植物魔法でゆる~くダンジョン行ってみる?

さいき

序章 これまでとこれから

第1話 五月の始まり

 バルジーク王国の最果ての地。

 そこにあるのは村ふたつの小さなラドクリフ領。

 西にはスウォレム山脈という数千メーテ級の峰々がそびえ立ち、北には果てなく大森林が広がっている。

 東に足を運べばラグナード辺境伯領があるが、領都まで行くには三日の馬車旅となる。

 なんとも辺鄙へんぴな場所にある、小さな過疎地がラドクリフ領のルーク村。

 ほんの十年ちょっと前までは、食べるのにも困る寒村だったが、今では緑豊かな農地が広がっている。

 五月の春うららかなころには、村人が農作業に勤しむ姿が見られるだろう。

 今は夏野菜の種まきや、苗の植えつけがおこなわれている。


 そんなルーク村にあるラドクリフ男爵屋敷は、老朽化でボロボロになった建物の修繕を終えて、シックなレンガ造りの外観に生まれ変わっていた。

 この家の三男坊がせっせと植えたツルバラが、壁に張りつくように枝葉を広げ、太陽の光を受けて元気に育っている。

 寒冷のこの地では、遅咲きのツルバラが開花するのは六月になる。

 そのころには壁一面を満開のバラが埋め尽くし、素晴らしい芳香を漂わせることだろう。


 そのツルバラの枝葉の下にのぞく窓辺には、ハンギングのイチゴが植えられている。

 今は葉影に蕾が見え始め、間もなく大きな実が鈴生りになるだろう。

 普通の倍以上の大きさになるイチゴは、ラドクリフ領の特産ラドベリーで、ひと口食べれば虜になること間違いなしのおいしさだ。

 近隣の領でも評判となっている。


 その季節を待ち侘びて、小さなミツバチが蜜を求めて飛び交っている。

 開花がまだだと知ると、ミツバチは大きなバラ園に向かって飛んでいく。

 数百株と植えられたバラの開花にはまだ遠いが、春の草花が株元に生い茂っている。

 パンジー・ビオラ・ノースポール・ネモフィラなどの一年草のあいだに、スイセン・アネモネ・クロッカス・スノードロップなどの球根植物が開花している。

 チューリップは元気に蕾を上げ始め、クリスマスローズもまだまだ彩を添えていた。

 バラのアーチには早咲き大輪系のクレマチスがツルを伸ばし、こちらもまた開花に向けてグングン育っている。

 このバラ園が花で満たされるまであと少し――――。


 ミツバチはバラ園の草花から集めた蜜を持って、屋敷裏へ飛んでいった。

 その先にあるのは、白いウッドフェンスに囲まれた、かわいい外観の小さな古民家。

 彼らの巣箱がその家の庭にあるのだ。

 ウッドフェンスを飛び越えれば、ここにもたくさんの草花が咲き乱れている。

 庭にあるのは桜や杏の木。

 その木の下に石畳の小道が続き、下草の側の水場では小鳥たちが水浴びをしていた。

 風にそよぐ若葉の木漏れ日。

 温かな春の陽気に誘われて、たくさんの虫が飛んでいる。

 そんな美しい庭の片隅にある巣箱めがけて、ミツバチは飛び込んでいく。

 ここが彼らの楽園。

 安全で安心な住処なのだ。


 パタパタと、石畳を軽快にかける人の足音が聞こえた。

 新緑の木々の下を行くのは、この家の持ち主とその従者と、小さな七人の小人精霊さん。

 かわいい古民家のウッドデッキを駆け上がり、これまたかわいい扉を開けた。

 さて、ここから新しい物語が始まるみたい――――。


 ◆◇◆


「おはようございます! アル様、起きていますか?」

 離れの扉を開け放ち、ひょっこり中をのぞき込めば、キッチンカウンター席でアル様がのんびり朝食を食べていた。

「やぁやぁ、お早うさん。今朝も元気いっぱいだね?」

 コーヒー片手にアル様はにこやかに笑った。

 アル様は『暁の賢者』と呼ばれるエルフで、僕の薬学のお師匠様だ。

 正しくアルシェリード様というお名前なんだけど、長いから省略してアル様と呼んでいるんだよ。

 アル様は五百歳近いんだけど、見た目は初老に差し掛かったころで、まだまだ溌剌はつらつとしているよ。

 

「お早うございます。ハク様」

 キッチンのほうから声がかかったので、「お早う、メエメエさん」と返事をしておく。

 そこにはかわいいエプロンをした、体長五十センテの黒執事服を着た黒羊が浮かんでいた。

 言いにくいよね。

 この黒羊のメエメエさんは、闇落ちした精霊さんだ。

「闇落ちではありません! 私は歴とした闇の上級精霊です!」

 なんかプンスコしているけど、それはどうでもいいかな?


 メエメエさんに近づいて朝の挨拶を交わし、場所を代わって飲み物の準備を始めたのは、僕の従者のバートンだよ。

 老齢になっても背筋がピンと伸び、まだまだ若々しいんだ。

 年齢を聞いたらみんながビックリするくらい!

