第40話 神々の国

「ルシファーは?」


『死んだみたいに眠っているけれど、炎はまだ消えてないよ』


「まああいつも神族だから死ねないよな……」


『そうだよね。まあ起きたらちょっと話してみるよ。あいつもいろいろ思うところがあったのだろうし。ダメならまた眠らせる』


 ダイダロスがやってきた。


「基本設計が決まったぞ。教会も建て直すことになったんだ。教会から左右に俺たちの家を作る。広場を取り囲むように円形にする。俺たちがオベリスクを八方から見守る作りにするよ」


「住民たちは?」


「住宅街は俺たちの家を囲むように作る。そしてそれを囲むように農地を整備するさ」


「なるほどね。でも独立するなら収入は必要だ。それは?」


 帰ってきたヘルメが答えた。


「ここは神の棲み処となるのです。神は商売になりますよ? 最初はちょっとした奇跡を見せてやりましょう。噂が噂を呼んで、世界中からこの地を訪れるようになるでしょうから」


 アプロが肩を竦めた。


「ヘルメ……おまえってやっぱ商売神だよな。よく思いつくよ」


 ヘルメがニコッと笑った。


「だって建設費用を稼がないと。トラッドの資産など雀の涙ほどしか無かったですし、クロスが貯めていたポイントも全部吐き出しましたからね」


「なるほどね。俺たちの力だけで建てちゃうと、人間のためにならないか……そりゃそうだよな。ここを維持管理するのは人間たちだもんな」


 クロスがふと声を出した。


『ねえ、ここに学校を作らない? 僕は人間になってみて初めてわかったのだけれど、意外と邪悪な心を持っている奴は少ないんだ。環境が悪を作るんだよ。そうなる前に止めることができれば、もっと人間界は暮らしやすくなる』


 クロスの叔父であるハデスが頷いた。


「なるほどな。それは一理あるよ。神の言葉を信じる人間が増えるのは良いことだ。教会で結婚式をして、子供が生まれたら洗礼式をする。毎週教会に集い、神の存在を再確認して日々を送るんだ。やがて寿命が尽きれば、教会で葬儀をする。結局はそのサイクルの繰り返しだからな」


