第6話  写真と獣と白黒テレビ

部屋に入るとエマとアンジュは用意ができたのかバッグを担いでいる。


悠斗は自分の服と通帳、印鑑、その他諸々をバッグに詰め込む。

置手紙を書いて、机の上に置く。


「行くか。」


玄関の扉を施錠し、3人は駅へ向かった。


駅について3人はコンドミニアムへ向かった。

「3名でご予約の古儀様ですね。」

チェックインを済まし、悠斗、エマ、アンジュは部屋にバッグを置いた。


「ユート、なぜシングルルームなのだ?」

「金がなかったからだよ。」


悠斗はアンジュへ向き直る。


「どうだ、感じるか?」

「はい。少なくと5つは感じます。」

「ここは都市の中でも東端だからな。それでもかなりいるな。」


エマはベッドのスプリングで遊んでいる。


「とにかく、今は奴らを各個撃破するための方法を考えよう。」

「私たちの感知能力はあくまで器に限定されています。」

「なら、エマとアンジュが攻撃の中心になるか?」


エマが首を横に振る。


「それは難しい。私たちはあくまで与えられたエネルギーを契約者へ流す”蛇口”でしかない。使用できるエネルギーもさほど多くない。本格的な器との戦闘は不利だ。」

「やはり俺が出るしかないのか。」

「最初の時のように気配を感じ取らせて、戦える場所におびき寄せて戦うのが一番じゃないか?」

「そうだな。最悪、乱戦になっても数が多い分少しは楽になるな。」

「今のうちに、地形や街の情報を集めていた方がいいですね。」


悠斗たち3人はアンジュの感知能力の有利を生かして、反応から200m以内に入らないように道の確認を行っていた。

二つ隣のこの町。古くからある町で細い道や裏道が多い。同時に遺産的な建物が多く、観光地としても人気であり、外国人観光客も多い。


「アンジュ、見ろ‼これが神社だ‼」

「初めて見ますね。」


二人は完全に観光モードに入っていた。平日の真昼間だ。人も少なく、いたとしてもほとんど外国人だ。


流れに乗せられて、悠斗はいつの間にか神社の鳥居の前でピースさせられた。


「ハイ、チーズ。」

おばちゃんの声でエマとアンジュもピースを作り、笑っている。

いつの間にか携帯には大量の写真が溜まっていた。


「心配するなユート。相手の接近はない。アンジュもそう言っている。」

「決戦は夜です。ですから今のうちに楽しんでおきましょう。」


悠斗はその言葉に納得しながらも、なにか少し心に残るものがあった。



日が沈み、人の流れも少なくなった。ビルの明かりが街を照らす。

エマは伸びをしながらコンドミニアムを出た。


「もし、相手同士が手を組んでいて、数の暴力で削られた場合はどうするんですか?」

「その時は撤退優先だな。とにかくこちら側の有利はエマとアンジュのペアとアンジュの感知能力がこちらの手札だ。それらが生かされない状況の場合、こちらの勝算がかなり低くなる。だから逃げに徹底する。」

「了解です。」

悠斗は続ける。

「手札が割れれば相手は必ずこちらの対策をする。だから極力は能力がバレる人数は少ない方がいい。できればそいつらを殺せればいい。他の敵と離れている奴から討つ。」

「相手は直線距離で1㎞先の北西側ですね。移動してますがかなり早いです。多分車かバイクですね。」

「向かう場所はわかるか?」

「多分ですが、その先に竹林公園があります。そこなら人目もつきませんし、ある程度広いです。」

「十中八九そこだな。」


アンジュはタクシーを止めようとしている二人の背を見ていて、一つの疑問が浮かんだ。

(どうして私たちが動こうとしたときに同時に敵も動き出したんでしょうか?)


