特別な1週間

おっとっと

特別な1週間



1.


ミーンミンミーン。「拓真もう何日家からでてないのよ。いい加減どこか出かけなさいよ。」「はいはい。いつかね。」俺(山田拓真)は母からの説教にゲームをしながら答える。「毎日毎日出かけろ出かけろってうるさいなぁ。こんな暑い中出かけられるかよ。」拓真は心の中で反抗する。この頃ニュースでは、記録的猛暑日と報じられ、実際に今の気温は30度を超えている。そのため、拓真は夏休みに入ってから数回しか外出しておらず毎日朝から晩までゲームに明け暮れていた。「こんな暑い中外にいるのは蝉と虫取り少年だけだよ。」「あなたも昔はその虫取り少年だったじゃないの。」「たしかに昔はそうだったけどもう俺中学生だぜ。虫取りなんかする年じゃないんだよ。」拓真は確かに中学生になる前までは、虫好きの父に連れられよく虫取りに行っていて、学校では虫博士なんてあだ名がつくほど虫に詳しく、虫が好きだった。しかし、年齢を重ねたことに加え、虫取り仲間の父が海外に単身赴任中であることを理由に拓真はこの頃虫取りをしていなかった。


2.


「暑すぎるだろぉ。」拓真は大量の汗を垂らしながら灼熱の外を歩いていた。30分前母に「お使い行ってきて。近くのスーパーまで。じゃないとゲーム使わせないよ。」と半ば脅され今に至るのだ。「外ってこんなに暑かったっけ。久しぶり過ぎて忘れてたわ。早くゲームしたいなぁ。」周りでは拓真の意識を朦朧とさせるくらいの大音量で蝉が鳴いている。「あと少しでスーパーだ。」拓真はフラフラとした足取りでスーパーの目の前の横断歩道を渡ろうとしたが、その時だった。拓真の目の前はいきなり真っ白になり、拓真は自分の体が鉄板のように熱いコンクリートの地面へと引き寄せられているを感じた。


3.


目を覚ますと拓真は地面に横たわっていた。どうやら、熱中症で倒れたようだ。「ずっと家にいたから体が暑さに慣れていなかったんだろうな。スーパーで涼んでからゆっくり帰ろう。」そう思いながら拓真は体を起こそうとした。しかし、周りを見渡すとスーパーなど見当たらず、薄暗い森の中だった。さっきまでコンクリートだったはずの地面も柔らかい土へと変わっている。「あれ?ここはどこだ?俺はどこにいるんだ?」拓真はパニックになりながら周りを見渡していたが、拓真をパニックにさせるのはこのことだけではなかった。「足がない!?羽がついてる!?どうなってるんだ!?」拓真は自分の体を見て驚いた。「夢でも見てるのか?」拓真は自分に起こっていることが信じられず再び周りを見渡す。「あれ。ここ。昔父ちゃんとよく虫取りした場所じゃ…」そう考えたとき、拓真には1つ信じたくないが今の状況をすべて理解できる考えが思い浮かんだ。「俺蝉になってる!?」そう言った拓真の声は夏によく聞く蝉の鳴き声であり、それは拓真の考えが正しいことを示していた。「そうか。俺は蝉になったのか…いや待てよ。仮に俺が蝉になってるとして確か蝉って1週間しか生きられないんじゃねぇか!?まだゲームクリアしてないって言うのに俺死ぬのかよ…ってそんなこと言ってる場合じゃない。はやく元の姿に戻らないと!」そう言って(鳴いて)拓真はとりあえず元のスーパーへと戻ることにした。


4.


「蝉になっても暑いものは暑いんだな。クーラーを使える人間って最高なんだな。」そんなどうでもいいことを考えながら拓真は森から抜けようと飛んでいた。もちろん蝉になるなんてことは初めてであったが、拓真自身びっくりするくらいすんなりと飛ぶことができた。「飛ぶとこんなに早く移動できるんだな。きっとすぐに森を抜けられる。」そんな淡い期待とは裏腹にどれだけ飛んでも森を抜けることはできなかった。あんなに空高くにあった太陽ももう沈みかけている。「もう疲れた。もう飛べない。嘘だろ。どんだけ飛んでも森の中だ。このまま俺は森で死ぬのか?」拓真は悲しくて泣きたい気持ちだったが蝉である今涙がでるわけもなく、「母ちゃんが俺にお使いさせたせいでこんなことに。」「毎日外にでて暑さになれてたら良かったのに。」「母ちゃんに会いたい。」などと怒りと後悔、悲しみがぐるぐると頭の中で渦を巻いていた。そして、そのまま拓真は深い眠りへと落ちていった。


5.


