Dieu le veut ~契約者と処刑者は屍の上で祈る~
p.om.
第1話 事故と少女と日本刀
もし「孤独」が意味するのが周りに誰もいないという意味なら俺はそれに当てはまらないだろう。
しかし、それが”周りとの疎外感”を現す言葉としたら、俺は当てはまる。
本当に俺はそこに存在するのか。どこか自分を空っぽに思えてしまう。
「悠斗くん、今日はもう上がっていいよ」
厨房からの声がフロアに響く。
「店長。お客様に迷惑になりますよ」
「客はいないから大丈夫でしょ」
店長の反論を流しながら一人の青年はスタッフルームに入っていった。
シャツをロッカーに戻し、私服に着替える。
「では、お先に失礼しますね」
レストラン;テレジアでアルバイトをする古儀悠斗はバイクに跨り、駐車場を出た。
空は暗く、肌寒い。10月27日夜中1時。団体客の予約のせいで帰るのがかなり遅れた。
例年より冷え込むとニュースで言っていた通り、受ける風は体をじわじわと冷やしていく。
「早く帰らないとな。」
隣町との町境の山道を進む。家まであと30分以上は走らなければならない。
悴む手でハンドルを握りなおした瞬間のことだった。鋭い衝撃が背中を巡り、首、頭まで貫いた。
何か大きく硬いものが背中にぶつかったような衝撃。痛みでバランスを崩してしまった。悠斗はバイクごと横転。身体を投げ飛ばされた。意識が朦朧とする。視界が曲がって見える。
目線の先には少女が倒れこんでいた。ぼやけていた思考が覚醒する。
少女に駆け寄り、声をかける。
少女は頭から血を流し、呼吸も乱れている。
どうすればいいのかわからない。何が起こっているのかもわからない。手先が震える。
その少女が口を開く。
「tiens ma main...」
何語かさっぱりわからない。
少女はかすれた声で呟き続ける。手をこちらへ伸ばす。
訳も分からず、その少女の手を握りしめた。
脳を刺すような痛みが頭を流れる。ヘルメットをしているにも関わらずだ。いや、頭が内側から押し上げられるような痛みだ。苦痛に歯を食いしばった。
少女が口を開く。
「立ち上がって。」
今度は彼女の言葉を理解できた。
横転したバイクを起こす。その時初めて周りを見た。走っていたはずの山道に大きい岩が転がっている。
「これはどういうことだ?」
力ない言葉が漏れ出る。考えていても仕方ない。事故なのだから仕方ない。早く救急車を呼ばなくては。
上着のポケットに手をいれ、携帯を取り出す。しかし携帯電話は壊れている。地面に投げ出されたときにぶつけてしまったのだろうか。
次に身体の安全を確認する。打撲で全身が痛いが値は流していない。
バイクのメーターやガソリンが漏れ出ていないかを確認する。エンジンは嫌な音を出していたが、問題なく動きそうだ。
少女の方を見る。きれいな金髪に青い瞳。薄汚れたボロボロのワンピースを着ていた。
少女に近づき、話しかける。
「なあ、寒いか?」
少女は頷く。
「君の名前は?どこに住んでいるの?家族の人は?」
少女は口を開く。
「エミリー。エミリー・ジャンソン。家も家族もないわ。」
やはり、言葉が理解できる。では先ほどの言葉は?そんな疑問は体の痛みによって消えてしまった。
「じゃあ、君はどこから来たのかな?」
「あっち。」
少女は指さすのは先ほどまで通っていた道の方向。
悠斗は質問を続ける。
「どうしてこんな時間にこんなところにいるのかな?」
「それは言えない。けどいずれ分かる。」
困ったものだ。この子をここに放置するわけにもいかない。警察を呼ぶこともできない。いや、この時間に警察と遭遇すれば職質だろう。夜中に大学生と薄着の幼女。犯罪臭がする。
考えた結果は一つだった。
家に持ち帰る...。完全に犯罪である。いや、それはだめだ。警察に出会い、経歴に跡が残るのはさすがに怖い。となれば放置することが一番の方法だろう。
悠斗は口を開こうとした瞬間、少女が先に口を開いた。
「すまない。今はお主しか頼れるものがない。助けてはくれないか?」
青い瞳が悠斗を貫く。強い力を放つそれは一人の青年を動かすには十分だった。
原付の後ろに少女を乗せ、自分のヘルメットを被せる。
「しっかり捕まっとけよ。」
エミリーは悠斗の服をがっしり掴んだ。
それを確認した悠斗は原付を走らせ、家へと向かった。
自分の行う犯罪行為に肝を冷やしながら。
悠斗は一軒家の鍵を開け、エミリーを家に招き入れた。
家の中は暗い。母さんはもう寝ているようだ。
電気を付け、風呂を沸かす。いつものルーティーンだ。たった一つ、少女がいることを除いて。
悠斗はエミリーの手に触れる。エミリーの手は氷のように冷たかった。
「風呂、入るか?」
少女はコクリと頷く。
彼女を風呂場に入れる。その間に悠斗は女児服を探す。
しかし、そんなものはない。一人っ子の男子の家にそんな洒落たものはない。
仕方なく自分の新品のTシャツと下着とバスタオルを置いておいた。かなりのオーバーサイズだ。
三十分もしないうちにエミリーは上がっていた。濡れた髪をタオルで乾かしながら上がってきた。
「ありがとう。ユート。」
「あぁ。」
何気ない一言に違和感を感じる。
(俺、名乗ったかな...)
