Wrong Number Love Call

鶏=Chicken

1

「どうしても直接気持ちを伝えたくて……、よかったら電話に出てほしいです」

 一週間ほど前から、僕はこの留守番電話に悩まされ続けている。相手は知らない若い女性。決まって朝と夜の二回、非通知で電話がかかってくる。怖くて応じずにいると、例の文言が留守番電話に入るのである。

 はじめは、すぐにかかってこなくなるだろうと思い、なんの対策もしていなかったのだが、ここまで続くと流石に不安になる。一週間悩んだ末ようやく、僕は賢くて信頼できる彼女に相談することにしたのである。


 彼女の麗香れいかちゃんは、僕と同じ高校の同級生で小さい頃からの幼馴染だ。電話の件を休み時間に話すと、放課後に僕の家で相談に乗ってくれることになった。

 彼女を部屋に通し、ジュースとお菓子を用意する。僕がもてなしの準備をしている間に、麗香ちゃんにはこれまでの留守番電話を聞いてもらった。

「どう?何かわかりそう?」

 全て聞き終えた彼女に質問すると、難しい顔で首を横に振られてしまった。

「少なくとも、私の知っている人ではないわ。もちろん悠真ゆうまくんの知っている人でもないのよね?」

「全然心当たりがないんだよ。顔の広い麗香ちゃんでも知らないとなると、同じ高校ではないのか……」

 僕は頭を抱えてしまったが、麗香ちゃんはそうでもないようだ。ジュースを一口だけ飲むと、僕の方に顔を向け

「いくつか聞きたいことがあるんだけど、いい?」

 と問いかけてきた。

「僕にわかることならなんでも聞いて」

 僕の答えに、麗香ちゃんは微笑して小さく頷いた。

「じゃあ早速だけど、どうして着信拒否しなかったの?私なら一回かかってきた時点で拒否しちゃうと思うんだけど……。お人よしだからかしら?この前も、日直の仕事を肩代わりしたり、それから……」

「それは今いいから!」

 僕の八方美人をあまりよく思っていないであろう麗香ちゃんのお説教が始まりかけたが、それを急いで静止する。始まってしまうと長いので、間を空けずに理由の説明をした。

「着信拒否しなかった理由だけど、普通の間違い電話とか、詐欺とは違うと思ったからなんだ。だって何回も同じ番号にかけるのはおかしいでしょ?」

 僕が言うと、麗香ちゃんはまた難しい顔をした。

「確かに、詐欺なら同じ番号にはかけないわね。間違い電話なら相手の記憶違いの可能性はあるけど、一週間も気づかないのはね……。それに一日二回、非通知でかけるっていうのも気になるわ。特別な事情がないと、そんなことしないわよね」

「そうなんだよ。それに、電話の声がいつも泣きそうになっているのも気になるんだ。もしかしたら、本来かけたかった人に特別な思いがあるんじゃないかなって。それで、メッセージの内容とか色々考えると、電話の主は本来の相手に告白か、プロポーズをしたかったんじゃないかと思ったんだけど……、どうかな?」

 僕の拙い考察に、麗香ちゃんはコクコクと頷いてくれた。

「悪くない考察だと思うわ。でもそうすると、わざわざ非通知にしている理由がわからないわね。かけた人がわからないし折り返しもできないから、相手は警戒するでしょう?それに、一週間も悠真くんにかけ続けているのも不思議ね。うろ覚えの番号にかけて、相手が全く出てくれなかったら、別の番号を模索しそうなものじゃない。それに第一、告白したい相手の番号を間違えるかしら」

 あまりにも的を射た指摘に、僕は黙り込むほかなかった。確かに自分でも不可解な点があると思っていたが、モヤモヤを解消するために気づかないふりをしていたのである。

 また振り出しに戻ったか、と部屋に倒れ込むと、それと同時に麗香ちゃんが、あっと大きな声を上げた。

「ど、どうしたの!?」

 びっくりして飛び起きた僕に、麗香ちゃんは身を乗り出して問いを投げかけてきた。

「悠真くん確か、一ヶ月くらい前に携帯を買い替えて、電話番号が変わったわよね!?」

「そ、そうだけど、それがどうしたの……?」

 麗香ちゃんの圧に押されながら、困惑気味に返答すると、当の彼女は謎が解けたと言わんばかりに顔を紅潮させた。

「電話番号っていうのは、使いまわされることがあるのよ。確か一般的には、前の人が解約した後、三ヶ月から一年くらいで別の人に付与されるみたいね。だから、たまに前の人と間違えて電話がかかってくることがあるらしいのよ!」

 麗香ちゃんの説明を聞いて、ようやく僕にも電話の謎が解けた。

「つまり、電話の主が告白したかった相手は、僕の番号の前の持ち主ってことか……!」

「そういうことよ!そしてそうなってくると、目的は告白じゃない可能性が高いわ」

 思わぬ指摘に僕は首を傾げたが、麗香ちゃんは気にせず話を続ける。

「私の予想だと、電話の主の目的は復縁じゃないかしら。しかも、円満な別れ方じゃないわね。多分、主の女性は恋人と別れたくなかった。けれど引き止めることができなかった。諦めきれずに何度も恋人に電話をかけた結果、着信拒否にされたんじゃないかしら」

「……なるほど?」

 まだいまいちわかっていない僕に、麗香ちゃんは勝利の笑みを浮かべて解説してくれる。

「非通知で電話をかけると、着信拒否を突破することができるのよ。つい一週間前にそれを知った女性は、恋人が電話を解約したことも知らず、甲斐甲斐しく電話をかけ続けている。そう考えると、全ての辻褄が合うわ。相手は電話番号を間違えてなんていなかったのよ!」

