壁が教えてくれたこと
崎本麻帆
第1話
「チッ、またあいつらか。」
金持ちの息子でいつでも言ったことが叶っていた翔は、いつものように鼻で笑って友達の話を聞き流していた。
いつも自分は一番だと信じ込み、周りを見下すのが当たり前だと思っていた。
「おい、翔!ちょっと話があるんだ。」
友達の一人が声をかけたが、翔は面倒臭そうに顔をしかめた。
「なんだよ、いそいでんだよ。」
そう言うと、翔はわざとらしく時計を見た。
「別にいいんだけどさ、いつもそんなに偉そうにしなくても…」
友達は、不満そうに言った。
翔は、そんな友達の言葉に怒りを覚えた。
「偉そうだって?俺が偉そうにしているのは、お前らがただのお荷物だからだろう!話はそれだけか?俺はいそがしいんだ。なんたって偉いからな!!」
そう叫びながら、翔は友達に向かって唾を飛ばした。
「ったく、どいつもこいつも俺に楯突くなんてどんな頭してんだよ!俺は親父が偉いから俺も偉いんだ!何がおかしいんだよ。」
次の瞬間、翔の体が重くなり、呼吸が苦しくなった。
「な、なんだ…?」
意識が遠のいていく中、翔は自分の体がどんどん硬くなっているのを感じた。
そして、気がついた時には、翔は学校の壁の一部になっていた。
「っ、これは…夢か…?」
翔はパニックになった。
冷たい壁に触れて、翔は我に返った。
心臓がバクバクと鳴り、額には冷や汗が滲んでいた。
まさか自分が壁に変わってしまうなんて、考えたこともなかった。
恐怖と絶望が、彼の心を覆い尽くした。
窓の外には、いつものように生徒たちが楽しそうに笑い声を上げて通学していた。
その光景が、まるで自分とは無縁の世界のように感じられた。
「おい翔、どうしたんだ?まさか風邪でも引いたのか?」
友達の声が聞こえたが、翔は何も答えられなかった。
ったくなんで壁なんかになったんだよ?
俺は何も悪いことなんかしてないよな、?
翔はなす術がなく壁としてひたすら友達がどのように生活をしているのか観察していた。
「ここだけの話、翔が壁になってくれたおかげでギスギスすることが少なくなったよな。だって、翔以外の人はきつい言い方をする人も感謝をしない人もいないし。」
「バカにする人もいないよな!」
この言葉を聞いて、翔は、自分がしてきた行いを見つめ直した。
ご飯が食べたい時は家政婦に「俺は腹が減ってんだ、早く飯を用意しろ!」と怒鳴り、友達と遊びに行く時は、いつも俺が行きたいところに行った。
友達の行きたいところに行くなんて考えたことも無かった。
俺はいつも友達をバカにして、傷つけてきた。
周りの人たちを大切にすることを忘れて、自分だけが偉いと思っていた。
いつも俺が1番だってふんぞりかえって生きてきた。
他の人のことなんて考えたことが無かった。
翔は、壁になったことで、初めて自分の心の醜さに気づかされた。
「ごめんな…さい…みんな。」
翔は心の中でそう呟いた。
翔が壁になったという事実は、世界中に衝撃を与えた。
科学者や宗教家も呼ばれ、原因究明に当たったが、誰も明確な答えを出せなかった。
翔自身は、最初はパニックに陥った。
しかし、時間の経過とともに、彼は周囲の人々の様子を冷静に観察するようになった。
友達たちは、当初は少し嬉しそうだったが、次第に翔の不在を寂しがり始めた。
翔の悪口を言う者はいなくなり、皆、彼を思いやる言葉をかけていた。
「翔がいないと、学校が静かになったね」
「翔がいたから学校が元気だったのかもしれない」
そんな言葉が、翔の心に刺さった。
一方、翔の両親や先生たちは、突然壁になった翔をどうすればいいのか、途方に暮れていた。
「翔君…、どうしてこんなことに…」
母親は涙を流しながら壁に話しかけた。
「なんで、私の子がこんなことにならなくてはいけませんの?とにかくもとの姿に戻さなくてはなりませんね。先生、翔君を病院に連れて行くべきでしょうか?それとも我が家専属のお医者様をお呼びした方がいいかしら?」
母親が先生たちに尋ねた。
だか、先生たちは何ひとつとして言葉を発せなかった。
翔の両親は、息子の変化に戸惑いながらも、必死に彼を励まそうとした。
「翔、お願いだから、元に戻ってくれ」
「私たちも、翔を傷つけてしまったかもしれない。許してくれ」
母親は、毎日のように壁に向かって語りかけた。
父親は、沈黙を守りながらも、心の底から息子の回復を願っていた。
ある日、一人の先生が、大胆な仮説を立てた。
「翔君は、自分のしてしまったことを深く反省しているのかもしれません。壁になったのは、その罰ではなく、自分自身を見つめ直すためのチャンスなのかもしれません」
この先生の言葉は、周囲の人々に大きな希望を与えた。
翔が壁になってひと月が経った。
しかし、誰も答えを見つけられていなかった。
そんな中、一人の先生が手を挙げた。
「私の仮説で恐縮なのですが、やはり翔君は、自分がしたことを反省しているんじゃないでしょうか?」
