第10話 北部交易路珍道中


 シャーリーは確かにそう言っていた。

 そこに何も疑問は抱かなかったし抱けなかった。


 だって事実だから……。


「あれってどういう意味なんでしょう……?」


 グレゴリーはオレが何も言わないから考え込んでしまっている。

 

 オレにもその意図がわからない。

 だってシャーリーはオレが偽物だって気づいたような、そんな素ぶり見せなかったから。


「やはりシャーリー本人に聞いてみるしかなさそうですね。」


「いや!それは――」


 (それはマズイ!)


 思わず止めてしまった……頭をフル回転させて言い訳を絞り出す。


「た、たぶん深い意味はないんじゃないか……ほら最近のオレって心入れ替えたっていうか、まぁそういうことを指してるんだと思うよ。」


「そう、なんですか?すみません。実は私、騎士団に入ったばかりであまり、その、以前の姫様に詳しくないんですよ……。」


「あぁそうだったのか、リーダー的な感じなのかと思っていたよ。違うの?」


 話題が少し逸れた。


「いえ、そんな私なんて……。まだまだ学ぶことだらけですよ。でもいつか王城を守る近衛兵に昇格したいと思ってます!!」


「そうなのかー……つーかあれか、それじゃこないだオレのこと追っかけた時もしかしてグレゴリーは居なかったか?記憶が曖昧なんだよな、みんな兜して鎧着て似た様な背格好だから……。」


「……姫様のことを、追っかけた??」


 あっ、やらかした。


 (やばいやばい!どうする?!いっそ話しちゃうか?……自分でもいっていたがグレゴリーは正義感が強い……いや自警団のリーダーであるルチアーノとオレの話を聞いても止めてなかった……。)


 つまり。オレの出した結論はこうだ。

 グレゴリーは『正義のために悪事を働ける』タイプ

 あくまで推察でしかないが……


「つーか言って楽になりてぇ……」


 いっそ全部話しちゃうか、最悪問題になってもグレゴリーは今、聞いた通りならまだ若手だからどうとでも言い訳できそうだし。

 

「……何をですか?」


 ?!また口に出てただと?!

 こっちに来てから勝手に口に出ることが多すぎる!


「なんの話してるんですか?」


 シャーリーが戻ってきていた。


「あっ、シャーリーちょっと聞きたいことが……」


 グレゴリー待て……という前に


「はい?」とシャーリーが返事をする。


「さっき言ってた……新しい姫様って?」


 いや、まだだ!シャーリーがどこまで気づいているかによってはいくらでも取り返せ……

 

「あー……それは不審者が城に出た日にその不審者と姫様が入れ替わったって噂があるんですよ!」


「全部じゃねーかっ!!!!!!」


 (あっ!)


 思わずツッコんでしまった……


 二人は驚きで放心状態になってる。


 オレも頭が真っ白になる。


「あーいや……変な噂だな……誰だぁそんなこと言ってんのは……。ははっ」


 取り繕い方がわからない。


「お城に長く勤めてる人たちみんな言ってました……。」


 終わった……。

 

「そうか…………メイド長とか?」


「はい……で、でもみんな今の方が良いって!このままの方がみんなの為になるって……笑い話ですけど。」


 グレゴリーのほうを見るのが怖い……。

 

 (何か言ってくれ……)


 と思うと同時にグレゴリーが口を開いた。


「えっと、つまり貴女は、姫様は影武者……という噂ですか?」


「んー……そうじゃないんだよなぁ……」


 ちょっとズレてんだよな……


 グレゴリーには、この気まずさの中で普通に食事に戻れるシャーリーの図太さを見習って欲しい。


「じゃあなんですか……魂だけが入れ替わった状態って事ですか?」


 めっちゃ詰めてくる……


「……なんとも変な噂ですね。」


「ねー、面白いですけど。コレ美味しいです。」


 あれ?

 なんか普通に二人とも受け入れてる?

 というか噂って事で大丈夫な感じ?


「でも姫様本人が嫌がってるならそんな噂止めるべきかと思います。」


「んー……でも、みなさん悪い言い方じゃないんですよー。上手く説明できないんですけど。前までの姫様は本当に苛烈っていうか酷い人だったので……。」


 あれ?この感じなら暴露っていうか素直に言っても平気そうじゃね……。

 言っちゃうか、コイツらだけでも……


 つーか正直隠し事とかキャラじゃないっていうか、一人で入れ替わりの解除方法とか元の世界に変える方法とか探すのキツいし。


 まぁ最近は正直、あんな世界に帰りたいとは思わなくなってるんだけど。


「姫様は実際、その噂を聞いてどう思ったんですか?」


 とシャーリーに聞かれたので


「んーまぁ事実だよ。」


 と答えてみた。


「あー本当にそうだったんですね。」


 とシャーリーは軽く受け止めた様子だ。

 さすがだよ。好き!!


「ナニを言ってるんですか?」


 まぁ予想の範疇だが、グレゴリーはあまり飲み込めてなさそうだ。


「噂は真実ってことですよー!やっぱりなぁ、じゃなきゃ私を姫様の侍女にさせてくれる訳ないですもんね。」


「そうか?シャーリーは面白いし可愛いし前の姫様でも侍女にしてたと思うぞ?」


「えー?可愛くないですよー!ってそれよりもっと侍女に必要なことってあるじゃないですか!面白いってなんですか!!」


 シャーリーはどうやら本当に偽物のオレを受け入れたらしい。


 問題はこっちだな。


「姫様、偽物、入れ替わり?」


「グレゴリーお前、あんま深刻に考えんなよ……?」


「アンタは姫様じゃない!!」

 

 グレゴリーがブチ切れた。

 もっと冷静に怒るかと思ったけど


 正直わかりやすくてイイ。

 

 こうなったら拳でやり合ってしまった方が早い。


 つーかオレはそういうやり方しか知らん!


