夏が終わった日

army

人生

社会ってクソだと思う。毎日職場に行って、毎日家に帰って寝るだけ。生きてる価値ってあるんだろうか。中高であんなに個性を活かせだの、自分の個性と向き合えだの言うくせに、結局社会で必要とされる人間は量産型で、とりあえずみんなができる作業が一通りできればいいだけ。できなければバカにされて、できすぎれば僻まれる。なんて生き辛い人生なんだろう。誰がこんな国で住んでいたいと思うんだろうか。

 今日も社会の飼い犬になりながら、そんなことを考えてみる。どんなに反抗したって金がなければなにもできないからこの生活を繰り返してしまう。ドラマチックな恋も、弾けるような青春も全てを過去に置いてきた。自分の人生を謳歌してます!なんてごく一部だ。思えば、自分の人生は初めからこんなもんだった。

一家の長男として生まれて、たくさんの期待を背負って生きてきた。賢くあるべき。しっかりしているべき。わがままなんて言うもんじゃない。そんなことが、妹が生まれてからより一層強くなっていくのを感じた。それはまた成長していくにつれて自分の体に重く重くのしかかった。当時は水泳を習わせてもらっていた。忙しく過ごす日々がとても幸せだった。でも、勝手に離婚したと思えば、すぐ塾に行くようになった。最初は楽しかった勉強だったが、友達と遊ぶ時間を邪魔してくるようになってからは大嫌いになった。勉強が終わるまでは遊びに行ってはいけない。そんな大したこともないようなルールは、当時小学校高学年だった自分の勉強嫌いを悪化させた。中学で遊んで遊んで、高校進学。お金が無いから高校は公立がいいと言う。正直わけがわからない。そんな狭き門を突破して高校を選び入学したのに、毎日のようにネチネチ文句を言われる日々。なぜそんな高校を選んだのか、だとさ。あんたらが期待しなきゃこんなとこ居ないんだよ。なんて高校の時の自分が言えるはずもなく時は虚しく流れ大学に進学した。志望していた学部には行けず、妥協して選んだ大学に行く。なんとなく選んだ。もう親に選択されてコントロールされてきた時間が長すぎてもはや自分で自分の人生を決める自信を完全に失っていた。そんなこんなで就職。そして今。もう生きる価値を見いだせそうもなく、自殺しようかと考えていた時、それは起こった。

 いつもの帰りだった。

 いつもの帰りのはずだった。

今日も今日とて日付が変わるギリギリまで残業をして終バスは終わっていたから駅から家までこの蒸し暑い夜の帰り道を歩いているところだった。家まであと1本この道を進むだけの歩道で、何やら大きめの影が見えた。もう日付は変わってるし、人が歩いているのはなかなか珍しいなと思いつつ、時々存在はするので何も考えず歩いていく。これでも男だし、なんとかなるだろとかいう変な油断をしたせいだろうか。その影がちょうど自分の真横に来たあたりで急激に腹に鈍痛が走った。

「…は?」

衝撃すぎた。血が服に滲む。痛みに耐えながら刺してきたと思われる犯人の顔を見る。そして意識が途切れる直前、俺は最後にこう言い残したのだった。

「ごめん…な」

 目が覚めるとそこはさっきまで歩いていた道だった。こういうのってだいたい目を覚ましたら病院で、周りが明るくなっているのを想像すると思う。ただ少し違った。たしかに明るくはなっているものの、病院ではないし、さっきまであんなに痛かった腹部も綺麗な服で包まれていた。思ってもみなかった光景に驚きを隠せずにいる。こんなところにいても埒が明かないと立ち上がってみる。するといつも見ているはずの景色に違和感を感じた。

「低くないか?」

そして口に出した自分の声にも驚く。高すぎる。こんなに高くない。再びこの恐ろしいくらい低い景色を目の前にして、自分はきっと過去の自分に生まれ変わったのだと思うのだった。

『コケたか?笑』

懐かしい声がした。お父さんの声だ、久しぶりに聞いた。どうやら俺は転んだらしい。そして今までの出来事は一瞬だったようだ。

「うん」

お父さんのもっと後ろの方に立っていたお母さんの腕に妹がいないことからまだ生まれる前だと分かる。かけよってきたお母さんに俺は聞く。

「お母さん。今僕何歳?」

『何言ってるの?今ので頭打った?あなたは今3歳よ』

俺の服をはたきながら言う。まだ全てに期待して全て上手くいくと思っていた幼少期に戻っていたのだった。

「そっかー」

全てをやり直そう。そう決めて俺はまたお父さんにに引かれながら帰った。

小学校に入学した。水泳を習う。宿題をこなし、塾に行くかどうか聞かれた。俺の答えは生まれ変わってから既に決まっていた。

「やりたくない。」

『そうだよねーわかった。』

俺が4歳の時に生まれた妹もすっかり大きくなり、俺も友達と遊びに遊ぶ人生を謳歌した。知らなかった。小学校の時みんなはこんな感じであそんでたんだと。過保護な親に嫌気がさしたがそれはそんなに大きな問題では無い。遊びまくればいいだけだった。ゲーム機はきっと買ってくれない。大丈夫。みんなと遊べればなんでもよかった。水泳は続けたかったけど、それよりもやりたいことがあった。