 あまりにも鮮やかな推理に、僕は思わず言葉を呑んでいた。脳内で急速にパズルのピースがはまっていく。気がつくと僕は、麗香ちゃんの手を握りしめていた。

「さすが麗香ちゃん!すごいよ!こんなに早く謎が解けるなんて!もっと早く相談すればよかった!」

 僕のまっすぐな褒め言葉に、いつもは飄々としている麗香ちゃんも頬を赤らめて照れた顔をした。

「……これくらい大したことじゃないわ」

 ぼそっと呟いてジュースを一気に飲み干すと、瞬く間にいつものクールな表情に戻った。写真を撮らなかったことを深く後悔した僕を尻目に、姿勢を正した麗香ちゃんが口を開いた。

「で、この後どうするつもり?非通知を拒否に設定すれば二度とかかってこないだろうし、私はそうしたほうがいいと思う。あなたのためでもあるし、相手の女性も、いつまでも電話がかかったら、前に進めないと思うのよ。それに、あくまでもさっきの話は私の予想だから、ただの詐欺である可能性も捨て切れないしね」

 麗香ちゃんの言葉に、僕は目を逸らすほかなかった。確かに麗香ちゃんの言っていることは正論だし、僕が他の友達に相談されたら、きっとそのように返すと思う。でも、実際当事者になってみて、相手の女性の気持ちを考えたら、軽々しく着信拒否をする気にはなれなかった。好きだった人に拒絶され、ようやく電話がつながって、希望が見え始めていたのに、それすら失ってしまったとしたら……。

 答えが出せずに悶々としていると、突然ノックもなしに部屋の扉が開けられ、軽快な声が聞こえてきた。

「やっぱ麗香ちゃん来てんじゃーん!おいおい、悠真、俺にも声くらいかけろよ!」

 突如現れたこの無神経な男は、僕の兄の一馬かずまだ。女の子が大好きで、麗香ちゃんが家を訪れるたびに僕の部屋に侵入し、隙あれば口説こうとする危険人物である。そういう今も、麗香ちゃんに可愛らしいキャラクターが描かれた四つ折りの紙を渡すと

「ここに俺の連絡先書いてあるから!いつでも連絡してな!」

 と満面の笑みで言い放っている。当の麗香ちゃんはうんざりした顔で

「ありがとうございます。でももう三枚目ですし、気持ちだけ受け取っておきます」

 と紙を突き返そうとしたが、この兄がそう簡単に引き下がるはずもなく、諦めてスカートのポケットに突っ込んでいた。僕は立ち上がって兄を部屋から追い出し

「弟の彼女に手出すなよ!麗香ちゃんも迷惑がってるだろ!」

 と声を荒げる。しかし、兄はどこ吹く風と聞き流し、まるで反省している様子がない。どころか、極め付けには僕を押し除けて部屋に戻り

「麗香ちゃーん!こっちの紙には俺の一週間の予定書いてあるから、休みが合ったら食事でもいこーぜー!」

 ともう一枚紙を渡す始末だ。麗香ちゃんがため息混じりに紙を受け取ると、ようやく害悪兄貴は満足げな顔で自分の部屋に帰っていった。

「ごめんね、麗香ちゃん。うちのクソ兄貴が迷惑かけちゃって……」

 僕が深々と頭を下げて謝ると、麗香ちゃんは薄く笑って許してくれた。

「いいのよ。それに、悠真くんが悪いわけじゃないんだから、謝る必要はないわ」

「ありがとう、本当に……」

 お礼を言って座ると、麗香ちゃんは先ほど兄にもらった一週間の予定の紙を見せてくれた。

「すごく細かく書いてあるわ……。次はこれを見て、一馬さんがいない時に来るわね」

「ぜひそうして。えっと、明日の午後1時から大学の友達と遊ぶ予定があるって書いてある」

「じゃあ、明日は土曜日だし、13時めがけてお邪魔するわね。……電話について、やらなきゃいけないこともあるみたいだし」

 麗香ちゃんはそう言うと、柔らかく微笑みかけてくれた。ああ、やはり麗香ちゃんには敵わない。何も言わなくても、僕が電話相手の女性をなんとかしてあげたいと思っていることに、気づいてくれたのだろう。麗香ちゃんは、そんな僕の目を真剣な眼差しで見つめると

「今回のお節介は、聞いちゃった以上私も協力するわ。でも、危険なことはできるだけしないでね。見知らぬ子供の風船を取ってあげようとして木から落っこちた時なんて、心臓が止まりそうになったんだから……」

 と言った。僕も麗香ちゃんにしっかりと視線を合わせ、自分の気持ちを伝える。

「心配かけちゃってごめんね。僕、幼い時からさ、兄貴が周りを振り回して傷つけるところをよく見てたんだ。友達との予定をドタキャンしたり、人のもの借りパクしたり、挙げ句の果てには5人と同時に付き合ったりしてて……。だから僕だけでも、周りの人に優しくしてあげたいって思ってるんだ。結局、麗香ちゃんのこと振り回しちゃってるかもしれないけどね……」

「私は、お人よしなところも含めて悠真くんのことが好きだから、大丈夫よ」

 クールだけど誰よりも優しい麗香ちゃんに、僕は何度も救われてきたのだ。それなら今度は僕が、知らない誰かを救ってあげたい。心からそう思ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る