 アテナが何度も頷いた。


「そうよね、それが人間の営みというものだもの。ところでトラッドの娘はどうするの? 意識は戻ったの?」


 ヘルメが答える。


「意識は戻りましたが記憶をすべて失っているようです。試しに村娘だったと言ったら信じ切ってましたもん」


「その方があの娘のためだろう。宰相の男に入ったヘルメの使い神に言って天に召されたことにすればいい」


 マルスが口を開いた。


「クロスが大好きだった子、アンナマリーだっけ? 修道女になるって聞いたよ」


 ヘルメが頷いた。


「ええ、ずっとクロスと共にありたいそうですよ。美人で気立ても良いのに勿体ない」


「へぇ……だったら教会長は私がやろうかな」


 そう言ったのはアテナだ。


「アテナは戦略神でしょ? 上手な戦争の方法を教えてどうするの」


「大丈夫よ。戦略を知るということは戦争を回避する方法を知るのと同義だもの。それにあんた達みたいな見境の無い男神を送り込んだりしたら、半神が増えて困るでしょう?」


 誰も異は唱えなかった。

 いや、唱えることができなかったのだが……


 街の整備は進み、オベリスクも完成している。

 人々が見守る前で、その頂上に設置されたクロスは呟いた。


『すげえ眺め! 絶景じゃん!』


 生き残った人間たちは、それぞれの仕事に精を出した。

 農民はより美味しい野菜を育て、職人たちは自分の技を磨き続ける。

 神の棲み処という噂を聞きつけた人々が、競うようにこの地を訪れたくさんのお金を街にもたらした。


「こんなことなら独立を許すのではなかった」


 観光客ばかりか、世界中から集まる芸術家たち。

 小さな街という規模の独立国家の収入は、王家が統べる国よりも多い。

 いつの間にか、町のようなこの国家は『神の領域』と呼ばれるようになっていった。


 そして数年。

 修道女となったアンナマリーは今日も暗いうちからオベリスクに祈りを捧げる。


「クロスさん、おはようございます」


『おはよう、アンナマリー。今日も可愛いね』


「今日はパンを持ってきましたよ。あなたは食べないから鳥たちにやるわね。サンズとカブが親方と呼ばれるようになって、もう何年経つかしら」


『あれはトムじいさんが亡くなった年だったろ? もう四年になるんじゃないかな』


「あなたの声が聴きたいわ……あなたはどこで何をしているの?」


『僕はここに居るよ。ずっと君を見ている』


「クロス……キスもしてくれなかった」


『キス……したかったよ。すごくすごくしたかった』


「私ね、いつからかあなたのお嫁さんになることを夢見ていたの」


『アンナマリー。愛しい人』


 それからまた数十年。

 この町の繫栄は留まることを知らず、人々の暮らしは豊かになっていった。


「おはよう、クロス。まだ寒いわね」


『おはよう、アンナマリー。今日も素敵だね』


「あのね、クロス。サンズに孫が生まれたのよ。少し羨ましいなって思っちゃったわ」


『子供かぁ、あの子供の子供に子供が生まれるのか……なんだか不思議な感じだ』


「そのことを懺悔していたら、教会長様がおっしゃったの。修道女は神の妻なのだと。だから私の夢は叶ったってことよね? だって私の夢はクロスのお嫁さんになる事だったもの」


『アテナが? 上手いこと言うなぁ』


 二人の会話は相変わらず嚙み合わない。

 アンナマリーの言葉に返事をするクロスの声は彼女の耳には届くことは無いのだ。


「クロス、好きよ。ずっと好き」


『僕もアンナマリーがずっと好き。年をとっても可愛いよ。その皺も白髪も全部愛おしい』


「私はずっとクロスのお嫁さんとして祈り続けるわ。死ぬまでずっと」


『うん、君の祈りは僕の喜びだ。愛しているよ、アンナマリー』


「牧師になりたいという人がとても増えてね、カブが学生のパンを焼くためにまた石窯を増やすって言ってたわ」


 アンナマリーの呟きは続く。

 明るくなってきた東の空に、数羽の燕が舞った。

 仕事に向かう人々が広場を横切っていく。

 大人も子供も男も女も、ペコっとオベリスクに頭を下げるのは、この町の伝統だ。


 ふらっと思い出したように教会を訪れるヘルメ。

 建物のどこかに不具合があると、いつの間にか修繕をしているダイダロス。

 何度も姿を変えながら、いまだに教会長をやっているアテナ。


「あなたは永遠ね、クロス」


 アンナマリーがオベリスクを見上げた。


『君へ捧げる僕の愛も永遠だよ』


 二羽の烏がクロスの石像に止まった。

 烏がクロスに話しかける。


「ねえクロス、この子はルルっていうんだ、僕のお嫁さんだよ」


「へぇぇ、良かったなぁオペラ。お前ももう一人前だ」


「うん、だからこれからは二人でクロスの手伝いをするからね」


「ああ、頼むよ。困っている人がいたら教えてくれ。それにしてもオペラ、人間にならなくて良かったの?」


「うん、今の方がずっといい。マカロのことも見守ることができるし、クロスの手伝いもできるからね」


「オペラ、ずっと友達だ。ルルちゃんもよろしくね?」


 烏たちはぴったりと寄り添うように石像に体を寄せてから、西の空へと飛び立った。


 この小さな小さな国の名は「エテルニタ(永遠)」という。




 おしまい


 本編はこれで終わりです。

 今後はロビンとルナのお話しや、カブやマカロのその後のことを少しずつ書いていく予定です。


 ありがとうございました。

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「お前のような奴は修行しなおして来い」と言われて神界を追い出された僕 ~ハッピーポイントを貯めておうちに帰ろう~ 志波 連 @chiro0807

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