第118話 新しい道連れ

 王妃様のご提案はこうだ。


「だって聖教国にはエルフが駐在しているんでしょう? だったらフェベを連れて行った方が話を通しやすいんじゃなくて?」


 なるほどな。彼女の言うことには一理ある。そしてチューチョことセルバンテス魔導伯は聖教国出身だ。「土地勘は大事よ♡」とか言ってるけど、絶対面白がっているに違いない。しかしろくな反論材料を持たない俺たちは、再び翼竜の里に逆戻りし、追加で翼竜を二頭借り受けることにした。


「「「キュー!!!(俺を/私を連れて行ってください!)」」」


 約一週間ぶりに訪れた翼竜の里。熱烈歓迎ったらありゃしない。あれからバナナの木は翼竜たちによって大切に守られ、みんなよだれを垂らしながら次の実りを待ち構えていたそうだ。


「にょきにょき〜」


「「「キュキュー!!!(天子様!)」」」


 アロイス様の人気もとどまるところを知らない。アロイス様は天子様、ディートリント様は聖母様として崇められ、こぞってひれ伏している。そんな彼らに次なる爆弾だ。


「お前たち、これがコルネリウスで開発された『ショコラーデ』なるものよ」


 ディートリント様がにこやかに籠から手渡すのは、素焼きの器に入ったチョコレートクリームだ。普通に板チョコでも良かったんだが、翼竜の小さな前脚と巨体には食べづらいだろうということで、最初からスプレッド状にしてみた。器は土壌改良で作ったので、タダみたいなもんだ。


 そう、俺はウダールで発見したカカオからチョコの錬成に成功した。バナナといえばチョコだ。この魔力からのがれられる者はいない。その後は大混乱となった。アロイス様が「にょきにょき」したバナナの木に翼竜が群がり、むしったそばからチョコクリームにドボンしてむしゃむしゃしている。彼らの手や口の周りはチョコでベトベトだが、気にした風もない。竜族のなかでは割と温和で知られる翼竜の里が、まるでバーゲン会場のような様相に。


 そのうち一頭、また一頭と満腹に倒れ、ヘソを天に向けて「エヘヘ……」と笑っている。俺たちとバディになった五頭もだ。サモハンなどは嘔吐しそうになりながら「あと一本」とかうわごとを漏らしている。ちょっとやりすぎただろうか。ディートリント様には「何がちょっとかこの悪魔が」と悪態をつかれてしまった。なぜ。




 というわけで、新しい仲間は呆気なく決まった。再訪した瞬間から激しいオファー合戦が繰り広げられていたが、俺たちが選んだのは小柄なメスのリンと、陽気なオスのシンチーだ。彼らを選んだ決め手は、チョコバナナ騒動で比較的正気を保っていたから。俺たちが契約した五頭の飛行能力は申し分ないが、ぶっちゃけそこはあんまりどうでもいい。俺たちが向かうのは、閉鎖的で有名な聖教国。万一に備えて冷静な判断が下せる個体が望ましい。


「キュキュッ!(このシンチー、生涯を掛けて天子様にお仕えするっス!)」


「キュ……(あう……私もその、よろしくお願いします……)」


 チョコバナナで一生ついていく宣言のシンチー。お前はキビ団子よりも安いのか。しかしリンも残りの五頭も、それどころか里の翼竜すべてが「キューキュ、キューキュ(天子様、天子様)」とシュプレヒコールを上げだす始末。ジークアロイスじゃないから。


 かくして、翼竜の里の制圧は成った。いや、前回からそんな感じだったけど。


「お前、本当に魔王ですわね……」


 ディートリント様が呆れている。いやいや、翼竜の里を支配下に置いたのはアロイス様ですから。




 さて、聖教国に向かうことが決まった俺たちだけど、王妃様が一枚噛んだからには先触れを出しておかねばならない。フィーレンス名誉魔導伯もセルバンテス魔導伯も王国の貴族だし、外交特使の正式な訪問となれば致し方ない。これまで秋津までスムーズに航海出来たのは、船主のガルヴァーニ家のお陰。そして秋津から龍華に入国できたのは秋津のお陰、例外中の例外と言える。


 まずコルネリウスから相手国に使者を送って訪問を打診し、オッケーをもらったら翼竜に乗ってGO。ノーと言われたら、別ルートで聖女に接触を図る。それなら最初から密入国しちゃえばよかったんじゃね、と思わなくもないけど、後々トラブルになったら面倒臭い。正式なルートで訪問できるなら、それに越したことはないということだ。テラスハウスで大人しく待機しているのは、そういう流れだった。


 俺としては、ここらでちょっとのんびりしたい思いもあった。翼竜の里でチョコの在庫が減ってしまったし、カカオと同時に手に入れたコーヒーにもこだわりたい。これは大人組、とりわけアレクシス様とベルント様に人気だ。


「カフェーとショコラーデ、書類仕事に最適だね☆」


「捗りますな」


 彼らも未だ「塔」の一員であって、同時にブラックで有名な文官仕事もこなしていた。紙一重超えちゃった天才ばかりの「塔」の中で、常識的なコミュニケーションが取れる数少ない魔術師。気ままに「研究」だけを繰り返して話の通じない連中に手を焼いた文官が、こぞって彼らに泣きついたのは言うまでもない。仕事は二人に集中した。しかしアレクシス様の身の安全を考え、魔導課長は次々と二人を遠征に送り出す。遠征から帰ると文官に取り憑かれ、またすぐに遠征からの取り憑かれ。王都にいる間、二人はずっとゾンビみたいだった。毎日お茶を何杯もガブ飲みしながら、屋敷でも夜遅くまで持ち帰った仕事に取り掛かっていたものだ。そんな彼らに、カフェイン含有量が紅茶の二倍あるコーヒーを勧めたら、そりゃあ虜になるというものだ。


「いっそカフェインだけ抽出してエナドリでも作りますかね……」


「なんだか凄そうだね! 頼むよ☆」


 ちょっと中毒性が怖いけど、ま、いっか。


「お前、本当に魔王ですわね……」


 ディートリント様が白目でにらむ。いやいや、需要と供給ですから。

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