第7話  火事と狙撃と愛の形



アンジュが起きたのは次の日の昼頃だった。アンジュはベッドから立ち上がるとキッチンに立つ悠斗がいた。

「やっと目覚めたか。今、昼飯作ってるところだから、待っとけ。」


三十分もしないうちに悠斗はキッチンから皿を持ってきていた。みそ汁にご飯、鶏に南蛮漬け。


「いただきます。」


エマはそれを口に運び、咀嚼するも首をかしげる。


「ユート、これ、味が濃すぎないか?」


アンジュも一口みそ汁を飲む。確かにいつもより塩味を強く感じる。


悠斗も一口つける。ワンテンポ遅れてから

「確かに少し辛いな。不味かったら残してくれ。」


食べ終わって悠斗は後片付けをしている。

アンジュはエマに耳打ちをした。


「悠斗、もしかして舌の感覚が鈍っているのではないでしょうか?」

「それにしては早すぎる。五感の消失は末期に近いはずだ。」

「もしかして私たち二人と契約しているからですかね。」

「あまり気負わないほうがいい。」

「そうですか...。」


エマは悠斗に訊ねた。

「そういえばユート。ユートには友達はいないのか?大学に行ったときや街から出ていくときもそうだったが、家族以外の気にかけてくれる人はいないのか?」


もし心への痛みか実際に聞こえるならば盛大にグサッと刺さる音がしたであろう。


「べ、別にいいだろ。友達が少ないから何か不満があるわけでもないしな。。」

「悠斗が疎外感を感じるってそういうことじゃないんですか?友達がいないから誰かに満たしてもらえることもなければ、共有することもできない。」


心が粉砕される音が悠斗の胸の中で響いた。


「もう俺を殺してくれ...」

「アンジュ、それ以上はいけない。」

「俺にとって周りとの疎外感というか、俺がそこにはいないんだよ。まるで他の人間が俺を操っているというか。俺は第三者的に俯瞰しているというか。周りともあまり関係が築けなくてな。疎遠になっているんだよ。」

