第4話  大学とアルビノと電磁砲

家に連れ帰ったアンジュとエマを部屋で寝かせ、悠斗はソファで自分の右腕を見た。

気にしていなかったが腕の傷はかなり癒えている。

ボロボロの服を着替える。

ソファに横たわり、目を閉じる。身体は疲労を感じているのに一切眠気が来ない。

気持ちが高ぶっているわけではない。

人を殺した。その感触は手の中に残っている。




結局眠れず、悠斗はそのまま立ち上がった。不思議と体の痛みや疲れは残っていなかった。

時計を見ると時間は朝7時。

陽子はどうやら泊まり込みのようだった。


「朝飯、作るか。」

パンにピザソースをかけ、しめじとベーコンを乗せて、マヨネーズをかける。そのままオーブンで加熱すれば完成だ。


3分もすればいい香りが漂ってくる。目をこすりながら眠そうな顔のエマとアンジュが降りてきた。


「おはよう、ユート。」

「おはよう。悠斗」



二人は目の前に置かれた出来立てのピザトーストに目を輝かせ、それに噛り付いた。


「うむ。やはりユートの作るご飯は美味しいな。」


アンジュは食べることに集中しているのか、なにも発さない。

悠斗はそんな二人を眺めていた。

(こんな日常はいつまで続くのだろうか?)


