6 そして自分を抱きしめて眠ろう

 夜の自室。


 宿題と追加の勉強の1日分のノルマを終えると、一人の時間がやって来る。


 部屋の中は、それほど散らかってはいない。


 デスク、パソコン、ベッド、大きな戸棚。

 服はクローゼットの中にきっちりしまってある。

 基本的に、剣様関連の物は少ない。


 剣様の写真があるのも、パソコン横の、コルクボードの上だけ。

 写真もそれほど多くはない。

 ボードに貼ってあるのは、学校案内や、学校からの冊子に載っているもの、はたまた英語のスピーチコンテストなんかで賞を取って新聞に載ったものという、誰もが見れるものばかりだ。


 大きくポスターにしてもよかったけれど、そんなものが壁にあるとドキドキして何も出来なくなってしまう。


 SNSで拾った、剣様の手や足、後ろ姿なんかの写真、もしくは、剣様のご友人から見せてもらった写真や学校のイベントで誰かが撮った写真なんかは、デスクの引き出しのファイルに。

 スキャンしたコピーは全て、パソコン、クラウド、外付けハードディスク、スマホ、タブレットにそれぞれ入れてある。


 ざっと眺め、呼吸困難を起こしながら、日記帳を出す。


 今日の剣様、素敵だった。


 何度も何度も思い返す。

 今日の剣様は、今日しか見られないのだから。

 いつだって、今日の剣様を思い出せるように。


 その姿を、事細かに書いた。

 あれだけ一言一句忘れないように聞いた在校生挨拶を日記帳に書き連ねていく。

 うん。

 覚えてる。

 在校生挨拶は、丁度日記帳1ページ分になった。


『お祝いの挨拶に代えさせていただきます』と。


 その後は、デスクの引き出しから取り出した便箋に、剣様への愛を書き連ねた。


『入学式での挨拶、とても素敵でした。高校生として不安もありましたが、その不安が払拭されたようでした。』


 これは、いわゆるファンレター。

 学校側のはからいで、剣様にファンレターを贈ってもいい事になっている。

 つまり、そういうものを受け入れないと、匿名の何が入っているかわからない封筒が、剣様の席や下駄箱に潜り込んでしまうからいけない、という事だ。

 なので、封筒なし、匿名なしの、便箋そのままの手紙だけが、毎朝先生に提出する事で剣様に届けられる。


 私は、あまり手紙は出さない。

 毎日送って、怖がらせるつもりはない。


 プレゼントだってそうだ。

 直接のプレゼントは禁止となっている。

 ネットで注文した通販会社から直接届けられるものだけは、贈ってもいいということだ。

 そうする事で、何が入っているかわからないチョコレートや、何を編み込んでいるのかわからない手作りマフラーなどを排除する事が出来るというわけだ。


 今日の手紙も、出来るだけ文字は少なく、スッキリと書いた。

 剣様だって、ダラダラと自分のいいところばかり書き連ねた手紙を好むわけでもないだろう。




 そして日付が変わる前に、ベッドへ潜り込む。


 ベッドのお供はタブレットだ。

 タブレットに入れてある写真は、画面に映すと実際のサイズと大体同じ顔のサイズになるようにサイズを調節してある。


 滑らかな手触りのパジャマを着て、大きなベッドに横たわる。


 決して、いかがわしい事を考えてこれほど大きなベッドで寝ているわけじゃない。

 ゆっくりと睡眠を取って、明日、剣様に捧げる時間を有意義なものにしたいという思いからだ。


 ベッド脇に置いてある、なんの変哲もない抱き枕に抱きつく。

 剣様の顔を映す為のタブレットの画面をつける。


 すると、剣様の顔が、大写しで現れる。


 少し右を向いた剣様のお顔。

 顔が入り切るか入り切らないかといったサイズの剣様のお顔。


 ドキドキしながら、そこに、そっと顔を近づける。


 鼻を擦り付ける。

 頬を擦り付ける。


 平面である事に変わりはないけれど、それは私にとっては剣様だ。


 そっと剣様の唇に、唇をつける。

 頬のあたりを舐め上げる。


 ああ剣様。剣様。

 このデジタルな熱が剣様のものであったらいいのに。


「匂いだって、あったらいいのに」


 そっと目を閉じて、抱き枕を抱きしめる。


 ねえ、剣様。


 知っていますか。


 私はあなたを、愛しています。




◇◇◇◇◇




抱きしめているような抱きしめられているような、なんかいい感じに眠れそうですよね。

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