8 私の人生を変えられるものがあるとすれば(2)
じっと見つめる。
なんだか、現実ではないみたいだ。
とても大きな部屋の中で、幻でも見せられているような気分になる。
なんて綺麗なんだろう。
剣様が存在するというだけで、この世の全てが絵画のようだ。
私はどこか、別世界にある絵画の中に迷い込んでしまったんじゃないだろうか。
息をするのも煩わしい。
それにしても……。
それにしても、どうして剣様はあんなに憂いた顔をなさっているんだろう。
疲れてる……?
泣いているんじゃ、ないよね……?
そのまま、10分眺める。
剣様は、あまり動こうとはしない。
…………やっぱり、おかしいよ。
頭の中で、天使が囁く。
『大好きな剣様の様子がおかしいわ。それに気付いた私が助けてあげるべきなんじゃない?声を掛けてみましょうよ。困っているのかもしれないわ』
ゴクリ。
そしてやはり、逆側からは悪魔が囁く。
『そんなんやめとき。今までもこれからも、剣様愛でて生きていきたいんちゃうか?話し掛けたりしたら、もう二度と剣様拝めんようになってしまうで?ファンクラブの掟、忘れたわけやないやんな?』
けど。
剣様を、このまま放っておくことなんて出来ない。
震える。
体が震える。
だって、怖いに決まってる。
『大好きな人には幸せでいて欲しいわ』
『お前に何が出来る?剣様かて、友人くらいおるやろ』
『けど、ここには誰もいないわ。私にだって、声をかける事くらい出来るのよ』
そう。
私にだって、声を掛ける事くらい出来る。
大丈夫そうなら、直ぐに離れよう。杞憂だった事を喜ばしく思えばいい。
もし、泣いているなら、ハンカチを渡そう。
剣様を助けられるように真っ白なハンカチに花のワンポイントの刺繍を付けたものをいつだって持っている。
例えば、剣様の靴が泥で汚れるかもしれないから。
例えば、剣様の汗が頬を伝うかもしれないから。
いつだって、剣様の為に、剣様に似合いそうな新品のハンカチを持っている。
毎日違う、新しいハンカチを。
もし、その涙を拭える日が来たら、なんて考えた事もあったけれど、まさか、本当にこんな機会があるなんて。
「ぐ…………」
変な呻き声を上げ、その声を殺す。
汗が額を濡らす。
剣様を救う為なら、ファンクラブがなんだ。
大丈夫。
深呼吸。
大丈夫。
ギュッと一度目をつむり、パッと開けた。
大丈夫。
足を、踏み出す。
「あの…………」
声を掛ける。
すると、ふっと剣様がこちらを振り返った。
「…………っ!」
剣様が…………剣様が…………、私の声に反応した…………。
泣きそうになるのを堪える。
「あ、私、1年2組の朝川奈子といいます。困っているように見えて!だ……大丈夫です、か?」
なんとかそこまで言い終えると、剣様は確かに私に、困ったような顔で笑った。
◇◇◇◇◇
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