「こいよ!こうなったら男同士勝ったほうが正義ってことで行こうぜ!」


 対木刀は経験あるが対真剣は初めてだ。

 人生ってなにがあるかホントわかんねぇな!

 だから楽しいぜ!

 

 と構えるオレにグレゴリーは


「?アナタは何をやっているんだ?」


 (あれ?違うの……?)

 

 振り上げた拳の行方を僕たちはまだ知らない。


「……じゃあ、なんなんだよ!?」


「なにって……それは……その、こんな話すぐに受け入れられないですよ!」


「これ、鹿肉はもうお二人とも食べないんですか?食べていいですか?」


 シャーリーはいつも完璧タイミングで入ってきてくれる…………良くも悪くも。


「……食べるよ、グレゴリーもほれ。」


「くっ!わかってますよ。……私も薄々、話に聞く姫様と今の姫様の違いには気づいていました。それに言動も王族のそれと大きくズレているし、でも直接会ったことも、ましてや話をしたことなんてなかったから……それが偽物なんて……」


「でも、本物の姫様だったらこうやって一般市民のために動いてなんかくれませんでしたよ?」


 ぶわっ!シャーリーさん……っ!

 すごく素敵なフォロー!


「偽物なんですよ!?王族の偽物なんて普通許されることじゃないでしょう!!」

 グレゴリーの頭を軟化させるのはいくらシャーリーでもむつかしそうだな。


「いや、おっしゃる通りで……。」正論で詰めないでほしい。


「もし、仕える人を選べるなら、グレゴリーさん貴方はどちらを選びますか?」


 シャーリーがなんか怪しいこと言い始めた!!


「選ぶ……?我々は王家に忠誠を誓ってるんです!選ぶとか選ばないとかじゃないんですよ!!」


 はい。ど正論だ……と思う。


「じゃあ魂で選ぶとします。そうすると地下牢のあの人を連れてくることになりますよ?」


 シャーリー……それは言ってやるなよ。


「え?地下牢?」


 知らないのか……

 

 そういえば城にいるのは騎士団の中でも上の方だって言ってたもんな。

 まだまだヒヨッコの衛兵、グレゴリーはわからないか。


「はい。姫様の魂の入った不審者ほんとうのひめさまは地下牢にいます。地下牢で……喚き散らして暴れてます。」


「そんなことが、許されていいわけない……。その人が本当の姫様なら解放されるべきだ!」


 王族ってそんなに凄い大切なものなんだな。

 生まれた時からゴミ扱いだったオレとは大違いだ。


「しょうがないですよ、表面は不審者なんですから……」


 一旦その、不審者っていうのやめない?


 グレゴリーは思案するように黙った。

 シャーリーは食事を続けている。

 オレは………………


 あれ?ちょっと待てよ……


「シャーリー、御者は?」


「あーそうだ、忘れてました。御者のおじさんはなんか親戚?がこの近くにいるから、そこに顔出してくるって言ってました。朝には帰るから動かないでって。」


「釣れた!」


「はい?」


 シャーリーはキョトンとしている。


「釣れた……とは?」


 グレゴリーは少し勘づいた様子だ。


「さっき、メシの前に御者のオッサンと話した時にオレが姫様だってバラしたんだよ!」


「……なふほど!!つまり、それに釣られて仲間を盗賊団を呼びに行ったってわけですね!さすが!…………貴女は姫様じゃないですけどね……。」


「ちょっと私にはよくわかんないけどグレゴリーさん面倒くさいですね。」


 「ぶふっ!」

 

 笑わせるな……っ!

 鎮まれオレの腹筋!

 っ!?


「くっ!シャーリー!貴女さっきから!……」


「よせ、来たぞ?向こうに一瞬、光が見えた。」


 遠くに一瞬、光が見えた。

 多分たいまつか何かの光だろう。


「来たって誰がですか?」


 シャーリーはまだ、わかっていないようだ。


「お前は馬車の荷台に隠れてろ。グレゴリーはシャーリーの護衛な。」


「姫様、じゃなくてアナタはどうするんですか?!ここまで来て逃げるなんて……」


「姫様は逃げないですよ!姫様は口が悪いしガサツだし、毎朝自分で着替えたりしないダラシない人だけど……私たちを置いて逃げるような人じゃないですよ!」


「シャーリー……」


 ちょっと感動した。

 こんなに人に頼られるなんて、

 信用されるなんて……

 初め……


「多分ですけど……」


「それ付け足すなよ。」


 感動しなくてよかった。


「じゃあ、どうするんですか?」


「多分狙いはオレの拉致だろ?殺すより使い道多いからな。だからオレは単独で動く。」


「ダメですよそんなの!!危険すぎます!!」


「お前ら二人にだけ教えておくよ。

 オレの、姫様になる前の本当のオレのこと。」


「「本当のオレ?」」


「オレは地元じゃ負け知らずなんだよ!!」


 そう言ってオレは暗闇の中走り出した!!





 

「グレゴリーさん!追いかけて!!」


「無理ですよ!この暗闇の中見つけられません……こうなったら言われた通りココで貴女を守ります。」


「姫様、どうか転んで怪我とかしないでくださいよ!」


「……敵にやられる心配じゃないですか普通?」

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