「そうでしたか。」


エマは笑顔でこちらを見てきた。


「なら、私たちが友達になろう。」


続きをアンジュが紡いだ。


「そうですね。悠斗の精神状態が悪いと私たちの戦闘に影響を及ぼしますからね。」


面といわれるのは初めての事だった。それが少し気恥しい。悠斗は顔をそらした。

「ありがとう。二人とも。」


悠斗は話を切り替えた。


「しんみりした感じは後だ後。問題はこれからどうするかだ。戦闘が長引くのは御免だからな。因みに、あと何人残っているんだ?」

「人数は行われるときの裁定者次第なので確定はしませんが平均10~16人程度ですね。」


アンジュが答える


「つまり、八重坂って男を含めると7人から11人というわけか。」


あまりにも数が多い。

エマは指を折りながら数える。


「銃撃、絞首、臏刑、火刑、鋸挽き、石打、鞭打ち、腰斬、溺没、釜茹、磔、その他か。意外と残っているものだな。」

「名前からしておっかない奴らばかりだな。とりあえず片っ端から倒すしかないな。とは言え、エマの腕もまだ完治してないし、今日は休みだな。」

「すまない。さすがに半日では治らないようだ。」


直後、エマが鼻をピクリと動かす。

「なにか匂うな。」


アンジュも鼻を動かす。

「そうですね。何か焦げるにおいですね。」


悠斗も鼻を動かすものの、そんな臭いはしなかった。


「誰か料理で焦がしたんじゃないのか?」

「いや、もっと焦げ臭い匂いだ。」

「まるでバルサンを焚いているようですね。」


エマが玄関のドアを開けた。その瞬間、外気と共に真っ黒な煙が部屋を満たした。


「火事だ‼」


エマは即座に姿勢を低くする。

アンジュは悠斗の頭を掴み、体を伏せる。床と顔面が急速に近づき、熱いキスを交わした。


「大丈夫ですか。悠斗。」

「フガフガフガ (ああ、問題ない。)」


「アンジュ、悠斗の避難を頼む。」


アンジュは無言で頷き、悠斗を担ぎ、窓に向かって走った。

地面を蹴り上げ、窓ガラスを蹴った。踵から槍の先端を出したアンジュの蹴りは窓ガラスを粉砕。3階からの落下に物怖じもせず着地した。

「もうそろそろ、降ろして欲しいんだけど。」

アンジュはゆっくり悠斗を降ろした。見ると先ほどまでいた建物の一階部分が燃えている。その炎は天井を伝い、2階の床を焼き尽くしている。


「アンジュ、どうして俺を避難させた?」

「器は基本不死身です。しかし、気絶は普通にします。その状況になれば器は無防備状態になります。そんな状態になることをエマは危惧したのでしょう。」

「エマは大丈夫か?」

「はい。多分他の客の避難に入ったのでしょう。」

「そうか。」


アンジュの目つきが一気に悪くなる。まるで正面を睨みつけているようだ。


「それより、少し不審ですね。火の回りが早すぎます。」

「放火か。」



アンジュと悠斗が窓から脱出したことを確認したエマは匍匐前進で同フロアの部屋を確認する。

ドアを破壊して見回った。

ありがたいことに平日の昼過ぎ。人はいない。

「全く人がいない状況、明らかに火の回りが早い。何か裏があるな。」

姿勢を低くした状態でエマは階段を下りて行った。

2階は完全に火の海に飲まれていた。あたり一面が焼け野原。巻き上がる火の粉がエマの肌をチリチリと焼いた。

そこに立つ少女に気が付いた。少し癖のある髪の毛、焼けた空間に緑色の瞳がよく映える。

「やはりな。」




「契約者が単体で乗り込んできたってことか?」

「はい。多分ですが」

「けど、契約者は使える力が少ないって。いや、契約者の能力が戦えるほど強いのか・・・・」


アンジュはビルの屋上が少し光ったことに気付いた。


「なら、器はどこにいるんd……」


アンジュに突き飛ばされた悠斗は尻もちをついた。

その直後、悠斗がいた場所に弾痕がついた。アンジュが叫ぶ。


「隠れて‼」

「どこにだよ!?」


二人は燃えるコンドミニアムの隣の建物に入った。そこは立体駐車場だった。


「遠距離からの狙撃、エマの言っていた銃撃か!?」

「いえ、ホテルの火災とタイミングから見て、燃焼の方ですね。」

「燃焼で狙撃?どういうわけだか」

「分かりませんね。」



ビルに佇む兼太郎は銃側部のコッキングハンドルを90度回転させ、引いた。内部から熱々のから薬莢が放り出される。再びハンドルを元の位置に戻すことで次弾が装填される。銃の上部に取り付けられた光学スコープで敵を探す。