「坊ちゃま、カフェオレでございます」

 僕の前にカフェオレのカップが静かに置かれた。

「ありがとう、バートン」

 お礼を言えば、にっこりと笑って目尻の皺を深くしている。


 そんなバートンはミルクが入ったカップを七つ用意して、窓辺のソファに運んでいく。

 ソファには七人の精霊さんが、ギュウギュウ詰めで座っているよ。

 

 緑の植物精霊のグリちゃん。

 茶色の土精霊のポコちゃん。

 水色の水精霊のクーさん。

 黄色の光精霊のピッカちゃん。

 黄緑色の風精霊のフウちゃん。

 ムーンストーン色の月精霊のユエちゃん。

 そして、青い炎精霊のセイちゃん。


 この子たちは僕のスキルから生まれた精霊さんたちで、ユエちゃんは特異発生的に生まれた子なの。

 セイちゃんは本来僕の属性にはなかったんだけど、いろいろあって新たに仲間に加わったんだよ。

 この子たちはメエメエさんと同じ、体長五十センテの上級精霊さんだ。

 正確に言うと、精霊王一歩前くらいまで進化しているの。

 その一歩を超える切欠が、まだ見つからないみたいだけど……。

 それぞれバートンからミルクを受け取って、「ありがとー」と笑顔でお礼を言っていた。

 うん、かわいいね!


 さて、ここから僕の自己紹介をしようか。

 まずは僕のスキルを確認してみよう。



 名前   ハク・ラドクリフ 十五歳

 レベル  九十五

 職業   薬師

 ギフト  植物栽培

 スキル  植物栽培魔法 ※ 植物を育てるために必要な魔法

               植物の種子・苗を創造できる

               土魔法・水魔法・光魔法・風魔法

      生活魔法   ※ 浄化・灯火・火種 ⇒ 神聖魔法

 ユニークスキル 植物園 ※ 植物栽培用の異空間庭園(拡張可能)

               倉庫(時間停止・容量制限)


 追加スキル  マッピング

        精霊種族の創造

        精霊獣進化スキル(小)

        コネコネ職人・一級

          ※全工程をひとりでできれば三級。

          乾燥以外の行程を、一時間で百個作れるようになれば二級。

  三十分で百個作れば一級。

  三十分で三百個作れば仮免。

  三十分で千個作れるようになれば、免許皆伝

        絵付け職人・初級

        薬師スキル・中級

        遠見スキル

        魔力譲渡スキル

        再生スキル(神聖魔法のレベル上昇により発現)

        耐熱(超級)

        耐氷(弱)

        バリア(超級)


  称号     元素の精霊王(仮)を統べる者

         精霊樹の創造主

         神聖魔法の使い手

         妖精界の救世主


         四季の精霊王の友人

         水龍の友人

         海竜の友人

        メイプルツリーの森の主の友人

        ドリアードの元女王の友人



 耐熱と耐氷は最近増えたスキルで、ついでにバリア(超級)が増えていた。

 これについては先のお話を読んでね?

 だってほら、説明すると長くなるからさ。



 僕がスキルを得たのは五歳の誕生日で、あれからほぼ十一年が経った。

 植物栽培というギフトは、まさに天恵だったと思う。

 このスキルのおかげで貧しかったラドクリフ領を、豊かにすることができたんだ。

 けれどもそれは、まだまだ道半ばだ。

 たった十年ちょっとの出来事。

 これからもっともっと発展していけるように、僕は頑張っていこうと思っている。


 ちなみに僕は五月下旬の誕生日で、もうすぐ十六歳になるよ。

 十五歳になってから身長は伸び悩んで、現在百六十センテを超えたあたりで停滞中……。

 代わりに髪だけ妙に伸びちゃって、今では太ももの半分の長さになっている。

 この髪が厄介で、切っても翌日には元の長さに戻ってしまうの!

 呪いの人形みたいで怖いよね……。

 侍女のマーサと相談して前髪を切りそろえ、両サイドを顎のラインでカットし、後ろ側だけそのまま結んでいるよ。

 前から見ればボブに見える髪型だね。


「見た目は中性的で女の子に見えますから、まさに姫カットですね」

 黒羊のメエメエさんが「ニシシ」と目を三日月にして笑っている。

 むむむ!

 おのれ、メエメエさん!

 


 とはいえ、僕の悩みはこの低身長。

 小さいころから魔力量が多くて、著しく成長を阻害されたんだよね。

 魔力過多症って呼ばれる病気で、僕の母様もこの病気で亡くなったのだそうだ。

 この病気の最大の特徴が、成長が遅く長く生きられないってこと。

 僕の場合はギフトのおかげで、余計な魔力を外に出すことができて、今も元気に過ごしていられるけど、このギフトを授からなかったら、とっくに死んでいたんだと思う。

 今も成長が遅いことに変わりはなく、我が家のみんなは僕を小さい子扱いするんだけど、まだまだ成長期だと思って期待したいところだ!

 なぜなら僕は大器晩成型!

 三年後くらいには百八十センテになっていると思う!


「無理ですね!」

「無理だろうねぇ……」

「大志を抱くのは大切でございます」

 メエメエさん、アル様、バートンが、三人三様のツッコミを入れたよ!

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