「お母さん。」

『ん??』

「俺水泳やめてバスケしたい。」

急に何を言い出すんだと思うだろ?前世、中学の時死ぬほど楽しかったバスケがやりたかったんだ。小学校の時はこんな小さい時からバスケができるなんて知らなかったから。勉強しか知らなかったから。

『そーねーケガしないように気をつけるんだよ?』

「うん!」

そこからは遊びながらバスケをする日々だった。中学は当然バスケ部に入った。めっちゃ楽しかった。四六時中できる。相変わらず門限だけはきつい親が嫌いだったが、成績はそこそこ取れたし、あんま言われることもなかった。中3。俺は自分の人生を180度変える選択をする。進路の面談の時に俺は言ってやったんだよ。

『進路どうしますか??』

先生が言う。

『成績も悪い訳では無いですが、志望校はありますか?』

もちろん2度目の人生、完璧な点数とって成績をかっさらうのもありだった。ただ、それだと周りの大人に期待を持たせることになる。俺はそんな人生はもう二度とごめんだった。

「はい!地元の高校にします!!」

『そこだと少し低くない??』

お母さんが水を差す。でも俺はここが良かった。ここなら家からすぐだし、バスケだって続けられる。勉強だって簡単に追いつける。頑張ったって将来報われるわけじゃないんだからまた違う友達を作って出会うのもありだと思った。

「絶対ここに行く。」

『じゃあ行きなよ』

半分飽きられたような感じがしたが、そんなものはどうでもいい。これで期待されることもない。高校に入る。成績は中の上くらいを維持した。もはや学びたいものなんて存在しない。ホワイト企業に務めることができればどうでもいい。指定校推薦で大学を出て、ホワイト企業につく。ここまでなんの苦労もなかった。人生ってこんなに簡単なんだ。2度目にして1度目の人生で自分が頑張りすぎてたことに気がついた。もっと楽に生きればよかった。俺は今の人生誰からも期待されていない。なぜなら、勉強も前の人生ほどできないし、運動もずっとスポーツやってたってだけでそこそこ上手いくらいだったから。でも、俺は気がついた。それは1度目の高校の同窓会の日、まさにその会場に用事があって行った日のことだった。知ってる顔ぶれ。向こうは無論こっちのことなど知らない。そこに行き、ピシッとスーツを着こなした元友達を見て驚いた。こんなにも自分は成り下がったんだと。そこには頑張って這い上がって、夢を掴んだ友達の姿があった。自分が情けなくなる。もっと頑張れば良かったなあ。虚しくて情けなくて悔しかった。前の人生は誰がどう見ても頑張りすぎだったから。今世こそがんばらずに死のうと思ったのに。頑張ったやつってこんなにも輝いて見えてしまう。前まで自分はこの中にいたんだと思うと怖かった。なんでこんな選択をしたんだろうか。期待に応えたくなかったんじゃない。日に日に答えられなくなっていった自分が怖かっただけ。悔しかっただけ。そんな現実から逃げたかっただけ。こんな自分が嫌になりそうだった。前の人生ではもう二度と同じ苦労をしたくないと思ったけど、今の人生ではなんで同じ苦労をしなかったのかと悔やんだ。結局人間ってないものねだりなんだと思う。もう全てが嫌になった。もう何もしたくない。家にいたい。いや、家にすら居たくない。

---逃避行の旅に行こう。---

そう思った。ある夏の日だった。

 次の日から俺は職場で休暇をもらった。繁忙期ということもあって驚かれたが、有給の消化だと言ったら快く引き受けてくれた。荷物を必要な分だけ詰め込んで、手紙も置いて家を出る。他は…捨てた。もういらない。小さい時よく遊びに行っていた山に行く。海もいいかと思ったが、海は開けすぎている。そしてその山の上の方に登って地面に寝転んでみる。木の葉の隙間から差し込む優しい光がとても心地よかった。一生ここにいたいと思った。

「ああ、ここにしよう」

俺はここ最近食事も睡眠もとれていない。というかできていない。元同級生を見てから自分に絶望したからだ。水だけで生きてきた。もう2週間はそんな生活。ストレスでもはや空腹さえ感じない。ここの山に登ったのでだいぶ体力を消耗した。小さい時はあんなに簡単だったのに。夏の暑さを冷たい土で紛らわし、セミの音色を聴きながら目を瞑る。久しぶりの眠りはかなり深く、もう目覚めることは無かった。

 深い眠りの中で夢を見た。妹は気ままに生きていた俺に嫉妬していたらしい。俺は親に愛されている妹が羨ましかったが、妹は逆だったようだ。

「お兄ちゃんなんて居なくなればいいのに」

日付が変わってしばらくたった頃、そう言うと妹は大きな包丁を持って家からとびだし俺の帰路の方向へ走るのだった。

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