目標は隣の立体駐車場に入っていった。コンクリートを貫けるほどのパワーはこの銃にはない。反撃しようと顔を出した瞬間が勝負の分かれ目だ。

兼太郎は呼吸を整え、来たるべき時に備えた。




「お主の能力は燃焼だな」

エマはその少女の姿を見た。右手には銃のようなものを握っている。


「私はマルグリッド。あなたの言う通り燃焼ヘスティアの能力。おとなしく器を差し出しなさい。」

「それは受け入れられないな。」


エマはナイフを構える。刃に燃え盛る周囲が映る。

エマはナイフを正手に構え、マルグリッドに突撃した。マルグリッドは手に持つ銃でその手を止める。

見た目はエマと変わらないはずなのに、そのパワーには歴然とした差があった。


「お主、開放せずにそのパワーか!?」


マルグリッドの裏拳がエマの頬を掠めた。目にもとまらぬスピードで振り抜かれた拳はエマの髪を散らす。

後方に回避したエマは更なる追撃を見た。

右パンチ、左パンチが連続的に襲ってくる。リズムを乱したパンチは回避するのが難しい。

後方に回避しようにも背後は燃え盛る壁だった。

マルグリッドの右ストレートが腹にめり込んだ。


「うぅぅ……」

右回し蹴りが顔面を強打した。エマの身体が宙を舞い、地面を転がった。

鼻の奥がツンと痛む。鼻をこすると袖が赤色に染まる。


「そんな程度かしら?」


マルグリッドは手首をスナップさせながら言う。相当な手練れなようだ。


「なぁお主。今まで何人くらいと殺った?」

「大体5人くらいかしら。絞首、鋸挽、石打、串刺し、それと磔。まぁ誰も殺しきれなかったけど。」

「そうか。」


エマはナイフをいくつも生み出す。いつものナイフより少し細身なナイフだ。

腕を振り抜き、ナイフを投擲する。


刃を指で挟み、マルグリッドはナイフを止めた。マルグリッドはスリングで肩にかけた銃をエマに向ける。

銃口がエマの方向を向く。銃口に付いた圧電素子が軽い音を鳴らす。銃の先に灯が点る。引き金を引くことで銃に備わったタンクの液体が一直線に飛び出した。

その液体は銃口の火に引火し、火炎放射器として機能する。エマの足元まで飛び散った液体は燃え、炎の柱を形成する。


「息苦しいな。」

「燃焼によって建物内部の酸素が減少する。いずれ、私たちは二酸化炭素中毒で気絶する。」


エマは握るナイフの熱さに耐える。燃える床を蹴り、最速でマルグリッドに近づく。

手に持つ火炎放射器を掴み、銃口を除ける。これで火炎放射は来ない。


「私の火炎攻撃がそれだけではないのよ。」

左手にはライターが握られていた。

エマはその瞬間をスローのように感じた。ライターのやすりでフリントが削れ、ガスに着火する瞬間。燃焼ヘスティアの能力によって強化された熱波はエマの上半身を瞬く間に覆った。




「アンジュ、遠距離武器ってあるか?」

「私の能力の槍の発生の解釈にもよりますけど、投槍ジャベリンも出せるはずです。しかし出力が低すぎて私では射程外です。悠斗が使えば別です。」

「じゃあ、それ頼んだ」

「了解。」


アンジュは駐車場の壁を陰に詠唱を始めた。」


開放aprire‼Quella tecnica che disegna un arco diventa una lancia suprema che trafigge i tuoi desideri.投擲者ランシャトーレ‼」


アンジュの手に漆黒の槍が創られる。1m弱の普段より短い投擲に向いた槍だ。


「これを。」


手渡された槍を肩に担ぎ、構える。




兼太郎は敵の器が槍を構える姿を見た。黒い槍を構えるに男とも女とも思われる姿に驚きを隠すことができない。

(槍だと!?串刺しも磔もあんな器ではなかったぞ?マルグリッドは何をしているんだ?)