しかしそれは口から出ることはなかった。




タクシーから降りた先の公園は鬱蒼としていた。街灯も少なく薄暗い公園は来るものを拒むかのようだった。


「この中に入るのか?ユート、先に行くのだ。」


悠斗の目から映る世界は暗視ゴーグルをつけているかのように鮮明に見えていた。


(これも器になった弊害か……暗闇というのに全く目が冴えている。)


少し歩けば少し広がっている場所に出た。

昼間にここまで足を伸ばしていない。逃げられたら追える自信はない。

歩く獣道の正面には男が立っていた。


エマとアンジュは暗闇の中、目を細めるのに対して悠斗ははっきりとその男の姿を視認していた。

相手と目が合う。高身長という言葉よりもガチムチ体型という言葉が似合う姿をしたその男。190近い身長、ソフトモヒカンに顎髭、明らかにカタギではない。

悠斗は日本刀を虚空から取り出す。

男が正面から走ってくる。気付いた時には目の前に拳が有った。

華に強烈な痛み、体のバランスが崩れ、後ろに吹き飛んだ。

男はエマに対して頭を狙ったミドルキック。エマは後ろにステップし躱す。

アンジュはその隙に槍を投擲するも、男は易々と躱した。間を置かずに悠斗とエマの同時攻撃。

男の左側から、エマの投げナイフ、右側から悠斗の斬撃。正面からはアンジュが槍で突撃している。

男は投げナイフを掴み、前に突っ込んだ。アンジュを前蹴りでKO。ナイフで悠斗の斬撃を受け止めた。


「エマ、解除‼」


男の持つナイフが粒子となって消える。しかしその時点で男は日本刀を掴んでいた。

日本刀を動かせない悠斗は驚愕した。


(馬鹿力過ぎる...‼)


男の右フックが悠斗に炸裂した。さらなる一撃に悠斗は耐えられず、尻もちをついた。


アンジュは腹を抑えながら起き上がる。

開放aprire‼Quella lancia trafigge ogni cosa e diventa il percorso verso i tuoi desideri.刺突者スピディーニ‼‼」」


アンジュの持つ槍が漆黒に染まり、夜に溶け込んだ。

アンジュが男に向かって走ったと思いきや、その姿は男の懐に入っていた。

男の脇腹を槍で殴りつけ、曲がった男の背に石突の一撃を食らわせる。返し刀で翻る刃先が男の肩に突き刺さる。


「がぁぁッ‼」


男はうめき声をあげながら、竹林の方へ走っていった。


「追いかけるぞ‼」


エマとアンジュは竹林に向かって走っていった。悠斗は立ち上がり二人の背を追った。



「なあ、アンジュ。」

「はい。相手の気配がないですね。」

「器の方は能力がわかない上に身体能力がずば抜けているな。私達だけで勝てるか?」

「しかも、契約者も多分この竹林の中にいますね。」

二人は耳を澄ませる。風に吹かれて葉がこすれる音がする。

ピクッとエマの耳が揺れる。


「上だ‼」

エマとアンジュは散開しながらその場を離れた。空から降りてきた少女の一撃が地面を揺らし、地面が浮き上がり土を巻き上げた。

粉塵が収まり、その少女は姿を現した。


少し跳ねたくせ毛の茶髪、白い肌の顔にはそばかすがある。一見普通の少女に見えるが異様なのは腕。

その手の肘から先は異様に爪が伸びた虎の手をしていた。

その少女の目はネコ科のように黄色く光り輝いていた。


「相手の能力が割れましたね。」

「あぁ。奴らの能力は獣刑というわけか。」

二人はそれぞれの武器を構えなおした。



いつのまにか二人とはぐれていた悠斗はあたりを見渡す。

視界の中にあるのは竹、竹、竹。


(奴はどこにいるんだ?)

