第2話
それからの真二郎の行動は早かった。
璃斗のスマートフォンで写真を撮り、それをパソコンに取り込んでポスターとチラシを作る。アウトプットしたらコンビニに行ってコピーし、交番にも行って届け、近所のポストにチラシを入れて回った。最後は自宅店舗の目立つところにポスターを貼る。
璃斗は自宅で行っている弁当屋、『花巻弁当』の仕事の合間に手伝えることはやってあげたものの、ほとんどは真二郎自身でやってのけた。余程飼いたいのだろう。
「にいちゃん、いい?」
店のシャッターを下ろし、店内の掃除をしている璃斗に真二郎が話しかけてきた。天変地異でも起きるんじゃないかと思うくらいの出来事であるが、璃斗は口元に力を入れ、にやけないように頑張る。
「なに?」
「子犬の名前考えたんだ」
「へぇ。どんな名前?」
真二郎の腕の中には白い子犬がクンクン鳴きながら尻尾を振っている。
「茶丸」
「そう、ちゃま……え? 茶々丸じゃなくて?」
言いながら、白い犬だけど、というツッコミを心の中で入れる。
「うん。茶丸」
璃斗が目を丸くしているのもかまわず、真二郎は子犬の額を指さした。
「ここ、おでこにうっすら丸い模様があるだろ? 全身真っ白なのに、この丸い模様だけ茶色をしてる。だから、茶丸。どう?」
「どう、というか……もっとかっこいい名前とかどうなの?」
「かっこいいって、具体的には?」
「カタカナの名前とか」
「カタカナ……」
うんうん、とうなずくが、真二郎は口をへの字にして大げさに首を傾げた。
「茶丸だってカタカナで書けばいいじゃないか」
「そういう意味じゃなくて、ごめん、外国の名前って言えばよかったね。ジョンとかハリーとかさ」
「日本のイヌなのに、変だよ。日本名でいい」
「…………」
そう言われたらそうなのだが。璃斗は返す言葉もなく、たじたじになって頭をかいた。そんな璃斗に茶丸が「あん!」と鳴く。璃斗の顔がふにゃりととろけた。
「かわいいなぁ。この子犬、犬種はなんだろう。真っ白だし、紀州犬かなぁ。でも、紀州犬はずいぶん少ないって聞いた気がするから……雑種でたまたま真っ白なのかなぁ」
璃斗が言うと、真二郎が首を傾げた。
「柴犬じゃないの?」
「柴犬だったら毛並みが茶色でしょ」
「あ、そっか」
「成長するにしたがって色が出てくる場合もあるらしいし、楽しみだね。でもやっぱり名前はかっこいいのにしてあげたらどうだろう」
真二郎が不満そうに首をぶんぶんと振った。
「茶丸でいいんだっ」
「……そう。まぁ、真二郎がいいなら、僕はいいけど。でも、飼い主が見つからなかったら、の話だからね」
璃斗の言葉に、今度はぷっと頬を膨らませる。だが内容については理解しているようで、反論はしなかった。
子犬をぎゅっと抱きしめる姿を見たら、璃斗としても飼わせてやりたいのが、こればかりはどうすることもできない。三か月の間、飼い主が見つからない限りは、この家の犬にはならないのだから。
「にーちゃん、俺が学校行ってる間、茶丸のこと頼むよ」
「わかってるよ」
「絶対だからな!」
「はいはい」
「茶丸、一緒に寝よう!」
「あん!」
真二郎が茶丸を床に下ろして歩き出すと、茶丸はちぎれそうなくらい激しく短いしっぽを振りながらついていった。はたから見てもずいぶんなついている。
(茶丸、ありがとう。真二郎が僕を〝にいちゃん〟って呼んでくれたよ! もう最高に幸せだ。仲良くしてもらえないまま、僕のもとから飛び立っていくんじゃないかって思ってたから)
そこまで考えた璃斗は、はっと息をのみ、あわてて奥の和室にある仏壇に向かった。正座して、チンとおりんを鳴らし、手を合わせて目を閉じる。
(父さん、母さん、
こうして一日が終わった。
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