悠斗は立ち上がる。

「そろそろ、時間か。」


「大学か?早すぎないか?」

「バイク、山に置きっぱなしだから、電車で行くんだよ。」


バッグを担ぎ、玄関へ向かう。

「エマ、アンジュにここの事教えてやってくれ。」

エマは敬礼をしながら

「了解したぞ。」


その姿を横目に悠斗は玄関を出た。



大学の講義も終わりアルバイトに行こうとしたその時、携帯電話が鳴った。

「どうした、エマ?」


『今、お主の学校にいる。契約者だ。器と共にそこにいるぞ。』

「今どこにいる。」

「校門の前だ。」

「分かった。今からそっちへ行く。待っとけ。」


校門の前に付くと二人が立っていた。

「遅かったな。距離300、南西の方向だ。」


南西、300m。完全に大学の校内じゃないか。

時間は18時45分。

日もかなり傾いている。


「とりあえず、人がいなくなるまで待機だ。」

「その前に、なんでお前らがここにいるんだよ‼」


エマは自信にあふれた顔で言う。

「アンジュにユートのことを教えてあげていたのだ。」

悠斗は唖然としてしまった。



時刻は9時半。

完全に日が暮れ、街灯が闇夜を照らす。

「相手の方も動きがないな。」

エマが呟いた。

「じゃあ、こちらから仕掛けるか。」



3人は大学校内に侵入した。

校門から南西に300m、電気工学棟。

廊下を歩む三人の姿。

悠斗は正面、右方をエマ、左方をアンジュが警戒する。

どんな罠が設置されているか分からない。


「あと距離50」

廊下の突き当り、横から一人の男が現れた。

目測、身長180後半ほど眼鏡をかけた男が右手をこちらに向けていた。肌が異様に白い。髪の色も変に薄い。



「避けろ‼‼‼」

アンジュが右側の壁を槍で破壊し、部屋に飛び込む。

先ほどまでいた場所に一直線の光が走った。廊下の窓ガラスが破壊された。


「なんだこれは!?」

エマが叫ぶ。


「遠距離タイプの能力?銃撃、磔刑かな?」

「とにかく、奴に近づけなさそうだな。」


「相手は動かない。あくまで迎撃するタイプという訳かしら?」


壁際から向こうを覗く。男はこちらに指先を向けた。

慌てて頭をひっこめた。顔が出ていた場所に的確な狙撃。顔を出しっぱなしだったら死んでいただろう。



「近づけない以上、私の断頭台ヨルガは決定打にはなりにくいな。」

「となると、アンジュの串刺し《グングニル》が頼りか。」

日本刀が消え、代わりに1メートルほどの槍が発生した。黒い柄に幅が広い十字の刃先。


悠斗とアンジュは廊下に一気に飛び出し、槍を投げつける。投擲された槍のうち、悠斗のものを男は撃ち落とす。

アンジュのものは身を翻し躱した。男は廊下の曲がった通路の先へ走っていった。

悠斗は追いかける。その後ろをアンジュ、エマと続く。


「器はの移動速度が少し早い?」

エマが呟いた。

「足が長いから、歩くスピードも少し早いんじゃないんですかね。」

アンジュが答える。

そして二人は前を走る悠斗に目をやった。


「うるせぇ、さっさと走るぞ!」

悠斗は少し歩幅を大きくした。



追いかけた先は屋上だった。


あの男はそこに立っていた。そばには白に近い金髪の少女。



警戒しながら訪ねる。

「あんたも、器なのか?」


「あぁ。そうだ。」

眼鏡の奥の鋭い瞳がこちらを刺すように覗いている。凍てつくような視線に身がすくむ。


「お前もここの大学の生徒なのか?」

「答える義理はない。」


男は手で銃の形を作り、こちらに向ける。


「ここで死んでもらおうか。」

「断る‼」


悠斗はジグザグに動き、相手の的にならないように近づく。


距離が残り5mほどになった。



男の声が響く。


「アネット、帯電者アンガクライト


隣の少女が地面に手を付く。


悠斗の足の動きがぎこちない。

「足が、動かない!?」


「わざわざ近づいてくるとはな。」

指先が悠斗の目の前に突き出された。


その瞬間、エマとアンジュの蹴りが悠斗の身体を吹き飛ばした。

指先から放たれた光は悠斗の左肩を突き刺した。



悠斗、エマ、アンジュが転がる。


「なるほどな。お主の能力がわかったぞ。お主、電気椅子だな?」

アネットと呼ばれた少女は少し驚きながらも答えた。


「そうよ。電気椅子アストラぺ

「多くを語るな、アネット。」

男が制する。



男は尋ねる。

「お前の名前は?」

「古儀悠斗。環境学部1年だ。」


「そうか、俺は八重坂真一。電気工学部の3年だ。教授には伝えてやる。お前は死んだとな。」


真一の指先から、再び一閃。

悠斗たちは飛びのく。


「どうして相手の能力がわかったんだ?」

「あの男の指を見ろ。人差し指と中指の二本指で銃の形を作っているだろう。あの指をレールとすることで飛翔体を飛ばしているのだ。しかしあのレールの長さなら射程も初速もそこまでのはずだ。」