蝉の声で拓真は目が覚めた。その声の大きさにびっくりして隣りを見ると蝉がいた。そして、その蝉は「もしかして君も土から出てきたばかり?一緒にご飯でも食べない?」と話した。拓真は蝉が話しかけてくることにも、蝉の話している内容がわかる自分にも驚いたが、昨日はずっと1人で飛び続け、孤独を感じていたので思わず「うん。行こう。」と気づいたときには言っていた。そうして、その蝉は拓真を樹液がたくさんある大きな木へと連れて行き、美味しそうに樹液を食べ始めた。拓真は人間だった自分が樹液を食べれるのかと不安に思ったがその蝉が美味しそうに樹液を食べるのを見て恐る恐る樹液を食べた。すると、今まで食べたことのない味だがなんだか懐かしく今まで食べたものの中で1番と言っていいほど美味しかった。「やっぱり美味いよな。樹液って。ずっと土の中で過ごしてたから食べれるって幸せ!」そう言いながらその蝉は無心で樹液を食べ続けた。拓真も落ち込んでいた昨日が嘘のように無心で樹液を食べ続けた。拓真のお腹が樹液で満たされたころ、その蝉は「そろそろ行くか?気合い充分だ!」と言って飛びたつ用意をしていた。拓真は「行くってどこへ?」と聞くとその蝉は「お前何しに生まれて来たんだよ。あれだよ。あれ。」と半笑いで言った。どうやら子孫を残すためのパートナーを探すようだ。


6.


ミーンミンミーン。「ねぇ。こんな感じであってる?」その蝉によるとパートナーが見つかりやすいと言う木に2人でやってきた後、拓真は鳴き方をその蝉に聞いていた。「上手いじゃん。僕も負けてられないな。そうだ!どっちが早くパートナーを見つけられるか勝負しよう。もちろん最終的にはどっちにもいいパートナーが見つかるのがいいんだけどね。」ミーンミンミーン。

そうして、2人は1日中鳴き続けた。元の人間の姿に戻ろうとしていた拓真だが、その蝉と過ごす時間が楽しくて楽しくて夢中になって過ごしていた。結局その日中には2人ともパートナーを見つけることができなかったが、次の日もまた次の日も2人で樹液を食べては諦めず鳴き続けた。


7.


その日から3日から4日たったある日いつも通り2人で樹液を食べては鳴き続けたあとの夕方、その蝉はある場所へと連れて行ってくれた。「うわー!きれい!すごいなここ。こんなに綺麗な景色初めて見た!」拓真は鳴き続けて疲れたことも忘れるくらい景色に見惚れていた。「でしょ!鳴いた後のここの夕日は格別なんだ。まだ、君と会う前に生まれて初めて鳴いた後にここを見つけたの。本当は初めてこの景色を一緒に見るのは僕が見つけたパートナーがいいと思ってたんだ。だけど、君と一緒にいるのが幸せ過ぎて君に1番に見せたいと思ってね。僕達もう残り少ないだろ。どちらかにパートナーができたら一緒に見に来れないと思うし。」そう言って夕日に照らされたその蝉の顔はどこか悲しそうに見えた。「俺も君と一緒にいてとっても幸せだよ。ありがとう。この景色を見せてくれて。」

拓真は人間だったとき、友達がいなかったわけではないが、やはり命が短いことを知りながら一緒に過ごす友達は特別で、新しい日常はゲームばかりだった人間のころと比べ物にならないくらい毎日が一瞬で輝いているように感じた。「なんか照れるね。」「そうだな。俺、初めてこんなふうに自分の気持ちを伝えたよ。まあまだ後3日も生きれるんだ。素敵なパートナー見つけるんだろ。」「うん!もちろんだよ!競争はまだ続いてるからね。」さっきの悲しそうな表情がなかったかのように気合いに満ち溢れるその蝉の顔を見て拓真は「パートナーを見つけて嬉しそうにするその蝉の顔も見たいけど、まだパートナーをお互い見つけずに後3日一緒にいたい。」と心のどこかで願いながら月明かりに照らされてその蝉と2人で深い眠りへと落ちていった。


8.


次の日の朝拓真は起きると、その蝉に樹液を食べに誘おうと声をかけようとした。しかし、隣りで寝ていたはずのその蝉の姿がどこにも見えない。「先にご飯食べにいったんだな。食いしん坊め!」そう思いながら飛ぼうとしたとき、下の方からミーンミンミーンと鳴き声が聞こえてきた。間違いなく、その蝉の鳴き声だった。「いつも一緒に鳴いていたから聞き間違えるわけがないあいつの声だ。なんで木の下から聞こえるんだ?」と拓真は不思議に思いながらその蝉の声の方へ飛んでいった。すると、その蝉が虫籠の中にいるのが見えた。「来るな!」拓真が虫籠に近づこうとしたときその蝉が拓真の動きを止めた。「近づいたら君も捕まってしまう。」虫籠の近くでは目を輝かながら少年が蝉を探していた。「逃げることなんてできるかよ!」「お願いだ。死ぬまでにパートナーを見つけて僕のぶんまで幸せになってくれ。」そう言い残してその蝉は虫取り少年に連れられどこかへ行ってしまった。


9.


ミーンミンミーン。死ぬまでの残り3日間拓真は鳴き続けた。その蝉の願いを叶えるために鳴いているのか、大切な親友をなくし、泣く代わりに鳴いているのかわからないが鳴き続けた。そして、そんな悲しみに暮れた鳴き声の蝉を好きになる蝉がいるはずもなく、パートナーを見つけられず拓真は、1匹の蝉は短くて輝かしい1週間の生涯に幕を降ろしたのだった。













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