いくつか腑に落ちないことがある。
「なぁ、エミ・・
ぐぅ~~
腹の鳴る音。エミリーが頬を赤く染めている。
「分かった。俺に任しとけ。」
悠斗は台所に向かった。
十数分後、テーブルには野菜炒めとみそ汁とご飯が並んでいた。
「ご飯は冷凍だけど、口に合うと良いが...」
伊達に飲食店のアルバイトをしている訳ではない。これくらいのことなら朝飯前だ。
エミリーはお箸を器用に使って、それらを平らげた。
「ご馳走様でした。」
腹ごしらえもしたとこで、悠斗は彼女へ聞いた。
「君は何者だ?」
エミリーは口を開く。
「私は変換機。それ以上でも未満でもない」
「さっぱりわからないな。」
「今理解する必要はない。これから感じればいい」
再び、エミリーに向くと彼女は窓を眺めていた。
突然彼女が声を上げる。
「敵を発見。接近中‼」
突然の声とその内容に驚きを隠せない。
「どういうことだよ」
続きを紡ごうとするが、その時にはエミリーは悠斗の腕を引っ張り、玄関に向かっていた。
「待て待て、なにすんだよ?敵?接近?誰が何なんだよ!?」
「ユート、早くしろ!」
その目には強い意志が籠っていた。『私に従え。』そんな感情が伝わってくる。
悠斗は頭を搔きむしる。
「あ~、わかったよ」
二人は玄関から外に出る。夜中の2時過ぎ。
「乗るぞ」
エマはバイクの後部座席に跨り、命令する。悠斗は仕方なく発進させた。
「なあエミリー。お前はどこに行きたいんだ?」
「ここらで暴れても問題ない広い場所はあるか?」
「あ...暴れる?」
「どこかないのか?」
広い土地...そんな場所あったか?
悠斗の脳裏に閃く。
「南東雲公園‼」
昔よく遊んだ公園だ。公園といっても野原と木が生えているだけで遊具もない広場だが。
「よし、そこに行くのだ。ここで戦ったら、目立つ」
「戦う?どういうことだ」
「早く!」
せかされた悠斗は原付を全力で走らせた。
エミリーが独り言のように呟く。
「やっぱり追跡されてる。こっちの位置はバレバレか」
10分ほどで目的の場所に着いた。
「ユート、早く走れ」
言われたまま、公園に向入っていく。
ちょうど広場の中央あたりまで来たところで足を止めた。
「12時の方向、距離20m」
エミリーの声を横に正面を向く。向こう側から一人のスーツの男が向かってきていた。
年齢は同じくらい、大学生くらいだろうか。身長は自分より少し大きい。
しかし異様なのはその右手。その手には細い針のような剣が握られていた。
震えた言葉が口からこぼれる
「な、なんだよ。あいつは。なんて物持っているんだよ」
その問いかけにエミリーは答える。
「奴も器の一人だ、私たちをつけていた」
目の前に現れた男に対処できるはずもなく、男の剣が悠斗の脇腹を突き刺す。
「ぎゃあああああああああ‼‼‼」
あまりの痛みに腹の底からの絶叫が出る。
脇腹が冷たい。しかし脇腹から流れ、肌を伝う液体は生暖かく、服を赤色に染める。
男の前蹴りが腹に直撃。後ろに吹っ飛んだ。剣が刺さっていた穴からドクドクと血が溢れる。
エミリーが駆け寄る。
「迷惑をかけてすまない、ユート。戦ってくれ。これは私からの願いだ」
「戦う?どうやって戦えって言うんだよ。あんな奴に」
エミリーは悠斗の腕に自らの腕を重ね、唱える
「指先に集中して。空気から引き抜くように」
出血で視界がぼやける中、悠斗ははっきりと指先に触れる硬いものを感じていた。
棒状のそれは掴むことができる。震える指をそれに絡ませる。しっかりと握ったそれは岩に刺さっているかのように重い。
右腕の力を振り絞って、それを引き抜く。ずっしりとした感触とともに意識が回復する。
自分の右手にはそれがしっかりと握られていた。赤い柄巻に黒い鍔、漆黒の片刃の刀身。それは月に照らされて輝いていた。
日本刀の形をした”それ”は手の中にあった。
「これは...」
「この世の罪を裁き、平等に死を与える。
相対する男は再び、突きの構え。最短距離でこちらに飛んでくる。
しかし、悠斗にはその動きが見えていた。男の突きを身体を逸らして躱す。
男は驚いたような顔をしながらも構えなおす。
こちらも剣を構える。
男は突きを何度も繰り出す。一発一発の突きがスローのように見える。
悠斗はその突きを難なく躱し、
更に踏み込み、刀を振り上げる。男の胸に斜め一文字に切りつける。
流石に不利なことを理解したのか、男は回避。ポケットから円筒を放り投げる。円筒から大量の煙が吐き出され、あたり一面を覆った。
煙幕が晴れたころには男の姿はなかった。
悠斗はその場に倒れこんだ。あまりの緊張、恐怖、痛みが同時に襲ってきたためだ。
脇腹を見ると穴はもう塞がっていたが、あらゆる切り傷があることに今更気づいた。
悠斗は地面にうなだれながら喋る。
「なぁ、エミリー。これはどういうことなんだ。俺の身体は一体……」
身体が勝手に動き、躱し、相手を攻撃した。
「器となったもの者は最適解の行動を自動で行うのだ。」
美しい金髪を月が照らし、エミリーは自慢げな顔で述べる。
「私のことは気軽にエマと呼んでくれ」
夜中三時。切り傷に夜風が染みわたる。
悠斗は何も言えず、只々、その言葉を虚ろに聞くだけだった。
これからも投稿していきたいと思います。
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