悠斗は刀を構えて、敵がどこから来ても対応できるように全方位に意識を向ける。

風がざわめき、竹の葉の音。その中に微かながら地面を踏みしめる音を感じ取った。


「右‼」

悠斗は体を右に向けた。

高い金属音が響いた。

目の前の男の指と手の関節から爪のような刀身がが生えていた。さながらウ〇ヴァリンのようだった。

男の腕の力はかなり強く、じわじわと押し返される。


「馬鹿力がよ‼」

悠斗は前蹴りで男と距離を取った。

刀を握る手がびりびりと痛い。


男の左手の指の付け根から刃が伸びる。両手から伸びた刀身はさらに〇ルヴァリンのようになってしまっている。


「はぁ、俺は 〇ェポンXIじゃねよ。」

エマとアンジュは多分、こいつらの契約者と戦っているのだろう。

悠斗は正面の男を睨んだ。




その少女の爪が鈍く光った。

少女がエマに接近する。少女が腕を振り下ろす。エマは少女の懐に入り、腕を掴む。

「アンジュ‼」

アンジュは槍を振り抜くも、少女は体を下げて回避。膝蹴りをエマに食らわせた。


「ヴッ。」

少女はエマを振り払い、アンジュを標的とした。アンジュは後ろに下がりながら槍で迎撃する。少女の振り下ろす右腕を躱し、続く左腕を槍で受け止める。


「きゃはは!!」

少女は笑みをこぼしながら襲い掛かる。アンジュの足が落ち葉に引っかかった。少女の爪が襲いいかかる瞬間、二人の間にナイフが飛んだ。


「私の事を忘れるなよ。お主、名前は?」

「あたしの名前はヘレナ。ヘレナ・クララ・オルランディ。獣刑ヴェローナだよ。」


「私の名前は……」

「エマとアンジュでしょ。知っているよ。あなたたちが戦っていた所見ていたもの。」

エマとアンジュは顔には出さないが、少し驚いた。


(私たちの能力については、筒抜けですか。)

エマとアンジュはヘレナを目視しながら、目を合わせず会話する。


「奴の能力、常に開放状態だな。」

「そうですね。そうなれば持久力勝負に持ち込む方がいいですね。」

「了解。」


二人は別れ、ヘレナを挟むように立った。

ヘレナはエマを狙った。エマはもう一本、ナイフを生み出し両手逆手に構える。

ヘレナの爪を受け止めたエマは後ろに飛びのく。それを追いかけるように前に出るヘレナ。

ヘレナは腕をブンブン回し、近づいてくる、エマの腕が長袖のtシャツごと切り裂かれる。


「お気に入りの服だったのに……貴様‼」

エマは急ブレーキをかける。エマは手を翻し、右手のナイフを正手持ちにする。

ヘレナの腕を左のナイフで受け止め、右手のナイフをヘレナの左手に突き刺した。あまりに早い刺突にヘレナは対応しきれなかった。怯んだヘレナにナイフを捨てたエマは右腕を掴む。左足を膝に当て、エマを力いっぱいに払った。柔道の膝車に近い攻撃だった。しかしそれはあまりにも荒っぽく、エマごと飛ばされた。

二人は地面に衝突した。地面に激突した衝撃で二人は離れる。


エマは痛む肩を抑えながら立ち上がる。

ヘレナも立ち上がるものの、腕は人間と同じ手に戻っていた。


アンジュが後ろから追ってきた。

「想定より早く限界が来ましたね。肩は大丈夫ですか?」

「少し打撲しただけ。少しすれば治る。」


アンジュはヘレナに槍を突き付けた。

「申し訳ないけど、貴女を殺します。」

地面に落ちた時のダメージが抜けていないのか、ヘレナは俯いたままである。


アンジュが手に持つ槍で突こうとした瞬間、エマの勘が危険信号を発していた。


「アンジュ、油断するな‼」

「えっ?」


アンジュが振り返った。そこから先はエマはスローモーションのように見えた。


開放aperta‼‼。Ferox dominandi cupiditas omnia devorat, et ipso libidinis exitu se utitur.捕食者グール‼‼」

ヘレナの足が逆関節に曲がる。正確に言えば、脚の甲が伸びているのだろう。振り返ったアンジュの隙を見逃さなかった。

目にもとまらぬスピードで繰り出された足はアンジュの左腕に炸裂。そのまま彼女の身体をエマの視界の外へ吹き飛ばした。


「アンジュ‼」

ヘレナに向き合うと、彼女の指の付け根から爪のようなものが出ていた。

エマはナイフを生み出しつぶやく。


「全く。スペインの忍者には興味がないのだがな。」


ヘレナは地面を蹴り、エマに接近した。爪の一撃をナイフで止める。

左腕でフックを繰り出すも、ヘレナは即座に回避。エマは一転、攻撃に移る。

両手にナイフを持ち、ヘレナの脇腹や肩に傷を作っていく。

ナイフを振りぬこうとした瞬間、ヘレナに腕を掴まれた。


「えへへ、掴まえたァ‼」

ヘレナの爪が肩に突き刺さった。血が爪を伝い、手を赤くする。

「あハハハハハ。」

エマはナイフを左腕に突き刺す。エマの左腕がボトッと落ちた。


「あれ?腕を切っちゃってもいいの?」

腕の断面から血がぼたぼたと落ちる。心拍に合わせて血が出てくる。

「仕方ないだろう。お主の握力から逃れるには、これしかないのだから。」


ヘレナに向き合う。

(敵は開放状態。私は腕なし。かなり分が悪いな。アンジュは少なくとも生きているが、今の状態では参加は不可能か。)


