を繰り返し、それから大きく反り返った。それでもまだ息は乱れている。


(浦島太郎って、最後、どうなるんだっけ?)


 玉手箱を開けておじいさんになったところまでしか覚えていなかった。


 周囲を見渡すと、家の近くまで来ている。このまま一度家に帰ろうと思って歩き始めたけれど、気が変わった。そして行き着いた場所は和菓子屋『白玉』だった。


「おばあちゃん」

「あら真二郎君、いらっしゃい」


「ちょっといいかな。忙しい?」

「いいわよ。どうしたの」


「浦島太郎って、最後どうなるの?」

「え?」


 いきなり質問で『白玉』の店主は目を丸くしたが、目線を天井にやって考えている。それを真二郎はじっと待った。


「玉手箱を開けて老人になるよねぇ」

「うん」


「そこで終わりじゃないの?」

「そうだったっけ? 続き、なかった?」


「なかったと思うけど」

「……そっか」


 真二郎も考え込む。


「でも、おじいさんになって終わりなら、浦島太郎の話はなにが言いたいんだろう。テーマって?」

「そりゃあ、約束は守ろう、破ったらいけない、ってことでしょ」

「約束を守る……」


「そう。おとぎ話なんて、子どもに向けて柔らかく教訓や説教を伝えるものだから、そんなに難しい内容じゃないと思うよ? でも、それは物語だからで、実際人間がやってきたことは、むごいことだらけだけどね」


「例えば?」


「そうだねぇ。人柱とか人身御供なんかそうだよ。人間の生活のため、例えば荒れた海を鎮めるとか、氾濫する川を治めるとか、そのため人間を犠牲したんだよ。若い娘や、罪人なんかをね、海に投げたり、橋に括り付けたりして沈めたんだ」


 真二郎が驚いてぎょっと目を見開いた。


「ホントに!?」

「本当だよ。そうやって神に捧げて、願いをかなえようとしたんだ」

「神様が求めたの?」


 はははっと店主の笑い声が店内に広がる。


「神様と会って話ができるわけがないじゃないか。全部、人間が勝手に考えて、決めて、やったことだよ」

「人間を捧げたら、神様は願いを聞いてくれるの?」

「どうかねぇ。私は叶わないと思うけど」


 真二郎の体がブルブルと震えている。真二郎はそれを店主に気づかれまいとして、一歩後ずさりをし、それから身を翻した。


「真二郎君?」

「ありがとう、おばあちゃん。また来る」


 手を振り、駆け出す。またしても全力疾走する。神社の前までやってきた。


 鳥居と奥に見える拝殿の屋根をじっと見つめる。そして璃斗の顔を思い浮かべた。


(子犬を飼いたいと言ったのは俺だ。今でも狛犬たちと一緒にいたいと思う。でもにいちゃんは俺につきあってるだけで、本当は店が気になってるはずだ。でも、豊湧さんがにいちゃんを守ってくれると思ったから、一緒に行ってもいいと思った。にいちゃんはガラの悪い高須より、綺麗で優しい豊湧さんのほうがいいっぽかったから、一石二鳥だって思ったんだ。俺はにいちゃんのお荷物になるくらいなら、浦島太郎になるほうがいい。けど、神様のお世話をするために、にいちゃんまで浦島太郎になるのはダメだ)


 下ろした両方の手がぎゅうっと握りこぶしを作る。


(絶対、ダメだ)


 真二郎は鋭く前を見据え、ゆっくりをと一歩を踏み出した。そして――


「ただいま」

「あ、真二郎、お帰り……って、なんか、早くない?」


「うん、すぐに帰ってきた」

「なんで?」


「にいちゃんに言いたいことがあるからだ」

「言いたいこと?」


 うん、と強くうなずく。それから歯を食いしばった。


「真二郎?」

「俺、ずっとここで暮らして、狛犬たちの面倒を見る。にいちゃんは店があるから、家に帰ればいい」

「……は?」


 互いに見つめ合う。しばらくその状態が続くが、破ったのは璃斗だった。


「そんなことはできないよ。真二郎がいる間は、僕もいるよ」

「ダメだ! にいちゃんは一人で帰るんだ。でもって、もうここに来るな!」


「なにを言ってるんだ。急にどうしたんだよ」

「俺とにいちゃんとは血がつながってない。とうちゃんとかあちゃんが死んじゃったんだから、俺たちは他人だ。俺は他人のにいちゃんに面倒を見られるのが嫌なんだ」


「豊湧さんだって他人だよ」

「豊湧さんはいいんだ。だって犬神様なんだから。それに俺は狛犬たちと一緒にいたい」


 ぎゅっと握っている真二郎の拳がブルブル震える。真二郎がさらに怒鳴った。


「大嫌いなヤツの世話になんか、なりたくないんだ! 気づけよ!」

「…………」

「さっさと家に帰れ! ここから出ていけ!」


 渾身の力を振り絞って叫ぶと、真二郎は駆け出し、あっという間にいなくなってしまった。


 一方、璃斗は両眼を見開き、その場に立ち尽くしていた、だが、やがて力を失ってその場に座り込んでしまったのだった。

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