「そんな知識どこで手に入れたんだよ?」

「小説の高校生がやっていたぞ。」


しかし、そうと分かっていても対策しようがない。

男が発射するレールガンの弾丸を躱すのが精一杯だった。


「せめて近づくことができたらな……」

槍の投擲があるというものの、決定打を与えるとなれば近距離戦に持ち込むしかない。


物陰に隠れた三人。

「案と化して近づきたいな。」

「奴の契約者が補助に入っていて、本人がどのくらい戦えるのかもわからないな。」

「相手も分断させないような立ち回りをしてますね。」


三人はそれ以上言葉が出なかった。

アンジュが手を上げる。


「悠斗さん、勝率は低いですが対抗策を思いつきました。まず最初に…………

アンジュはエマと悠斗にその作戦を共有した。


「やってみるか。」

「良案だな。」



物陰に向かって指先を向ける。指の間に挟んだ金属片に瞬間的な電気が流れ、ローレンツ力によって、金属片が飛翔、遮蔽物に弾痕を付ける。


「よし、行くぞ。」


三人は同時に物陰から現れた。悠斗は的を絞られないように、高速で機動し、的を絞らせない。


「アネット、もう一度だ。」


地面に手を付こうとしたとき、アネットの足元にナイフが突き刺さった。


「お主の相手は私がやってやろう。」


上に飛んだエマがナイフを振り下ろす。

アネットは金属製のトンファーを取り出し、エマのナイフを受け止めた。


「チッ」


捕縛できないことを理解した真一は目視で悠斗を狙う。

悠斗は急停止と高速移動を繰り返す。真一はその軌道を先読みし、来るであろう場所に指先を向けた。

真一の予想通り、悠斗はその場所に来た。


「今だ‼」


その声を合図に一階下に降りていたアンジュは天井を破壊した。

真一が指先に電流を送る直前、足元がぐらついた。足元が崩れた。目線が地面に移ってしまった。

悠斗は真一に近づく。真一の右手首を掴み、一つ下の階へともに落ちていった。


二人は一階下の3階の地面に叩きつけられた。


「作戦成功。ナイスアシストだ。アンジュ。」


槍を構える。真一は右手を上げ、こちらに向ける。左手は折れたのかぷらんと垂れている。




エマの攻撃はすさまじく、アネットには防ぎきれるものではなかった。

アネットの電気椅子アストラぺ本来、正面をきって戦うことが難しい能力だった。


「offen(開放)‼Der elektrische Stuhl ist elektrifiziert, um diejenigen zu schützen, die er liebt‼帯電者アンガクライト


覇気のようなものを感じたエマは自らの足を止めた。エマは自分の手足の自由が利かないことに気付いた。

「なるほど、電気か。」

手足の麻痺もこれが原因だろう。

エマはナイフを消して、新しいナイフを取り出した。グリップがゴムでできているものだ。

ナイフを逆手に持ち、突撃。急接近してナイフを横へ振りぬいた。

アネットは刃を左トンファーで受け止める。右トンファーでエマの鳩尾を突いた。


「おうッ」

情けないうめき声が漏れる。アネットは両トンファーををエマの腹に当て、電流を流す。

バチバチと音を立てた簡易スタンガンがエマを襲った。

しびれる身体を無理やり動かし、エマはアネットの腕を掴んだ。

「もう一丁‼‼」

穴が開いた地面から少女が飛び出してきた。槍を構えたアンジュはアネットの腕を切り裂いた。

トンファーが落ちる。


「大丈夫?エマ。」

「流石に危なかった。だが大丈夫だ。」


痛む腕を庇いながらアネットは下に降り、槍を構える男の目の前に立った。

「もう……やめて。」


目の前の少女は手を広げて、真一を庇っている。


「あんたの願いは何だ?」

悠斗は真一に問うた。


「お前はもうわかっているんじゃないか?」


真一は嘲笑する。


異様に白い肌、薄い髪色、淡青色の虹彩、腕を掴んだ時の腕の細さ。だいたい察しはついていた。


「お前、アルビノだろ。おそらく願いは白子病の治療。違うか?」


真一は庇うアネットの前に出た。


「正解だよ。本来俺はこうやって動けることは奇跡に近い。弱視に悩まされることもない。こんなにも自由に外を走ったのは久しぶりの経験だったよ。だから俺はこの非日常を日常にするために戦う。」


エマとアンジュが降りてきた。


「どうする、ユート。」

「私は悠斗に従います。」


悠斗は槍を降ろした。


「帰ろう、エマ、アンジュ。」


三人は電車に乗っていた。運よく座席に座れた。エマは悠斗に鋭い視線を送る。


「いいのか?敵を一人落とせる絶好のタイミングだったんだぞ。」


悠斗は前をぼんやり見ながら、

「あぁ。」


「どうして、私の器は殺せたのに、あの男は殺せなかったのですか?」

アンジュも問い詰める。


「俺にとって戦うことが非日常だった。戦うことに意味はないし、早く逃げたかった。」

エマが少し気まずそうな顔をしている。悠斗は続ける。


「けれど真一、あの男にとって日常が逃げたい世界だといった。日常を苦しみ、非日常に生きる意味を見出していた。戦いの中で日常に帰りたい俺が非日常を求めるあいつを殺すのは何か違うと思ってな。」


それ以上は誰も何も言えなかった。電車の揺れが少し重く響いた。

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