第4話 衣食住は大切
「おはよう! 眠れた?」
藁の上に座るクロスを苦々しく睨んでいるところに駆け込んできたのはルナだった。
途端に満面の笑みを向けるヘルメに、胡乱な顔をするクロス。
「おはようございます。おかげさまでゆっくりさせていただきましたよ」
頬を染め目をキラキラとさせているルナにクロスが言う。
「お前は誰か? 僕はガキは趣味じゃないんだが……望むなら抱いてやるが」
パコンとものすごくクリアな音が小屋の中に響いた。
「痛い! 何すんだよヘルメ!」
「このクソガキが朝から怒らせてんじゃないでございますよ」
ルナが目を丸くしてヘルメに聞く。
「この人……今なんて言ったの? よく聞こえなかったよ」
クロスの首根っこを鷲掴みにしながらヘルメが優しく言う。
「ああ、このヤロウ様のことはお気遣いなく。もしお手伝いができることがあれば何でもしますよ言ったのですよ」
「やった! 今日は畑の草抜きだって言ってたから手伝ってくれるなら助かるよ。おじいちゃんに知らせてくるね」
駆け出すルナにひらひらと手を振りながらヘルメがクロスに言った。
「まだ現実が理解できていないようですね。その頭に詰まっているのは脱脂綿かと思っていましたが、どうやら泥のようですね。いいかげに目を覚ましやがれってんですよ」
「現実……ああ、そうか。食うためには働かねばならんのだった。それにしてもあの小娘はいったい誰なんだ? そしてここはどこだ?」
ヘルメが藁束をわしゃわしゃと整えながら言う。
「あのお嬢さんはあんた様の命の恩人で、ここは人間界ですよ。そしてあなたは無職、みなしご、無一文。要するにごくつぶしです」
小屋のドアがコンコンと音をたてる。
「よく眠れたかね? ルナから聞いたのじゃが仕事を手伝ってくれるとか?」
顔を出したのはトムじいさんで、その後ろにはロビンとルナが並んでいる。
ヘルメがクロスを睨んだ。
その目線に促がされるようにスクッと立ち上がったクロスが、ゆっくりと頭を下げる。
「おはようございます。昨夜は助けていただいたそうで、心よりお礼申し上げます。私の名はクロスです。神界からやって参りました」
トムじいさんが怪訝な顔をする。
「ジンカイ? はて、そのような名の国がありましたかなぁ……まあ、あなたはクロスさんでこちらがヘルメさんということですな?」
「左様でございます」
「住むところは決まっているのかの?」
ヘルメが口を開く。
「私たちは故あってこの地に参りました。住むところはありません。おじい様はどちらか家を貸してくれる方をご存じではないですか?」
「おじい様などと呼ばれると何やら落ち着かん。トムと呼んでくだされ。この辺りの者たちはトムじいさんと言いよります。借家を探しているんじゃな? どれほどの大きさをお望みか?」
ヘルメが恭しく胸に手を当てた。
「どのようなところでも雨露さえ凌げれば問題ございません」
「なるほど、食事はどうされる?」
「屋台で購入しますので、台所も必要ありませんよ」
トムじいさんは暫し考えた後口を開いた。
「ではここにいなさい。この小屋は藁置き場として使っているが、元々はこの子たちの両親のために建てた小屋なのじゃ。藁をどければ竈もあるし、食事は我らと共になさればよかろう。風呂もご不浄も屋外じゃから共用できるじゃろ?」
クロスが話しに飛びついた。
「ありがたい! ここは本当に居心地が良かったのですよ。仕事が見つかるまではトムじいさんの仕事を手伝います」
ヘルメがポカンとした顔でクロスを見た。
ルナが駆け寄ってくる。
「じゃあヘルメさんもずっとここにいるの? 嬉しいなぁ」
ヘルメがホウッと息を吐いた。
「ご厚意に甘えさせていただきます」
苦もなく棲み処を手に入れたクロスが自分の幸運にガッツポーズを決めていると、すっとロビンが寄ってきた。
「なあアンタ。クロスって名前だったよな? いいか、良く覚えておくんだ。昨日のような格好で外をうろつくんじゃないぞ。妹はまだガキなんだ。絶対に手を出すなよ」
ロビンの言葉に改めてルナを見たクロス。
「誓ってないよ。僕は豊満で妖艶なおねえさんが好きなんだ。ガキは相手にしない」
「なら良い。しっかり働けよ」
「わかった。僕は何もできないからな、お前が教えてくれ」
「お前じゃなくてロビンだよ。今日からお前は僕の弟子だからな! ちゃんと言った通りにしろよ?」
「ああ、そうしよう。僕もお前じゃなくてクロスっていうんだ。そう呼んでくれ」
ロビンは小さく頷いて、頬を染めてヘルメを見上げるルナの手を引いた。
「さあルナ、朝食の準備をしよう」
トムじいさんとずっと話をしていたヘルメがクロスを振り返った。
「手伝いに行きやがってください」
小屋を出て行くクロスを人睨みしてから、ヘルメがトムじいさんに言う。
「食費や水道光熱費も含めて月に30,000エレ。これ以下ではダメです」
「そんなには貰えんよ」
「いえ、これでも相当安いです。なに、大丈夫ですよ。あのヤロウが月に300人助ければ払えます。それにお孫さんたちの将来を考えるなら、お金は持っていた方が良いでしょ?」
トムじいさんが不思議な顔をしている間に交渉は完了した。
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