星屑落ちる夜に

呉根 詩門

星のかけら

僕は、朦朧とする意識の中、漆黒に染まった夜空を見上げた。


すると、数多の煌めく星々が、眩くまた儚げに駆けて行った。


そして、地上にあったはずの僕の魂は、すでに


星々の一つとなって駆けていた。


➖➖➖➖


「武史!ここで音を外してどうする!いいか?明日がお前たちの最後の舞台なんだからな!」


僕は、一旦口に当てていたトランペットを下ろした。そして、怯えた目で激しい口調で叱責する吹奏楽部顧問の鈴木先生を見つめた。


鈴木先生は、残り少ない髪の毛を振り乱しながら、興奮した口調で


「いいか?この宝島の目玉は、トランペットのソロなんだ。そのソロが音を外すと全てが台無しなんだ。武史、何もお前を虐めたいから怒っているわけじゃないんだぞ。コンクールで補欠になっていたメンバーに最後の晴れ舞台として、文化祭で演奏することになったのは分かるよな?」


しんと静まっている音楽室には、鈴木先生が苛立ちながらタクトを譜面台に向って叩く


− カツ カツ カツ −


の音のみが響いている。


コンクール補欠メンバー…所謂二軍のみんなの視線が痛いほど感じる。


僕の学校の吹奏楽部は全国大会の常連だった。その宿命か、部員も1年生から3年生まで合わせると100人を超える大所帯だった。コンクールの出場メンバーには参加人数制限がある。結果、おのずと経験者や天才肌がコンクールに出場となった。僕はと言うと、万年二軍のサポートメンバー。何故、二軍なのに部活を続けているかと言うと、一年生の頃の部員勧誘で行われた演奏に衝撃を受けたからだ。迫力があるのに繊細な演奏に僕の心は完全に囚われてしまった。そして、一軍の演奏を聴くたびに、憧れの目でいつか自分もそんな演奏をしたいと心の底から思った。そして、日々練習を重ねた。一軍を目指して。しかし、この吹奏楽部には、一軍と二軍にはとても乗り越えるのが、不可能と思えるような高い壁が立ちはだかっていた。その壁に何度も挑んだが、結果として叶うことなかった。結局僕の最初で最後の舞台が学校生活最後の文化祭での演奏となってしまった。


「武史!ソロが吹けるまで、1人で練習して来い。それが、できるまで合奏の参加は認めん!」


まるで茹でタコの様に顔を真っ赤にした鈴木先生は、タクトを僕に向けて激しく叫びながら睨んでいた。


僕は、合奏に参加する価値無しの烙印を押された。この上なく自分の不甲斐なさを噛み締めながら、僕は小さくなって音楽室を出た。その間も他の二軍のメンバーから僕は、終始蔑む視線を体中に浴びせられた。


僕は、1人秋風が心地よく入ってくる音楽準備室に入った。そして、惨めな気分のまま椅子と譜面台を用意して、楽器を構えた。


僕はマウスピースに唇を当てて、メロディを奏でた。そのメロディは、一軍のファーストトランペットのそれとあまりにも劣り自分の未熟さを痛いほど感じた。それでも、足掻く様に練習していると、意外な人が準備室に入って来た。


「武史君、どうしたの?合奏中じゃなかったの?」


その人は、セミロングの髪を風になびかせながら、ちょっと驚いた顔で現れた。


この人は、一軍のファーストトランペット奏者の順子さん。去年のソロコンクール全国大会優勝者だ。


僕と同じ歳なのに事実、雲上人の順子さんに気圧される様に


「宝島のソロ吹ける様になるまで合奏に参加するなって鈴木先生が…」


と、今の自分の状況を話していると尚更惨めな気持ちになった。順子さんは、そんな僕を励ます様に


「武史君、よかったらソロ吹いてみて。私でよかったら教えてあげる。」


と、僕の瞳を真っ直ぐ見つめながらニッコリ微笑んだ。僕は、今まで遠巻きからしか見ていなかったので気づかなかったけど、順子さんはかなり整った顔で今更ながら一瞬で見惚れてしまった。僕は、緊張と動揺で順子さんを見つめ返す事はできなかった。視線を外して赤面しながら、たどたどしく


「そんな…悪いよ…僕みたいな出来損ないの為に時間を使うなんて…」


人の噂から、順子さんは、音楽性が評価されて海外の大学から推薦入学のオファーがきてるらしい。もちろん、推薦とは言えもちろん入学試験として演奏しなくてはならない。他の一軍メンバーは、引退したけど順子さんだけは毎日練習しに音楽室へと通っていた。そんな、将来世界のプロとなるべき人の貴重な時間を僕に使うべきではない。そんな、僕の考えを感じたのか


「武史君。私はね、本当は教師になるのが夢なの…みんな私にプロになって欲しいって期待している。だから、期待を裏切れずに今も本当の夢を捨てて練習してるの…だから…」


と言うと、順子さんは、どこまでも澄んだ瞳で僕を見つめると


「武史君には、私の本当の夢…教師としての初めての生徒になって欲しいの」


僕は、突然の順子さんの切実な告白と想いに動揺しながらも応えるように真剣に見つめ返すと


「それでは、先生。ご指導どうかよろしくお願いします」


順子さんは、その言葉を聞くとパッと満面の笑顔になって大きく頷くいて


「こちらこそ、よろしくね。武史君。」


それから1時間ほど順子さんは、僕に手取り足取り教えてくれた。


「武史君、そこはこのアンブシュアで吹くと高音が出やすいよ…そうそう…ここのアタックは、早めに吹くと綺礼に聞こえるよ…」


実際、順子さんは教え方も一流で、吹き方からメロディの奏で方までわかりやすく教えてくれた。そして、再び合奏へと合流する時には、僕の演奏はそれまでとは全く打って変わって別人の様に上達していた。事情も知らず僕の演奏のあまりの変わり様に鈴木先生は、目を白黒させる始末だった。順子さんは、そんな二軍の演奏を音楽室の隅で穏やかに見守っていた。


合奏練習終了後、部活が終わり僕は学校を出ようと暗くなった昇降口に来た。すると星明かりに照らされた順子さんが穏やかな顔で立っていた。


「武史君、宝島のソロとってもよかったよ」


僕は順子さんに向けて深々と頭を下げると


「全て先生のご指導の賜物です」


「違う、違うよ。私は手伝っただけ。本当に頑張ったのは武史君なんだから」


顔を上げて目に入った順子さんの顔は、とても満足そうだった。そして、順子さんはサッと僕の手を取ると


「武史君、一緒に帰ろ」


と強く引いた。僕たちは、家路を共にしながら


「順子さん、何で僕を最初の生徒に選んだの?」


と先程からの疑問を口にした。星明かりのせいかもしれないけど、僕には順子さんの顔が赤くなった気がした。


そして、順子さんは空を指すと


「武史君、今夜ペルセウス流星群見れるらしいよ。きっと綺麗…」


「だから、何で僕が最初の生徒に…」


と僕が繰り返し聞いた。そんな僕に順子さんは、答えることなく、怒った口調で


「武史君のバカ!」


と駆け出した。その瞬間僕には全てがスローモーションに見えた。飛び出した順子さんに向かって走ってくるトラック。僕は、考えるよりも先に体が動いていた。僕は、順子さんを突き飛ばした。そして次の瞬間僕の視界には数多の星が煌めいていた。


遠く、順子さんの声が聞こえる。僕は薄れゆく意識の中、朧げな視界には星が途切れることなく流れていた。そして、僕の世界も星と共に流れていた。

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星屑落ちる夜に 呉根 詩門 @emile_dead

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