舞台裏①

 ***


 調べて、何も収穫を得ないまま。記憶が無いことによる軋轢が生まれ、溝が深まる終わる日々。


 それは、唐突に終わりを迎えた。


「っこれ……! リクくん、もしかしたらキミはこれを飲まされたのかもしれない」


 フォールハイトさんが、焦ったような声をあげる。飛び降りるように椅子から立ち上がり、古びた書物のとあるページを俺へ見せた。黄色く変色し、年季を感じさせるそこには、とあるポーションが書かれているようだった。


 忘却のポーション。

 服用すると、自分や周りの人々に関する記憶を一切合切忘れてしまう。強烈な苦味を伴うため、経口にて摂取した場合、数日は苦味が残る。効力を無くすには、解毒薬では不可能。服用した本人が強い感動を覚えた事象などに触れることで、記憶を思い出す事例が確認されている。


「何日間も苦味があったんだろ。可能性は高い……」


 確かにその通りだった。特徴は一致している。腹に残る痛みは謎だが──ポーションを無理やり飲まされたとなると犯人がいることになる。誰かに恨みでも買っていたのだろうか。自分がどんな人間か思い出すのが、ほんの少し怖くなってきた。


「……でも、治す手だては、ひとつしか無さそうですね」


「暗い顔しないの。だいじょーぶ、光は見えてきたじゃない」


 強い感動を覚えた事象。今の自分には、到底想像がつかない。

 着実に一歩ずつ進んではいるものの──大きな壁にぶつかってしまったような気分だ。


「家事やってみるとか?」


「強い感動覚えたと思ってるんですか?」


「ないです……ううん、調子は戻ってきてる気がするんだけどな……」


 それから。採集をしたという場所に行ってみたり、実際家事の一日の流れをなぞってみたりと──努力はしたが、特段効果はなく。


 ぱたりと、体力を使い果たした俺たちは机へ突っ伏した。不意に、あ、とフォールハイトさんが素っ頓狂な声をあげた。


「……一番大事なことやってなかった。ポーション作り、興味ある?」


「……多分」


 そういえば、どうして一番肝心なそれを忘れていたのだろう。今度こそなにか思い出すカギになるかもしれない。僅かな期待をかけて、頷く。


「よし──ならこっちにおいで。そばで見ててよ」


 フォールハイトさんは意気込んだ声と共に立ち上がり、店の奥へと足を進めた。

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