第59話 龍眼

 グロッシ帝国のギルランダ港を出て一ヶ月。俺たちは、ようやく秋津近海へと辿り着いた。まっすぐ向かっても良かったんだが、「まずは現在の秋津の情報を収集してから」というギルベルタ様の助言により、大陸の東端龍眼ロンイェンを目指す。果物みたいな名前だ。


 異世界の果物は、皮を剥いたときの見た目が龍の目のようだということでその名が付いたみたいだけど、こちらの龍眼は都市の機能というか性格を指して付いたものだ。なんと龍眼は竜人族の治める都市で、文字通り竜族の住まう地の玄関口であり、他種族との交易の窓口であり、また他国の動向を監視する「目」のような働きをする機関でもあるとのこと。


「ようこそ客人。我々はそなたらを歓迎する」


 竜人族ドラゴニュートに出会ったのは初めてだ。俺たちが住む大陸の西、西端のグロッシから中央のイクバール辺りまでは、主に人間族ヒューマンが住まう地。他民族は、それぞれ自分たちの生息に適した地域に住んでいる。例えばドワーフは、大陸の北の果ての火山地帯。エルフは大陸中央の大森林地帯。獣人は南大陸。そして竜人を含む竜族は、大陸東端の急峻きゅうしゅんな山岳地帯だ。なお、大陸東端の竜族は多種族と意思疎通が可能で、友好的。一方で他の地域に棲む者は、意思疎通が出来ない凶暴な個体、もしくは他種族に対して敵対的なものが多い。討伐される竜は、大体こういうヤツ。ドラゴンスレイヤーであるディートヘルム様とアレクシス様に対して、龍眼の竜人たちが敵意を抱くことはないらしい。


 さすがに有力種族の治める港に入港するということで、俺たちは急遽イクバールからジェラルド様たちを呼び寄せ、外交窓口になってもらった。幸いジェラルド様は龍眼でも顔が利き、俺たちはすんなりと寄港を許された。




「ムホぉぉ!腕が鳴るわい!!」


 しかしここで最も歓迎されたのは、ディートヘルム様である。竜人は体格に恵まれ、フィジカルに秀でた種族。彼ら独自の武術や体術も豊富だ。脳筋の脳筋はみな脳筋、ディートヘルム様がハマらないはずがなかった。


「お父様がああなったら、もう止められないわね…」


 ディートリント様がたそがれ、セリフを奪われたアレクシス様が立ち尽くす。そしてしれっとクンフースーツに身を包んだベルント様に、アロイス様が「あーも、あーも」と加入をせがむ。ちょっと情報収集に立ち寄ろうと思っただけなのに、龍眼での滞在は長引くかもしれない。


 しかし龍眼は、海を挟んで秋津との交易が盛んだ。醤油や味噌にも事欠かない。しかも龍眼は龍眼で、独自のグルメがある。


「ブッオーノッ!!!」


 ジェラルド様は龍眼料理がお好きなのだそうだ。確かに、こってりした帝国風の味付けに慣れたグロッシの皆さんには、あっさりした秋津料理よりも龍眼料理の方が口に合うかもしれない。しかも独自の薬学の発達した龍眼には、薬膳料理もある。


「これでお肌ツルッツルですって。おほほ」


 ジゼッラ様がほくほくしながら複雑な香りの粥を楽しむ。ギルベルタ様は「これは売れるわね。龍眼とも取引量を増やさなければ」と脳内でソロバンを弾いている。そしてスタイルのいい女性陣に、チャイナドレスが映える。ディートリント様は「これはディアナお姉様に、こっちはエデルガルトお姉様ね」と衣類や小物を物色している。コルネリウスでもチャイナが流行るかもしれない。




 結局みんな思い思いに過ごすということで、俺とアレクシス様はあぶれてしまった。あぶれたといっても、俺たちは龍眼に情報収集のために立ち寄ったのだ。本来の目的のために動けるのが、俺とアレクシス様だけっていうのがどうにも解せない。


 二人とも、この国に溶け込むために長袍チャンパオというのか、ローブのようなクンフースーツのような衣装を身につけているが、元祖モブの俺と違い、ザ・王子様のアレクシス様はめっちゃ目立つ。イケメンは何を着てもイケメンなのだ。


