2.推しのヒロイン救済計画
決意も新たにした翌日から、早速、最強になるための訓練を始めることにした。
僕たちが住んでいる山小屋のような
そこに、朝ご飯を食べ終わった僕ともう一人のお姉さんが、少し距離を開けて対峙していた。
現在、暦の上では夏になるけど、僕たちが住んでいる家はイルファーレン王国の北東に広がる山奥にあり、結構な高地としても知られている場所なので、まだまだ涼しい。
だから僕は厚手の長ズボンと長袖シャツ、少し離れたところに立っているお姉さんも、厚い布地のズボンとシャツの上に、ポンチョを羽織っていた。
「ねぇ、本当にやる気なの?」
「もちろんだよ。僕は強くならなくちゃいけないんだ。将来、世界を渡り歩く大冒険家になって、大勢の人々を救わなくちゃいけないんだからね」
僕は五歳児のちっこい身体に合うよう、子供用に加工してもらった木刀を手にしていた。
そんな僕の数歩先にいる女性はラル=ファーという名前のお姉さん。
腰までの黒髪と黒い瞳をしている、本当に美人で色っぽいお姉さんだった。
ちなみに胸も大きく、ちょっと動くだけで揺れるので、男の子にとっては目の毒である。
そういったちょっと見た目があれなお姉さんは、普段は冷たい雰囲気に包まれているけれど、ふとした拍子に温かくて慈愛に満ちた優しい笑顔を見せてくれる。
そのため、僕たちが住んでいる庵から少し下りたところにあるポルトと呼ばれる寒村では、氷炎の美姫としても知られていた。
見た目年齢は二十四歳ぐらいだけど、実際はいくつかわからない。そんなお姉さん。
そして、生まれたばかりの頃、僕の乳母をしてくれていた女性でもある。
彼女もそうだけど、もう一人の同居人であるオーディスという名前の髭おじいちゃんも、実は僕と血の繋がりがまったくない。
二人は山の中に捨てられていた僕を拾って育ててくれた育ての親だった。
本当の親が誰なのか、そしてなぜこの人たちが育ての親になってくれたのか、更に妊娠経験がないのになぜファー姉ちゃんは僕の乳母になれたのか。
その辺はすべて謎に包まれている。原作小説を最終巻まで読むと、ある程度ネタばらしされるらしいんだけど、ゆえあって僕は三巻までしか読んでいなかったから知らないのだ。
「リル。みんなを助けたいというあなたの考えは立派だし、なぜそんなことをいきなり言い出したのかよくわからないけれど、あなたはまだ五歳になったばかりなのよ? 剣の持ち方すらわかっていないようなお子様なんだから、剣術なんて怪我するだけよ。悪いことは言わないから、家の中で本でも読んでいなさい?」
ファー姉ちゃんはそう言うと、構えていた木刀を下ろしてにっこりと微笑んだ。
しかし、僕は諦めない。ここで断念していたら、待っているのは破滅しかない。
もし目の前で
「姉ちゃん! お願いだよっ。僕は強くなりたいんだっ。どうしても助けたい人がいるんだっ。だから僕に剣を教えてよ! そしたら何でも言うこと聞くから!」
必死になって叫んだら、姉ちゃんの顔色が変わった。
僕に近寄り、抱き上げようとしていたファー姉ちゃんの動きがピタッと止まる。
「なんでも……? 今、なんでもって言ったのかしら?」
「え? う、うん。言ったけど……」
なんだか非常に嫌な予感がした。悪魔に魂を売り渡したような気さえした。
思わず生唾を飲み込んでしまった僕に何を思ったのか。姉ちゃんが急にニヤけ顔となった。
「じゃ、じゃぁ……うふ、うふふふ。今度から私のことはママって呼んでちょうだいね?」
「え? やだよ」
「なんですって?」
「だって、姉ちゃん、ママじゃないでしょ?」
「ママよっ。あなた、赤ちゃんのとき、あんなにも私のおっぱい毎日吸ってたじゃないの!」
「そ、それは……不可抗力だよ! 僕知らないよっ」
「あらら~? なんだか難しい言葉知ってるみたいだけれど、でも、そんなこと言っても誤魔化せないんだからね? 私とおじいちゃんに育てられたのは事実。だったら、私は普通に考えたらあなたのママでしょ?」
「そうかもしれないけど、なんかヤだ」
「なんでよ!」
どうやらファー姉ちゃんは、僕にお姉ちゃんとして見られていたのが気に入らなかったらしい。
個人的には別にどっちでもいいと思っていたし、なんていうか、この人のことも前世の知識で知っていたから、ママと言うよりついつい年上のお姉さんとしてしか見られなかったのだ。
なので僕にとっては間違いなく、お姉ちゃんである。しかし、彼女にとってはそうではなかったらしい。
「理由なんかないよ。それに、もしファー姉ちゃんがママなら、じいちゃんはパパになるけど?」
「パパ~!? バカなこと言わないでちょうだい。それだと私とオーディスが夫婦ってことになっちゃうでしょ!」