その先生の言葉に、みんなはハッとした。
「そうかも…。」
担任の先生は、その先生の言葉に納得した。
このことを、翔の近くにいた生徒たちに伝えた。
「どうやら翔君は、今までやってきた行いを反省していると考えられる。どうかお願いだから、壁になってしまった翔君を、元に戻すために協力してくれないだろうか?」
それから生徒たちは、毎日、壁に向かって話しかけるようになった。
「翔、元気を出して!」
「いつか、また一緒に笑おうね」
「翔、僕たちはいつも味方だよ」
「翔、元気にしてる?僕たちはいつも翔のことを考えてるよ。」
「翔、次はもっと優しい言葉をかけてあげようね。」
これらの温かい言葉は、まるで魔法のように、翔の心を癒していった。
彼は、これらの言葉に包まれながら、少しずつ心を開いていった。
そして、ある朝、奇跡が起こった。
壁が輝き始め、その中から翔の姿が現れたのだ。
「翔!」
みんなは、驚きと喜びの声を上げた。
翔は、みんなの前で頭を下げて謝った。
「ごめんなさい、みんな。僕は本当に悪かった。」
生徒たちは、翔を抱きしめ、今までのことを許した。
翔は、再び学校に戻り、生徒たちの前で謝罪した。
そして、彼は変わった人間になっていた。
以前の彼は、自分中心で、周りの人をないがしろにしていた。
しかし、壁になった経験を通して、彼は、人とのつながりの大切さを学び、他人を思いやる心を養った。
翔は、生徒会長に立候補し、全校生徒の前でスピーチを行った。
彼は、自分の過去の過ちを告白し、そして、これからどう生きていきたいかを語った。
「僕は、もう二度と人を傷つけません。皆さんのために、そして、僕自身のために、より良い人間になります。」
翔のスピーチは、全校生徒の心に響いた。生徒たちは、彼の誠意を信じ、彼を応援することを誓った。
壁になった経験は、翔の人生を大きく変えた。彼は、以前の自分とは全く異なる人間へと成長を遂げた。
卒業後、翔は地元の大学に進学。
そこで彼は、ボランティア活動に積極的に参加するようになった。
特に力を入れていたのは、子供たちへの読み聞かせボランティアだ。
壁になった経験から、言葉の大切さを痛感していた翔は、子供たちに本の楽しさを伝えることで、少しでも彼らの心に何かを残したいと願っていた。
「みんな、このお話、どうだったかな?」
読み聞かせが終わると、子供たちはいつもキラキラした目で翔を見上げていた。
そんな子供たちの笑顔を見るたびに、翔は自分の決意を新たにした。
大学を卒業後、翔は小学校の教師になった。
彼のクラスは、いつも明るく活気に溢れていた。
翔は、子供たち一人ひとりの個性や才能を大切にし、その成長を心から喜んであげた。
ある日、クラスの男の子が、他の子供からいじめの対象になっていた。
翔は、その男の子を一人で呼び出した。
「どうしてみんなに嫌われていると思う?」
翔の問いかけに、男の子はうつむいて何も言えなかった。
翔は、男の子の肩を抱き、優しく語りかけた。
「君には、きっと素晴らしいところがいっぱいある。それをみんなに見せてあげようじゃないか。」
翔の言葉に勇気づけられた男の子は、少しずつ自信を取り戻していった。
そして、ある日、クラスの代表でスピーチをすることになった。
男の子は、緊張しながらも、堂々と自分の気持ちを話した。
「僕は、みんなに認められたいけど、どうしたらいいのか分からなかった。でも、翔先生のおかげで、自分のことを好きになれました。」
男の子のスピーチを聞いたクラスメイトたちは、大きな拍手で彼を励ました。
翔は、教師としてだけでなく、地域社会にも積極的に関わっていった。
彼は、地域の子供会でサッカーのコーチを務めたり、高齢者の方々との交流会を企画したりした。
「翔さんのおかげで、毎日が楽しくなったよ」
「翔さんのような若い人が地域のために活動してくれて、本当に嬉しい」
地域の人々から感謝されるたびに、翔は、壁になった経験がどれほど自分にとって大きな意味を持っていたのかを改めて実感した。
そして、数年後、翔は結婚し、子供を授かった。
彼は、子供に自分の経験を語り、言葉の大切さを教えた。
「パパはね、昔、壁になったことがあるんだよ」
翔の話を聞いた子供は、目を丸くして言った。
「え?パパが壁?なんで?」
翔は、優しく微笑みながら、子供に語り始めた。
翔の人生は、壁になったことで大きく変わった。
彼は、自分を見つめ直し、周りの人々の大切さを学び、そして、より良い人間へと成長することができた。
翔は、壁になった経験を、決して忘れない。
それは、彼にとって、一生の宝物となった。
そして、翔は、これからも、この経験を胸に、多くの人々を笑顔にするために生きていく。
壁が教えてくれたこと 崎本麻帆 @sah1031
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