第2話 放逐された者たち

 冷たい風が肌を刺すように吹き荒れる中、山崎勇次と生徒たちは豪華な王宮を背にして立ち尽くしていた。だが、その背後にある壮麗な王宮はもう彼らの居場所ではない。異世界の街に放り出された彼らは、何をすべきかもわからないまま立ちすくんでいた。


「先生…これからどうすればいいんですか?」


 一人の生徒が、震える声で勇次に問いかけた。その目は涙で潤み、不安と恐怖がその表情に色濃く現れていた。ほかの生徒たちも同様に不安を隠せず、無言で勇次の言葉を待っていた。


 勇次は自分の胸の奥で渦巻く不安を押し殺しながら、できるだけ落ち着いた声で答えた。「まず、安全な場所を探そう。ここはもう危険だ。街の外に出るか、少なくとも人目につかない場所に避難する必要がある」


 教師としての責任感が、勇次を突き動かしていた。彼が倒れてしまえば、生徒たち全員が危険に晒される。彼は必死に自分を奮い立たせ、生徒たちを励ますべく先頭に立った。


「この世界は、僕たちが元いた世界とは違う。だけど、ここで生きていくしかないんだ。君たち一人ひとりが持っている力を信じて、共にこの状況を乗り越えよう」


 その言葉に、生徒たちは小さく頷き、なんとか前を向いて歩き出す決意を固めた。勇次は彼らを先導しながら、心の中で次の行動を模索していた。まずは食料や水の確保、そして安全に過ごせる場所を見つけることが急務だ。


 街を歩き始めた一行は、石畳の道を進みながら周囲を見渡した。だが、周りの目は彼らに冷ややかで、まるで厄介者を見るような視線が投げかけられていた。勇次はその視線に気づき、不安が胸を締め付けたが、無視して歩みを進めた。


「早くこの街から出たほうがいいかもしれない…」


 勇次はそう考え、街の外壁に向かって進むことを決めた。彼らを追い出した王族や兵士たちの近くに留まるのは危険だ。壁を越えれば、少なくとも王宮の影響下から逃れられるはずだと信じていた。


 外壁に近づくと、勇次は街の入り口で警備をしている兵士たちの姿を見つけた。彼らは厳しい表情で街の入退場者を監視していた。その姿を見て、生徒たちは不安そうに勇次に視線を送った。


「先生…本当に外に出て大丈夫なんですか?」


 一人の生徒が、小さな声で尋ねた。彼の不安は他の生徒たちにも伝染し、一行は足を止め、どうするべきかを悩んでいた。


「ここに留まるわけにもいかない。とにかく、外に出てみるしかない」


 勇次はそう答えたが、その声には迷いが含まれていた。彼もまた、この異世界で何が待ち受けているのかを知らなかったからだ。それでも、ここにいては何も変わらないという思いが彼を突き動かした。


 勇次が生徒たちを先導して外に出ようとしたその時、突然一人の兵士が彼らに声をかけた。「おい、待て!街の外に出るつもりか?」


 兵士の鋭い声に、一行は立ち止まった。勇次は振り返り、兵士の方に視線を向けた。「ええ、私たちはこの街から出ようと考えているのですが…」


 兵士は眉をひそめ、険しい表情で勇次を見据えた。「街の外には魔物がいて危険だ。ここで生き延びたいなら、無闇に外に出るのはお勧めしない。君たちのように何も装備や野営道具を持たずに外に出るなんて無謀だ。ここに来たばかりか?」


 その言葉に、生徒たちの表情がさらに硬くなった。彼らは外の世界に対する恐怖を感じ、勇次に頼るしかない状況に追い込まれていた。勇次は一瞬考え込み、どうするべきかを悩んだが、兵士の次の言葉が彼の決断を助けた。


「もしどうしても街を出るなら、まずは駅馬車を使ってみるといい。そこなら護衛もつくし、無闇に危険を冒すことはない。もしくは、街の中でまずは身の安全を確保するために、冒険者ギルドに行って雑用から始めることを考えた方がいいだろう」


 兵士のその言葉は、勇次にとって一筋の光明となった。街を出るのはまだ早いかもしれない。まずは冒険者ギルドに向かい、情報を集めながら生徒たちを安全に保つ方法を探るべきだと感じた。


「わかりました。ありがとうございます」


 勇次は礼を述べ、兵士に背を向けて生徒たちを引き連れ、冒険者ギルドへと向かうことにした。街の中にある冒険者ギルドは、異世界における情報や仕事の集まる場所だと予想できた。そこなら、彼らがこの世界で生き延びるための手がかりが見つかるかもしれない。


 冒険者ギルドの建物は街の中心部に位置していた。古びた石造りの建物でありながら、内部は活気に満ちていた。様々な種族の冒険者たちが行き交い、依頼の張り紙を見ながら談笑している様子が窺えた。


 勇次と生徒たちは、一瞬その活気に圧倒されながらも、ギルドのカウンターに向かって歩みを進めた。カウンターの背後には中年の男性が立っており、彼らの姿を見るや否や、問いかけてきた。


「よう、新顔だな。何か依頼を受けに来たのか?」


 勇次は一瞬迷ったが、率直に答えた。「私たちは放逐された者です。ここで雑用でも構いません、何か仕事をいただけませんか?」


 ギルドの男性は、少し驚いたような表情を見せたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。「なるほどな、辛い状況だが、何とかするしかないな。雑用ならいくつかあるが…」


 彼はそう言いながら、カウンターの下から数枚の依頼書を取り出し、勇次に手渡した。「この依頼なら、危険は少ないし、初心者でもできるだろう。まずはこれで路銀を稼ぐといい」


 勇次はその依頼書を受け取り、内容を確認した。簡単な掃除や、物資の運搬といった仕事が並んでおり、確かに彼らでもできそうなものばかりだった。


「ありがとうございます。これでなんとかしのいでみます」


 勇次は再び礼を述べ、依頼書を手に生徒たちを連れてギルドを後にした。これからの生活は決して楽ではないだろうが、少しずつ前進していくしかない。勇次は心の中でそう決意しながら、彼らの新たな冒険の始まりを迎えた。


あとがき

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