君とみた、あの丘で、もう一度桜を

小日向 雨空

第1:上巻

君と見た、あの丘でもう一度桜を 《上》


【序章】


「——ねえ、私とずっと一緒にいてよ」

 そんな言葉をもう何十と重ねてきただろう。

 聞き飽きた、その台詞セリフを吐き捨てるように反芻する。

「俺は……」

 その言葉から一向に進むことができない。

 それでも、俺は彼女のことが好きだったから。

 彼女はふっと笑う。

「どんな返事でも私はそれでいいよ。だってそれが定めだから・・・・・・・・・・・

「…………」

 その言葉に、ひどく苦しむ。

 苦虫を潰したような顔をして、俺は返事をする。

「俺は——」




【終章】


 それが見つかったのは、某年の夏のことだった。

 その年はとても暑かった。

 平年を平気で上回るくらいの気温で、湿度も高く、苛立ちがつのるほど気持ち悪い天気だった。

「あつ……」

 僕——氷乃瀬葉涙ひょうのせはるはいつも通り夏期講習に向かっていた。

 今日の科目は数学と化学。

 テストできっちり赤点をもらったところだ。

 夏期講習の担当の先生の名前をみてイヤな顔をする。

「うげ……この人苦手なんだよな……」

 するといつからか隣にいた女子——幼馴染がニマニマした顔でコチラを覗き込んでくる。

「あーーーっ。この先生、怒らせると怖いのに、そんなこと言っていいのかな?」

「うげ……葵……」

 この女子は蜜葉みつのはあおい

 俺の幼馴染であり、腐れ縁である。

葉涙はるの証拠を今握っている状態ですよ? こちとら。それを先生に言ったらどうなるでしょう?」

 うっぜぇぇぇぇぇぇぇぇ…… 過去イチほどではないが、こんなにうざい葵は久しぶりに見た気がする。

「くっ……。姑息こそくな……」

「じゃあ、言うべきこと・・・・・・は、わかるよね???」

「…………」

 空いた口が塞がらないとはことだ。

 あいつ、俺をからかうのが上手くなったなあ。

 じゃなくて。

「……すいませんでした」

「そっかそっか〜。しょうがないから許してあげよう〜」

 純度120%の煽りで最大限まで煽ってくる。

 うざい。

 でも別に苛立ったりはしない。

 なんでだろうね。

「またあいつらイチャコラしてるよ」

「いつものこと」

「ギルティィィィ」

「ちょっと麻縄買ってくるわ」

 などなど、たくさんの意見が聞こえてくる。

 ……ちょっと待て、麻縄ってなんだ。

 俺を吊し上げるのか???

 こわっ。

 一気に寒気がきたが、葵は気にしてない様子だ。

「? どうかした?」

「いや、別に……」

「む、イヤなこととかあったらわたしに言うんだよ?」

 今のそのあなたの現状のほうが困るんですけどね???

 だって近いし。

 いい匂いするし。

 ブラチラしそうだし。

 このままでは俺の理性が危険で危ない……っ!

 そんな甘いことを考えてると、ブラチラに気がついた葵が胸元をサッと隠す。

「……変態」

「男とはあわれな生き物よ」

「意味わかんない」

 ツンとした言葉にダメージを受けながら、前を向くと、そこには般若ブチギレの顔をした先生が立っていた。

「「あ……」」

「「「「「…………」」」」」

「何か言うことは」

「「すみませんでした!!!!」」

「よろしい。席につけ」

 きょうはやたら優しいな、なんて腑抜けながら席に着いて講義を聞く。

「……という感じで、ここの炭酸水素ナトリウムを加えると超化学高温反応によってプラズマになって……」

(あー、つまんねえ)

 そんなことを思っていると、葵が二マーーとしながら、こちらを観ていた。

 すると、スマホに通知が飛んできた。

『真面目に授業、うけな?』

(こいつ……)

 こいつ、やる時は真面目だから先生にも気に入られるタイプなんだよな。

 やけに腹立つけどそれが事実だ。 ちなみに、俺は平凡以下ぐらいの成績をしており、葵はいつも上位三%以内には入っているぐらいには成績優秀だったりする。

 じゃあ、なぜ夏期講習があるかというと、この講習は赤点の人と『参加希望の人』だからだ。

 俺が夏期講習があるというとノリノリで参加申込書を記入していた。

『ほらほら、わかんなくなっちゃうよ?』 

煽り120%でLINEをしてくる。

『お前は成績優秀だから簡単だろうな』

『めっちゃ簡単。息しなくてもこんなのできる』

(こいつ……)

 これだから天才は困る。

「……問三、葵」

「酸化還元反応により、鉄が還元される」

「正解」

 しかもしれっと指されても答えがあっているところも腹が立つ。

 ここで、授業を終わらせるチャイムが鳴る。

「じゃあ、きょうはここまで。夏期講習はテストとかもやるつもりないけど、復習はしっかりするように」

「きりーつ、礼」

「「「「「あざしたー」」」」」

 先生が出ていくなり、生徒ががやがやと喧騒を始める。

「やっとおわったー」

「最後があの人で良かったかもしれん」

「あの先生、始まる前に般若の顔してたよね」

 すると、葵が話しかけてくる。

「やっと夏休みだねー」

「そうだな」

葉涙はるの彼女のいない夏休みかー」

 いつものように、煽る言葉を放つ。

「おいまて、泣くぞ」

「だって事実だし」

「それでも言って良いことと悪いことぐらい……」

 すると、「んー、まあわたしが彼女になっても良いんだけどね?」

「……は?」

「……え?」

「????」

 俺の頭の中は混乱していた。

 こいつは何を言っているんだ、と。

 まあ、幼稚園の頃からの幼馴染だし親友だし、付き合おうお思えばできなくもない。 

 だけど何故か俺はそれを許さない。

 だって、葵しか今のところ友達がいないのだから。

 その関係性が崩れたら俺は立ち直れる気がしない。

「なに、関係が壊れるとか思ってるの?」

「いや、その……。はい……」

「そんなの、壊させないに決まってるじゃん」

 ういいーーーっ。

 カッケェーーーっ。

「で、どうするの?」

「俺は——」

 俺の夏が、そこから始まった。

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