「でも、事実でしょ? もしそれが嫌なら、やっぱりママより姉ちゃんの方がしっくりくるよ。僕を拾って育ててくれたってことも理解してるけど、ママって言われるよりも、姉ちゃんって言われた方が若く見られて嬉しくない?」
「そ、それはそうだけれど……」
なんだかいつになくしょぼんとしてしまう姉ちゃんだった。
してやったりといった感じで、そんな美人お姉さんをニコニコしながら眺めていたら、
「お前たちは何を騒いでおるのじゃ……」
噂のオーディスじいちゃんが家の中から出てきた。
長くて白い顎髭を生やした黒いローブを着たじいさま。つば広のとんがり帽子を被ったら、まんま魔法使いそのものといった感じだけど、この世界に魔法という概念は存在しない。
正確に言えば、現代に生きる人間が魔法という力を使えないといった方が正しい。
世間一般的には知られていないけど、この世界のどこかには、太古の時代よりその姿を変えることなく種を保ってきた
僕はその力の正体を知っていた。
『
それが、彼らが使う不可思議な力の正体であり、人間には絶対に使えないとされる魔法のような力だった。
なぜ人には不可能なのかといった理論も、古の時代に栄えた古代王国『ヒルデ・ラー=ガスタス』の頃にかなり研究されたみたいだけど、その学術理論がかなりややこしくて、さすがに僕もすべては覚えていない。
原作小説とは別にかなり分厚いムック本として設定資料集が発売されたみたいだけど、僕はそれを買っていないし、買っていたとしてもそれを見たら派手にネタバレしてしまう。
だから僕が読んだ三巻までに出てきた情報と、我慢できなくなってネットで少し調べたところだけしか理解していなかった。
しかし、実際にこの世界の住人になってみて、その『ちょっとした知識』が
なぜなら、魔法学の理論を紐解く限り、『現代の人類でも絶対に使えないというわけではない』、ということが理解できるからだ。
万物に宿る魔力のような力――この世界では精霊力と呼ばれているそれは、人間の中にも多分に存在し、それを操る力を持っているのが幻生獣たち。ならば、その操る力をなんとかして習得さえできれば、この世界で唯一、人間である僕でも魔法が使えるようになるというわけだ。
そして、それを擬似的に無理やり実行に移した男がいた。
それこそがまさに、原作小説の一作目で僕たちの前に立ちはだかる最大最強の敵だった。
あいつにできるなら、僕にだって必ずできるようになるはずだ。そのためには何がなんでも今のうちからがんばって研究していかなければならない。
――あの子を助けるためにも。
「聞いてよ、じいちゃん! ファー姉ちゃんが、剣の修行は僕にはまだ早いって、教えてくれないんだよっ」
「ふむ。剣の修行か」
オーディスじいちゃんは
姉ちゃんは氷炎の美姫と言われるだけあり、怒ると怖いし、一度こうと決めたら曲げることがない頑固なところがあるけど、どっからどう見ても好々爺な白髭じいちゃんは僕にはとことん甘い。本当の孫のように思ってくれている。
そして、僕には将来、立派な男になってもらいたいという願いを込めて、『リヒター』と名づけたらしいので、武芸を嗜むことに関しては結構前向きだった。
「リヒターがなにゆえその歳で剣術を習いたいと申したのかわからんが、いろいろ思うところがあるのじゃろう。ふむ。よかろう。わしやラル=ファーではあまり修行の相手に相応しくないゆえ、山を下りて、つてを当たってみるかの」
そんなことを言って、ふぉっふぉっふぉと笑いながら、最後はニヤッとした。
「やったぁぁ! さすが、僕のじいちゃんだ! 僕の気持ちをよくわかってくれてる!」
僕はわざとらしくじいちゃんに抱きつくと、姉ちゃんの方へ振り返ってニヤッとした。
その瞬間、呆然としていた姉ちゃんの顔から表情が消えた。本気で怒ったときに浮かべる顔だった。
ぎょっとしたけど、後の祭り。
「オーディス! どうして許可しちゃうのよっ。リルにもしものことがあったら、どうするつもりよ!?」
「なぁに。心配なかろう。それにリヒターも男じゃ。傷の一つや二つ作ってこそ、立派な
相変わらず人の好さそうな脳天気な笑い声を上げるじいちゃんと、それに対して猛抗議する姉ちゃん。
どうやらファー姉ちゃんは女の子が欲しかったらしく、女性みたいな『リル』という名前を僕につけただけあり、どこか僕のことを猫っ可愛がりしたがる傾向にあった。
ともかく、そうして僕はようやく、最強? へと至る道を一歩踏み出すことになったのである。
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