救いの手と説教
「ッリク!!」
空気をびりびりと震わせるほどの大声で名を呼ばれる。箒に乗って現れたのは──フォールハイトさんだった。
「ギイッ……!」
「ギギ……!!」
濁った悲鳴をあげ、くずおれる。地に伏した魔物たちは時折ぴくりと動き、痙攣していた。
呆然とへたりこんだままそれを見つめていると、腹を強い力で抱きかかえられるようにして立たされた。
「っ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ!! 即席の麻痺薬だから効き目そんな強くないんだよ!!」
「えっうおっ、わ、うわー!!」
縺れる足を必死に動かして、箒へと飛び乗る。目の回るようなスピードで飛び立ったかと思えば──俺たちはそのまま、木々のすれすれを通り抜け。なんとか逃げ出したのだった。
***
いくらか離れた場所。ここまで来れば追っては来ないだろう。空を飛んでいたというのに、緊張がほどけた反動か、ふたりで必死に息を整えていた。
樹に手をついていたハイトさんが、大きな息を吐きだしたかと思うと、眉根を寄せ顔をこちらへと向ける。そこに滲む見たことのない色に、心臓が大きく跳ねる。
「……混乱薬は。持たせてただろ」
「えっと……あの……人が襲われてて……助けるために使っちゃって……」
いつになく投げやりな言い方。乱暴な口調に、言葉を探り探り続けていく。
「それで?」
「その人は逃がしたんですけど……ゴブリンが追いかけようとしてたから、止めなきゃと思って……」
「魔法も使えないのに?」
言葉に詰まる。あけすけな物言いが図星をついて、反論が出てこないのだ。彼の顔を見ることもできず、視線を伏せる。
「あのさ。剣術が達者なわけでもないのに、どうやって食い止めようとしたわけ」
淡々と詰められていく。否定のしようもない。俺の命が危なかったからこそ、厳しい言い方をしている。だからこそ、何も言えないのだ。
実際に、少しだけ剣を振るっただけなのに戦うことも困難なほどに息を切らしてしまった。一匹相手ならまだしも、負けることは見えていた。ハイトさんが来なければ、俺は間違いなく息絶えていたのだ。
「それに、あそこはただのゴブリンだけじゃない。麻痺と混乱魔法を使うやつも奥にいたのわかってた?」
冷や汗が、流れる。奥にそんな恐ろしい魔物もいたのか。もし、そいつに魔法をかけられていたら、自分は間違いなく今ここに居られなかっただろう。目の前の敵と戦うことでいっぱいいっぱいで、全体を把握する余裕まで無かったのだ。
「……いましたっけ……」
おずおずと見上げて言えば。雰囲気とは裏腹に、彼の顔には微笑が浮かぶ。……ぞっとするほど、綺麗な笑みで。その瞳だけは、不思議と笑っていなかった。
「……おじさん、ちょーっと怒っちゃったなぁ」
いつもより、低い声。え、と吐息交じりの掠れた間抜けな声が漏れたが、彼は特段気にする様子もなく俺を見下ろした。
「ここら辺なら魔物も来ないし、いいか」
辺りを見渡したかと思うと、ぽつりと呟く。
「俺が来てなかったら、どんな目に遭ってたか少しは理解しなよ」
ぐい、と。顎を掴まれた拍子に、冷たい器が唇に触れて。口に何かが流れ込んできて──少量だが、飲み込んでしまう。ポーションだと気づくも、既に遅く。
どろり。思考が溶けていった。
あたまが、くらくらする。からだはゆびさきまでびりびりして。めのまえにいるのは、だれだっけ。
たつこともできない。ぐらり、じめんにたおれてしまう。なんだろう。なんだか、こわい。じぶんがじぶんじゃないみたいで。
「わかっ──、──?」
なにをいっているんだろう。わからない。こわい。あ、とか、う、ということばしかしゃべることができない。
「げどく──もう──りきじゃのめない──」
かおがちかづく。なんでだろう。
また、くちになにかが流れこんできて。なにも考えられず、そのままのみほしていく。──そうして気がついたときには、呆れた顔のハイトさんが自分の口元を乱雑に拭っていた。
「次同じことがあったら、二度と外に出さないから。野垂れ死にされたら気分悪いし」
冷たい声。平坦な声の調子に、糸が張り詰めるような緊張を覚える。「これ持ってて」渡された箒を言われるがまま抱く。帰るよ、と吐き捨てるように言われ、なんとか立ち上がろうとしたそのとき。
浮遊感が襲った。至近距離に、彼の顔。
──横抱きにされている。なんでだ。
「運動なんざ数年してないんだから、勘弁してよ。……はー、筋肉痛になりそ……」
なら、運ばない方がいいのではないか。負担をかけてしまっている申し訳なさに、口を開く。
「じゃああの……歩けるんで、これだけなんとかなりませんか」
「ならない。諦めな」
ならないんだ。そういえば俺に飲ませた薬があったが、あれは魔物たちに使ってもよかったのではないだろうか。おずおずと見上げ、聞いてみる。
「俺に飲ませたやつ、ゴブリンに使ったら……」
「あれ経口じゃないと意味ないから」
「…………スミマセン……」
的外れだったらしい。質問をする余裕があるなんて随分呑気だな、と言外に問い詰められたようだ。気まずさと共に口を噤む。
「しかも歩けるって言ったね、足怪我してるくせに。戻ったら治療ね。他にも隠してたら怒るから」
全部お見通しらしい。ずきずき足が痛んでいることは素振りに出さないよう努力していたのに。それ以上隠し事は何もなかったよな、と焦りを覚えつつ──彼に黙って運ばれていくのだった。
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