「失礼、いずこの貴人か。そこの茶館でお茶でも」


 しかし声を掛けてくるのは、屈強な男ばかり。どうも竜人は、男も女も皆屈強で、細身の麗人アレクシス様は女性のストライクゾーンからは外れるらしい。しかし男から見れば大いにドストライクらしく、めちゃくちゃ声を掛けられる。


「いえあの、僕は秋津国についてちょっと調べ物を———」


「ならば好都合!私が手取り足取り「あっごめんなさい、父はこういうの苦手でして」父?!」


 ここでオッサンの視界に入っていなかった俺がアレクシス様との間に強引に割り込む。嘘は言っていない。猶子であれど、父は父だ。


「では母と祖父が待っておりますのでこれで」


「はははっ、では☆」


 アレクシス様の手を引いて、強引に離脱。ウダールの一件でもよく分かった。アレクシス様は押しが強い一方で、押しに弱いタイプだ。追うのは得意だけど追われるのは苦手っていうか。いかにも壺や印鑑を買わされそうだ。いや、だからベルント様が従者をしていたのか。ベルント様がいない今、俺がアレクシス様を護衛してあげなければならない。しかし、


「待て小童こわっぱ。そこな貴人がお前の父親など虚言はよせ。邪魔立てするなら容赦はせん」


 アレクシス様の愛想笑いに、時々こういう困った勘違い野郎も現れる。仕方ない。


「父上に御用でしたら、まずは私がお相手を」


 そういうと、大体竜人は「小僧が何か」みたいな顔をするんだけど、俺が手のひらを上に向けてクイックイッてすると、面白いほどマジギレする。そして血の気の多い竜人たちは、みんなやんやと楽しそうに集まってきて、やおらストリートファイトが始まる。


「開始!」


 知らない間に審判を請け負った竜人が合図をすると、勘助が飛びかかってくる。もう、こういうところがデルブリュックと似てるよな。とりあえず、体術で受け身を取ってから合気道で転がしておくかな。


 と思ったその時。


「ぐべっ!」


 いきなり相手の竜人が、奇声を上げて倒れた。


「もう。お昼に帰って来ないと思ったら、こんなところで油を売ってましたの」


「「はへっ?」」


 俺たちを囲む人混みが海のように割れ、アロイス様を抱っこしたディートリント様が現れた。静まり返るギャラリー。そして倒れた男の首元には、昨日ディートリント様がお土産に選んでいらした可愛らしい扇子。


「まったく。アレクはその押しに弱いの、何とかなさい。そしてクラウス。あなたならこうなる前に何とか出来たでしょうに」


「「面目ない(です)…」」


「そしてあなたたち。図体ばかりデカくて練度不足。そんな軟弱さでわたくしのアレクに声を掛けようだなんて、百年早くてよ」


 ディートリント様から放たれるいてつくはどうに、時が止まるストリート。愛嬌いっぱいのアロイス様だけが「ちちうえ〜」とアレクシス様に抱っこをせまり、ディートリント様の腕からアレクシス様へ移動。そして「さ、行きますわよ」と何事もなかったかのように立ち去る彼女をアレクシス様が、その後を俺が追った。


 さすがはデルブリュックの末姫。アレクシス様と学業でしのぎを削った知性派ではあるが、軽いはずの扇で竜人の延髄を仕留める投擲術。そういえば、以前フェルトを投げてる時に「あら、私も一つもらっておくわね」っておっしゃってた気がする。鑑定したら、投擲術と鉄扇術がレベル4に上がっていた。類似スキルのためポイントが重複して加算されるのは分かるとして、レベル3から4に上げるには1億6千万ポイントが必要だ。いつの間に上げたんだろう。




 連日こんなイベントが起こるたびに、彼女に倒された勘助が「あねさん!」と付きまとうようになり、信奉者が増えていった。そのうちご子息のアロイス様は「坊ちゃん」、そしてアレクシス様は「姫」と呼ばれて暑苦しいファンクラブが爆誕。


 俺?俺はモブですが何か?


 俺は最初にアレクシス様のことを父上と呼んだが、竜人たちは「またまたぁ」と相手にしなかった。確かに猶子だけど。彼らのきらきらしいDNAは一滴たりとも入ってないけど。取り巻きの鬱陶しさにブチ切れるディートリント様、愛想を振りまくアロイス様、そして姫扱いに困惑するアレクシス様を、人垣の向こうからチベスナ顔で見守る俺なのだった。

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