さよなら、私の女神様

みこ

1 最上の愛

「桜の花が咲き、麗らかな春の日がやってまいりました」


 4月。

 桜花蒼奏おうかそうそう学園高等部体育館では、厳かにも入学式が行われていた。


「新入生の皆様、御入学おめでとうございます」


 挨拶をしているのは、在校生代表である2年生、春日野町かすがのまちつるぎ様。


 その長い絹のような黒髪。

 高貴さが纏うツンとした鼻。

 その名に恥じぬ、堂々とした所作。

 その視線に射抜かれれば、生きとし生けるものが天に召される。

 声は清らかな川の流れのようで、目を閉じるとその声が心の中に入り込んで来る。


 春の日差しから生まれたであろう奇跡の乙女。


 美しい剣様。


 まさかどこぞの神様だって、この世に生を受けた女神が居るとは思うまい。

 神から隠さねば。

 いくら神だって、その美しさに嫉妬してしまうかもしれない。


 ああ、剣様。

 剣様剣様剣様剣様剣様剣様剣様剣様剣様剣様剣。

 大好きです愛してますこの愛情届け届け届け届け届け届け。


 手に持った『剣様』うちわを心の中で全力で振る。


 とはいえ、実際にうちわを振ることはない。


 こういった式典では、うちの学校は、剣様の為のうちわやハチマキの持ち込みが許可されている。

 けれど、頭より上に持って行くのはNG。

 声出しNG。

 うちわを振るのもNG。


 これだけでも、学校側は譲歩しているはずだ。


 余りの剣様人気に、学校側も“応援”を許可しないわけにはいかなくなったのだ。

 全てを禁止にすると、名前のない差し入れ、突然の大声、忍び込まれる教室。

 犯罪が横行した。


 だから、ある程度を許可して、ルールを制定することで、そういう窃盗などのガチ犯罪や授業妨害などの迷惑行為から剣様を守っているというわけだ。


 だから、剣様ファンクラブ28番の私、朝川あさかわ奈子なこも、決められたルールの中で、応援している。

 模範にならなくてはならない。

 ファンクラブ30番以内の古参、ファンズサーティーとして、模範にならなくてはならない!!


 熱意の籠った目で、剣様を見つめた。


 麗しいです。

 その挨拶、一言一句頭に叩き込まなくては。

 目を皿のようにして、挨拶に集中した。最後の一言まで、聞き逃すまい。


「わたくし達在校生も、皆様のお手本となれるよう、努力してまいります。共に、この桜の下を歩んでいきましょう」


 もーう!剣様ったら!

 生まれながらのお手本ですよ。

 全ての人類があなたをお手本にしたら、この世界、平和で穏やかでいられるでしょうに。


 そう思いながら、二人で桜の下を歩く妄想をする。


 あ〜〜〜〜!ダメダメダメダメ!!!!

 私は、一人のファンとしてここに居るんだ。抜け駆けは許されない。剣様を見守る事がこの人生の全て!!!!


「それでは、これをもちまして、新入生へのお祝いの挨拶に代えさせて頂きます」


 ペコリ、とお辞儀をすると、その緩やかなストレートの髪が、肩に流れる。

 この髪の動きひとつひとつをこの目に焼き付けておけるなんて、なんて幸運なのだろう。


 涙が出る。

 高等部へ上がった事で、また同じ学舎で勉学に励む事が出来る。


 これは、愛だ。


 あの人へ捧げる。

 これが、私が持つ全ての愛なのだ。




◇◇◇◇◇




新連載、始まります。

今回は、現代ものの学園ほのぼの百合です。

どうぞよろしくね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る