リ・グランデロ戦記 ~悠久王国の英雄譚~ 英雄王の章
鳴神衣織
第一話 新エルリア第七伝承詩 前編
序章 リルという少年
1.異世界転生した?
イルファーレン王国北東に位置する山奥に建てられた
そこで暮らしていた僕は、数日前に五歳の誕生日を迎えた。
――あの日。
この世界で初めて目を覚ましたとき、僕は赤ん坊だった。
普通に考えたら、
「お前は何を言ってんだ? そんなの当たり前だろう?」
と、なると思うんだけど、ちょっと普通の人と違うところがある。
それが、「前世の記憶と意識を持ったまま、この世界に転生したのかもしれない」ということだった。
つまり異世界転生。
しかも、前世の僕がよく知っている物語世界とそっくりな世界に。
今僕がいるこの世界は、いわゆる『リ・グランデロ』と呼ばれているところだった。
数ある大陸の一つで、人類が住まう巨大な大陸の名前がそっくりそのまま、この世界の名前になっている。
『
そして、実際にそんな世界が存在している物語があったのだ。
それが、前世の僕が最後に立ち寄った怪しげな古本屋で買い求めた、『シュテッツガルト世界冒険記』というゲーム小説だった。
なぜ、こんなことになってしまったのかは、未だによくわかっていない。
というのも、さっきから前世とは言ってるけど、本当に自分が異世界転生したのかどうか、よくわかっていなかったからだ。
何しろ、ある日目を覚ましたら、いきなり赤ちゃんの身体になっていたんだから。
この世界で目を覚ます前、最後、自分がどこで何をしていたのかもあまり覚えていない。
本屋に立ち寄ったことだけは覚えていたけど、そのあとのことが綺麗さっぱり抜け落ちていた。
しかもそれだけでなく、記憶の一部がごっそりと抜け落ちているような、
なのでもし、これが本当に異世界転生であるなら、僕が覚えていない空白の時間に何かが起こって死んだということになるんだろうけど、記憶がないからなんとも言えない。
ともかく、よくわからなかったけど、僕はなぜか、そんな物語世界とそっくりな世界に、おそらく異世界転生してしまったんだろうと勝手に結論づけた。
――で。
ここまでは百歩譲って別にいい。
だけど問題なのは、よりによってその物語の主人公であるリヒター・リル・シュテッツガルトに転生してしまったということだった。
僕は改めて自分の境遇を思い出し、思いっ切り溜息を吐いた。
古本屋で見つけたこの物語は、本編シリーズだけでも全部で十五巻まで出版されたらしいんだけど、発売された当時、いわゆる本格異世界ファンタジーブームまっただ中と言われている時代だった。
それゆえ例に漏れず、この小説もそういった本格志向ど真ん中の物語だったから、主人公はチートスキルとか最強とかそういったものとは一切無縁な世界を生き抜いていた。
額が隠れるようにたれた前髪、
栄光と挫折を多く経験しながらも、ひたすら世界に挑戦し続けていく、まさしく王道ヒロイックファンタジーの主人公そのものといった感じの少年だった。
そんなだから当然、どこにでもいるメチャクチャ弱い男の子がモデルとなっていて、そんな少年が世界中を冒険していくことになる。
英雄になる気はないけど、英雄的行為に憧れている英雄憧憬症候群を患ったような主人公。
行く先々で事件事故に巻き込まれたり自ら首を突っ込んだりして、立ち塞がった巨大な壁や敵を全身ボロボロになりながらも、なんとか仲間たちの助けを借りて打倒し、切り抜けていく。
この物語は、まさしくそんな王道物だったのである。
しかも、普通に悲しい出会いと別れも起こるし、そんな世界の主人公に転生してしまった以上、僕の今後の将来に待っているのは苦悩と絶望しかなかった。
シリーズ通して僕が物語の中心にいるから、世界中で巻き起こる問題に一切関わらないようにしたら、世界がどうなってしまうのかなんて考えるまでもないだろう。
「はぁ……なんだかなぁ……」
薄暗い食堂で椅子に座ったまま、テーブルに頬杖ついてもう一度溜息を吐いた。
この先どうやって生きていこうかと考えるたびに憂鬱になる。
茨の道を歩まなければならないということもそうだけど、僕の頭を悩ませている要因がもう一つ、別にあったからだ。
それが、『最推しヒロインである天使みたいな女の子が、物語最後に死んでしまう』ということだった。
最初、この世界の真実に気が付いたとき、「あの子と仲良くなれるかもしれない」と喜んでしまったけど、すぐにそれが失望に変わったことは言うまでもない。
いくら物語世界の未来を熟知していたとしても、最弱モブスタートな僕では彼女を助けられないからだ。
どんなにがんばったとしても、最後にあの
だってモブだから。
主人公のくせに特殊能力も主人公補正も何もない。
ただ好奇心旺盛な少年というだけ。
一人じゃ彼女を助けることも、ボスを倒すこともできないんだから。
だけど、そんなくそったれな立場に転生しちゃったけど、一方でこうも考えてしまう。
もし彼女を助けることさえできたら、この第二の人生、最高に楽しくなるんじゃないかと。
自分には原作知識がある。
それって未来視の能力を持っているのと同じだから、ある意味、過去や未来の歴史を知っているっていうのと一緒だ。
原作では未来のことを何も知らずにぼんくらのまま彼女と出会ったせいで、助ける力を持っていなかったけど、未来を知っている僕であれば、その史上最大の鬱展開を覆せるんじゃないかと。
今からバカみたいに修行しまくって、本来、この世界の人間が手に入れることのできないような凶悪な力を手に入れ、最弱スタートならぬ最強スタートで物語を始められたら?
僕はふつふつと心の奥底から、何か得体のしれない熱いものがこみ上げてくるのを抑えられなかった。
「やってやる……やってやるぞ……!」
どうせ今後の人生、待っている未来が世界の破滅か苦悩しかない絶望の明日しかないなら、僕はそのどちらも選ばない。
あのクソ野郎をぶっ飛ばして全力で破滅フラグをへし折り、第三の選択肢、『推しのあの子と幸せな未来を歩み続けていく』を選ぶだけだ。
「そうだな。そうするしかない。だったら、すぐにでも行動に移さなくっちゃ!」
僕は椅子から飛び降り、食堂から外へと飛び出していった。
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