さよならを言う前に

糸花てと

第1話

 下校時間、下駄箱を開けた途端、流れるように落ちてきた土。貴明たかあきは小さく叫んだ。

 悪意のある悪戯に、怒りが込み上げる。貴明は人差し指を動かした、空書きした文字は掃除。

 土で汚されていた下駄箱は、何ひとつ残らず綺麗になった。


 靴を取り出し、今履いている室内用と替える。何事もなかったように、貴明は正門を出た。


 整備されている歩行者用の部分を歩き、見えてきた信号機は点滅している。右手が動き、空書きの始まりが一……一時停止としたかったのだろう。しかし、貴明は思いとどまる表情のあと左手に駆け足と書いて、文字を飲み込んだ。

 見ただけの印象では、ただ駆け足してるだけ。だが空書きした文字を飲んだ本人は、身体が軽く動きやすくなっている。

 貴明が渡りきった瞬間、信号機は赤になった。



 夕飯時、テレビをみている貴明のところへ、夕飯が運ばれた。


「ニュースつけて」


 そう言ってくる母。指が動き、空書きを始めかけたところで、母はリモコンを手にした。


「あんたの興味でチャンネル変わるんだから、空書きは意味ないでしょ」


 そういった声に、貴明は少し舌を出して戯けた。

 空書きした本人の興味が途切れれば、状態は前に戻る。母が見たいニュースが空書きで行われたなら、貴明がそれまで見ていたバラエティに変えられてしまう。

 玄関が開き、父が帰ってきた。家族が揃い、夕食となった。



 いつも通りの朝がきて、学校、階段の最後の段に足がついた途端、ぐにゃりにと沈む。


「はっ?!……あっぶな」


 貴明は咄嗟に手すりを掴んでいた左手に力を入れた。手すりを掴みながら上がっていたことで、大怪我につながらずに済んだ。

 数秒ほど、一瞬のことで頭が危険と判断したときには、足元は元通りになっていた。


「誰だよほんとに……さかき?」

「はよー。呼んだ?」


 教室につき、貴明は友達の名前を呼ぶ。


「階段あがる途中で空書きしたの、榊?」

「どんなことになった?」

「足元がぐにゃ~ってなった」

「階段で? そんな危ないことやるかよ。つーか、空書きしたら貴明が来るまでその場から動けねぇし。何かやってるって周囲にバレねぇ?」

「まぁ、そうか」


 空書きを行う人がいて、ターゲットが存在すること。時限爆弾のようにいかない為に、ターゲットが来るのを見てなければいけない。

 不審な行動があれば、周囲が気づく。榊の考えに貴明は納得する。

 榊の席の後へ、貴明は腰を下ろした。鞄を机の側面に掛ける。


「階段で悪意のある空書きねぇ。貴明、誰かから恨まれてんの?」

「記憶にない」

「やった奴って、大体そうよな」


 中学ではふざける事が多かったが、高校生になった貴明は、校則違反はしても比較的大人しく学校生活を送っている。

 誰かに悪戯をするにしても、友達同士で笑って済む程度の行いまで。


 午前の授業が過ぎ、昼休み、榊のスマートフォンに貴明が恨まれているかもしれない決定打が拡散されてきた。




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