手に持つレミントンM700を壁から離し、壁に体を隠した。



目標は1㎞離れたビルの屋上。アンジュは考えていた。どうやって敵の姿を出させるのかを。

こちらの戦力は悠斗と自身の2に対して敵の契約者、恐らく燃焼の能力だろう。そいつはエマが足止めしているはずだ。

遠くから消防車のサイレンが聞こえる。誰かが通報したのだろう。

人が集まってしまえば派手に戦うことはできない。

ここで仕留めるならあまり時間はない。


「アンジュ、俺は相手の姿を見ていない。アンジュだけが頼りだ。」


悠斗は真っすぐな視線をアンジュに送った。


「分かりました。けれど現状これしかないです。」


アンジュは悠斗に耳打ちした。


「それはだめだ。そんなことなら俺が出る。」

「だめです。もし悠斗を撃たれた場合、勝率がかなり下がります。」

「……分かった。」



兼太郎はスコープ越しに少女が立体駐車場から出てくるところを確認した。

黒い槍を持って、こちらに向かってきている。

ここまでの距離はおよそ800m。契約者のパワーならそこまで時間はかからないだろう。

兼太郎は見知った茶髪の少女に銃口を向ける。

移動する先にを計算し、狙いを定める。


「契約者を狙うなら、首、頭、心臓。」


自分の契約者から教わったことを思い出し、引き金を引いた。

撃針ハンマーが内部の薬莢の雷管を叩き、トリプルベース火薬を着火する。瞬間的に発生した燃焼ガスが弾頭を押し出す。

音速で発射された弾頭はこちらを睨みつけるアンジュの左目に直撃した。

あまりの衝撃にアンジュは道路に転がる。頭からじわじわと赤い血だまりができる。


「ア……あそこ……です‼!」


悠斗はテレビで見た槍投げの姿をイメージする。その姿を投影したかのように体がしなやかに動く。


『相手の銃は多分、ボルトアクション式。連射はないはずです。一発撃たせてから投げてください。』


アンジュの作戦通り、相手の追撃はない。

身体をバネのようにして投げられた槍は空を切り裂き、器の方にめがけて進む。


「契約者の方はブラフか‼」


そう気づいた時には相手の攻撃は目の前まで来ていた。

漆黒のそれは兼太郎の右肩に突き刺さった。それは肩に食い込み、筋肉の繊維をかみちぎり、傷跡をズタズタに裂いた。

溢れる血を左手で抑える。兼太郎はその場を去り、ビルを降りた。



「アンジュ‼」

道路に横たわる彼女に向かって走る。彼女の身体はピクリとも動かない。

抱きかかえると、アンジュの左目には大きな穴が開いていた。


「しっかりしろ、アンジュ‼」

身体を揺さぶると、彼女の指が少し動いた気がした。


「起きてくれ!目を覚ましてくれ!アンジュ‼」



「……ふふ。そう思ってくれるのは嬉しいですね。」

アンジュは微かに右目を開いていた。


「傷は深いですが、通常兵器のようですね。少し待てば治ると思います。それより油断しないでください。相手はまだ生きてます。」


悠斗はアンジュの視線の先を見る。ビルの前には肩を抑えた男が立っていた。

右肩は血で染まっている。


「アンジュ、少し待っとけよ。」



「お前が燃焼の器か?」

「お前こそ、その契約者は他の奴だろ。どうなってるんだよ?」

「まぁ、込み入った理由があるのさ。」


悠斗は虚空から日本刀を取り出す。能力が使えるということはエマはまだ生きているのだろう。

男に向かって駆け出した。


兼太郎は左腕を上げ、手を向かってくる男に向けた。手には銃が握られている。

銃の引金トリガーを引く。銃口から火を噴いた。

「熱ッ‼」

目の前に現れた炎を手で払う。

袖が焦げ、エステル特有の甘い香りが鼻腔をくすぐる。


姿勢を下げ、下から刀を振り上げる。男の腕ごと銃を落とした。


「ぐあ゛あ゛あ゛‼」


そのまま男の胸を突き刺した。返り血が吹きかかり視界が真っ赤に染まった。


刺された男はそのまま後方へ倒れた。刺した傷口から心臓の鼓動に合わせて血が噴き出す。


倒れた身体から飛び散る鮮血はさながら噴水のようだ。




兼太郎は空を仰ぐ。胸から段々と体温が下がっていることを感じた。

右腕を空に掲げた。震える指先は緋色の血がポタポタと滴っている。


「俺は結局……彼女を心から抱きしめることができなかったか……。」


彼女に振られ、やけ酒をしていた帰り道、目の前に一人の少女が現れた。

それが高井兼太郎とマルグリッド・ド・アグベニューとの出会いだった。

その少女は傷ついた彼の心を癒すには十分だった。

健気に寄り添ってくれた。悩みを聞いてくれた。一緒にご飯も食べた。身体を重ねたときにもすべてを受け入れてくれた。

しかし自分はそんな彼女に思いを伝えることができなかった。


『ごめん。高井君といても何考えているかわからなくて……』


元カノの言葉が重くのしかかってきたからだった。

自分自身、感情の起伏が小さいことは自覚していた。しかし、どうしても自分の表情というものをうまく動かせない。

表情筋が痙攣したかのように動かなかった。多分自分でも知らずの内にコンプレックスのように感じていたのだろう。

その指摘をされたとき、自分というものが崩れるような気がした。

そんな自分を彼女はマルグリッドは愛してくれた。優しく、温かく、包み込むように。

彼女にとってそれはなんて事のない行動の一端にすぎないかもしれない。しかしそれは間違いなく自分を救ってくれた。

たった一言。


『君のことが好きだ。』


その言葉を口に出すことができたならば、彼女はどんな顔をしてくれたのだろうか。