ヘレナは笑いながらその手を振り回す。エマは片腕のナイフで耐えるも、じわじわと消耗していく。

視界が狭まっていくのを感じた。


「貴女、目の焦点が合ってないわね。そろそろ限界じゃないかしら?」

ヘレナが腕をこちらに向けて言い放つと、爪が急速に伸びてきた。突然の攻撃にエマは躱すことができなかった。

爪が足に突き刺さる。血を吹き出し、思わず膝をついた。


「とどめだねぇ。」


エマは歯を食いしばり、立ち上がる。

「まだまだぁ‼」

ヘレナの足元が少し隆起したと思いきや、巨大な刀が地面からせりあがった。ヘレナはすかさず後ろに飛び、元の位置に戻った。

「全く、危険なもn……えっ。」

ヘレナの胸に鋭く伸びる刃が突き刺さっていた。背中から突き刺すその刃は、切り落としたエマの腕の断面から伸びていた。


ヘレナは自分の手足から力が抜けていくのを感じていた。

その場にヘタレ込んだ。手の爪は消え、脚も戻ってしまった。胸の刃が落ちている腕に戻っていく。


「うまくいったみたいだな。」

エマは冷たい目で彼女を見下ろした。


「どうして?地面からは音はしなかった。どうやって刃を出したの?」

「どうやら私たちの力はある程度の距離と時間内なら分離した体でも能力が使えるようだ。私としても初めての試みだ。内心冷や冷やしたよ。」


エマは落ちている左腕を断面に当てる。最小化した剣で皮膚同士をくっつける。

「そんなこともできるの……ね……」


ヘレナはそれ以上の言葉を紡ぐことはなかった。

ヘレナの体が白い光に包まれ、粒子となって消えていった。

エマは吹き飛んだアンジュを探しに行った。




男の動きは鋭い。

こちらに隙が生まれやすいような位置を狙ってくる。

身体が自動で防御に移っているがそれでも切り傷が増えていく。


(どうにか攻めに転じたいな。)

男が腕を振り上げる瞬間を目視した。

「ここだ‼」

振り降ろされた腕を掴み、一本背負い。相手の腰を自分の腰の真上に、腰を乗せるように投げ飛ばす。

見よう見真似の下手糞な一本背負いだが、強化された馬鹿力で無理やり飛ばした。


悠斗は攻撃に移る。刀での連撃を続けざまに繰り出す。中段からの突き、軽い袈裟切り、返し刀の逆袈裟切り。前に進みながら繰り出すそれは男を怯ませるには十分だった。

横一文字に薙いだ刀が爪に受け止められる。その瞬間、男の足元から日本刀の刀身が男を狙って突き出す。男はその攻撃が来ることをわかっていたように、バックステップで回避。


「何!?」

決まったと思った一撃は一瞬にして躱されてしまった。


(あの男の身体能力を舐めすぎたか。というかあいつ、なぜ俺の攻撃を躱せた?)


互いに向き合い、膠着する。

男がこちらをを向きながら問いかける


「お前、この世界に満足しているか?この世界が楽しいか?」


男、瀬野弘文にとってこの世界は白黒の世界だった。すべてがテレビの中のコマ送りのような人生。惰性だけで生きてきた弘文にとって、それはつまらないだけだった。そこから逃げ出すようにいろんなことをやってきた。様々な仕事、様々な経験を積んできた。特に自衛隊に入隊していた時は世界がカラーになったかと思った。なにかを守るという意識は更々なかったが戦う、命のやり取りをすることが人生に色彩を与えた。しかしそんな世界も長くは続かなかった。力加減を間違え、上官を半殺しにしてしまった。その瞬間、再び彼の人生は白黒になった。当時の記憶はあやふやだ。自衛隊を除隊し、酒におぼれた。生憎、酒には強すぎるせいか、酔うこともできない、人生は色を失った。かなりやばい連中にも関わった。

連中の一人がしきりにクスリを薦めてきた。しかしそんな程度では彼の人生は染まらない。断ると男はキレ出した。こいつらの組織とは契約を結んで、喧嘩はしない決まりだった。そんなことはもうどうでもいい。男を殴りつけそのまま殺した。

殴っている瞬間、一発一発殴りつけ、そいつの顔が歪む度に、弘文の視界が鮮やかになる。最初は殴ったときに噴き出した赤色だった。次は男の青いスーツ、そして気付いた時には視界は鮮やかに染まっていた。生きているという充実感が彼の心を満たした。

組織をその次いでに潰した時には射精するような快感に襲われた。世界が一変した。そう感じるのに時間はかからなかった。

そして弘文はあくどい商売をする組織を片っ端から壊した。強盗団、ヤクザ、チンピラまで。壊すたびに快楽が身体を巡る。決してそれは正義感や善性ではなかった。いつのまにか付近ではそういうやつらが減った。

無気力になった彼は燃え尽きていた。しかし目の前に少女が現れた。茶髪にそばかす、白い肌。その少女は口を開いた。

「どう?あなたの世界を輝かせたくはない?」

その言葉は間違いなかった。いろいろな奴と出会って殺しあった。

その瞬間瞬間に生きる輝きを見いだせた。今回もそうだ。目の前の青年。かわいらしさが残る中性的な面影に暗い瞳。まるで過去の自分を見ているようだ。



男はいきなりしゃべりかけてきたが悠斗は無視することにした。

秘策としていた突き出る刃も防がれてしまった今、出来ることは少ない。悠斗は刀を握りなおした。

目の前の男は笑みを浮かべている。まるでこの戦いを楽しむかのように。

男が全速力でこちらに向かってきた。男の鉤爪が一閃、二閃。連続する斬撃を紙一重に躱す。しかしその連撃は太もも、腕を切り裂く。更に一撃が襲い掛かってきた。右こぶしが突き出される。後ろに躱そうとした瞬間、男の爪が伸び、方に突き刺さった。その爪は深く突き刺さる。

ゴキッ。

身体の中で鈍い音がした。骨を貫通した音だろう。痛みへの耐性が上がっているとはいえ痛いものは痛い。刺された場所が熱く感じる。

悠斗は刺さる爪を握る。鋭い爪が掌に食い込み、血が流れる。


弘文は違和感を感じた。間違いなく貫通した爪に違和感を感じる。その瞬間、腕に激痛が走る。


「ぐぅおおおお‼‼‼‼」


腕をバラバラに引き裂かれるような痛みは腕を昇ってくる。まるで何かが皮膚の下を這いずるように。

そしてその痛みが胸まで来たとき、急速に自分の力が抜けるていくことを感じた。


悠斗は男が膝から崩れるのを見た。刺さっていた爪が消滅した。

男にとどめを指すために近づく。


男はわずかながら意識を保っていた。最後の力で口を動かす。


「お前、名前は?」

「古儀悠斗。お前の質問に答えれば、俺はこの世界に意味はないと考えている。俺が生きても、死んでも世界は動き続ける。世界にとって俺は価値のない存在だ。」


脳裏に母と店長の顔が浮かぶ。自分が死んでしまえば悲しむだろうか、そんな思いはすぐ霧散した。


男は笑っている。

「これは飛んだニヒリストだな。俺の名前は瀬野弘文。覚えといてくれ。」


その笑みは満足したものだった。

男の身体が消えていく。光の粒子となって消えていく姿に悠斗は実感する。


「あんたは自分の生きる場所を見つけられたんだろう。それだけでも人生には価値があるんだろうな。」

自嘲とも尊敬とも聞こえるその声は竹林に木霊した。



悠斗はアンジュを背負っている。気絶しているだけで、背の中で寝息を立てている。エマは左腕を気にしている。その顔は少し曇っている。


「服なんてたくさんあるんだから気にすんな。それ以上に腕の傷は大丈夫か。」

「ああ。段々と治ってはいるが。お気に入りの長袖だったのに…。ユートの思い出の一つだったのにな。」

「だから、俺に女装趣味はねぇよ。」


エマの左の二の腕には腕を一周するように抜糸前の手術跡のような傷ができている。


「体の内部から剣を出すのは初めてだったのでな、下手をこいてしまった。」

「奇遇だな。俺もそれを試したところだ。相手の体の中にも刃を刺すこともできるとはな。」

二人は闇夜の街を歩き、竹林を後にした。

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