これも自己満足なのかもしれない。それでも、そうであっても、後悔するくらいなら伝えたかった。


目尻からこめかみにかけて一筋の水が流れた。

「ごめん。マルグリッド。君のことを俺は……」


掲げた腕が力なくうなだれた。




マルグリットはエマの喉を掴んでいた。人差し指に感じる硬いものを握りつぶそうとした瞬間、体の芯が抜けるような感覚を覚えた。指先の感覚が失われる。


エマは途切れる意識の中、一瞬のスキに賭けた。思い切りの力で首を掴む指を逆方向へ折り曲げた。

バキッという音が部屋に響き、首への圧迫感が消えた。釣られていた体が床に叩きつけられた。

燃える床の熱がエマの意識を覚醒させる。全身火だるまにされたせいで服は焼き焦げ、皮膚に張り付いている。

腕を動かすたびに擦れて痛い。髪の毛の先もチリチリに燻っている。


マルグリッドは折られた指を庇いながらこちらを睨んでいる。


「さすがに、死ぬかと思ったぞ。その様子なら私の相棒がやってくれたようだな。」


その言葉でマルグリッドは彼女がこれほどまで粘る意味を理解した。


「貴様、まさか……!?」

「あぁ。私は囮だ。」


マルグリッドは自分たちが罠にはめていると思っていたが実際は罠に嵌まっていることに気付いた。


「貴様ァァァ‼」


マルグリッドの右パンチを躱し、肘を鳩尾にめり込ませる。


「ゴォッ。」

横隔膜が一時的に麻痺し、呼吸が止まる。袖と襟をつかみ、足を絡ませる。


「ウオォォォォオ‼!!!」

大内刈りでマルグリットを押し倒す。彼女に馬乗りし、ナイフを胸に突き立てる。横に向けたナイフは肋骨の間を滑り込み、心臓を貫いた。


エマは彼女の顔を覗いた。崩れ落ちる天井を見つめる眼は達観したかのように大人しい目をしていた。

マルグリットの口から血が流れる。


「貴方の気持ち、私は確かに受け取っていましたよ。」


そう言い残した彼女の体は光の粒子として消えていった。

エマは彼女の姿が完全に消えたことを確認し、その場を去った。


悠斗は燃え盛るコンドミニアムの窓から飛び出した少女を受け止めた。

抱きついてきた少女の上半身は服が溶け、焼けただれた皮膚に張り付き、痛々しい。


「大丈夫か?」

「あぁ、すぐ再生する。それよりも器の方は?」

「アンジュと俺で殺した。」


エマは少し表情が曇った。


「そいつは最後になにか言っていたか?」

「契約者のことを呟いていただけだ。」

「そうか……。今はとにかく避難だ。この状況を他人に見られるのはまずいからな。」

「そうだな。」


エマは悠斗から離れ、自分の足で立った。皮膚がじわじわと元の肌の色に戻りつつある。

後ろからアンジュが歩いてきた。


「消防車がそこまで来ていました。早く逃げましょう。」


その目はすでに修復され、青い瞳が二つ輝いていた。




「ここまでこればいいだろ。」

そこは都市の南方のビジネスホテルだった。


時刻は午後8時。歩いてきたせいでかなり時間が押している。


「予約していた古儀というものですが……」

「えぇ、いらっしゃいませ。お部屋は203号室です。」

渡されたルームキーを握り、3人は部屋へ向かった。


悠斗は現状を確認した。

コンドミニアムを離れ、町で替えの服を、コンビニで食料を購入。そして歩いてここまで来たというわけだ。


「多分ですが、逃げている途中、二人ほどから感知されたっぽいですね。今は相手は範囲外にいますが………」

「仕方ない。今、襲われていないだけでも十分だ。」

「つまり、ここもずっと安全ではないというわけだな。」


エマは新しい服に少し不満なのか、頬を膨らましている。


「エマ、今はそれで我慢しろ。」

「それでもこのセンスは受け入れられないな。」


黒字に謎の英語が並び、謎のマークがあしらわれている。いかにも厨二くさい服だ。


「安かったんだよ。それよりも傷は?」


エマは左腕をぐるぐる回し手を握ったり、伸ばしたりする。

「ああ。問題ない。身体はばっちりだ。」


アンジュはコンビニの袋からおにぎりを取り出し、口に頬張った。

エマは菓子パンに食らいつく。


「しかしこうなると相手が一気に来る可能性が上がりましたね。」

「相手どもが戦いあっている間を漁夫の利できればおいしいんだが、そう上手くはいかないだろうしな。」

「今回のように、分かれて戦うことを強いられるかもしれない……か。」


考えうる最悪のシチュエーションは相手同士が手を組み、一方的にこちらを狙うことだ。

そうなった場合、間違いなく負ける。


エマはパンが口に入った状態で話す。


「相手にもよるがその二人が銃撃と石打、磔なら私の能力の相性的に不利だ。」

「私もあくまで槍なので遠距離は苦手です。」


近距離特化した能力では相手取るには限界がある。そこはもう運勝負だ。


「今は休もう。俺が徹夜で監視しておく。二人は今のうちに寝とけ。」

「お言葉に甘えさせていただきます。おやすみなさい。」

「ユート。少しでも何かあれば私たちを頼れ。私たちは友達だからな。おやすみ。」


二人はそう言ってベッドへ潜っていった。

悠斗は窓から外を覗く。もう消防車のサイレンは聞こえないが、パトカーのサイレンがけたたましく聞こえてくる。


建物の明かりが星のように暗い街の中で光り輝いている。ここに自分たちの敵が潜んでいる。そんな意識が悠斗の背中に冷たい汗を吹かせた。

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