問答
「一緒に冒険者になろうって、誘おうと思ってたのに!!」
「えっ」
時間が止まった。ルーカスの顔は、決して冗談を言っているようではなかった。そこに浮かぶ色は真剣そのもので、眉を吊り上げたままフォールハイトさんを睨みつけている。
「夢があるのはいいことだ。青春だなぁ」
しかし、そんな視線はものともせず。彼はというと、感慨深そうにしみじみと頷いていた。
俺と冒険者になりたい。そんな話、ルーカスからは一度も聞いたことがない。だって、今まで何度聞いても有耶無耶に返されるばかりだったから。
皆が憧れるような場所からの誘いも跳ね除け続けた彼のことだ。余程大きな夢を抱いているのだろうと思ってはいたが──あまりにも、予想外で。
冒険者は、納得出来る。颯爽と魔物たちを魔法でのし、切り伏せる姿は勇者然としていることだろう。だけど、俺なんかと一緒に、なんて。
「キミ。ええと……ルーカスだったか」
カウンターから緩慢に抜け出したフォールハイトさんは、俺の隣へと歩を進めて。ぽん、と軽く肩に手を乗せてきた。
「この子、魔力も無いのにどうやって冒険者になるつもり? 言っておくけど、人を気にかけながら戦うのはかなり神経使うと思うよ」
目を見開く。鋭い質問だった。現実的な──大人としての真っ当な指摘は、先ほどまでの様子からは想像もできなくて。見上げた顔は、いつも通り僅かな微笑をたたえているけれど、なんだか少し怖かった。まるで知らない人みたいで。
ルーカスもそれは同様だったらしく、言動に狼狽を滲ませながら言葉を返す。
「っ……それは……俺が守りながら戦うつもりだ。少しくらいなら俺も鍛えているし、魔力には多少自信がある」
「ふうん。リクくん戦闘は? したことある? 剣術とかは?」
相槌を打った彼が、俺へ視線を向ける。目が合って、慌てて視線を逸らす。
「……いえ、からっきしですね」
だよね、と言うと、フォールハイトさんはいつもより真剣な色を滲ませて、言葉を続けた。
「基礎もできてない子を守りながら戦うのは、魔力があるプロでも厳しい。だから護衛の依頼とかあるんだし。正直──すこーし強いスライムでも今のキミたちなら苦戦すると思うよ」
ぐ、と肩に乗せられた手に力が込められる。
「最悪、キミの親友が死ぬ。その覚悟くらいはできてる?」
──仲がいいだけじゃ、パーティを組んでも長続きはしないよ。
続けた言葉は、冷たい響きを持って。もう一度彼の顔を盗み見ると、笑みはもう消えていた。
長続きはしない。それが、どんな終わりを迎えるか──予想はできないけれど、いずれにせよ喜ばしい終わり方ではないのだろう。
「……考えてない、わけじゃなかった」
耳が痛いほどの沈黙の後、幼馴染は声を絞り出した。だけど──とだけ続けて、彼は黙りこくる。どれほど言葉を探しても、見つからないようで。それは、俺も同じだ。見たことのないふたりの表情に、何も言えずに狼狽えるばかりで。
「っ……少し頭を、冷やしてくる」
伏せた視線を上げることもなく、踵を返す。からん、とまた鳴るベルの呑気な音が場違いだ。
「っルーカ──」
「今はひとりにしてあげな。すぐ戻ってくるよ」
手を伸ばし駆け出しかけた俺を制す。今は、ひとりの時間が必要なのかもしれない。前に俺がそうであったように。フォールハイトさんは全てを見透かしているようだった。
今の俺には何もできない、のだろうか。気の利いた言葉もかけられず、彼の帰りを待つことしか。
顔を伏せた俺をハイトさんが覗き込んだ。
「ごめんねー、例え話だけど殺しちゃって」
「……いえ。実際問題、有り得ることですから」
へら、と笑いかけてくる。
ルーカスと旅をする、というのは確かに夢がある。気心の知れた彼と人々を助け、依頼をこなす。魔力が無いことに絶望し家に篭もるよりも、魔法に触れる機会もきっとぐんと増えるだろう。
だけど、俺は彼の足を確実に引っ張ってしまう。もし、彼が俺を庇って怪我をしたら。俺が死んで、そのことを引きずってしまったら。そうなれば後悔してもしきれない。
なにより、俺はもう──フォールハイトさんに夢を与えてもらった。少しでもそれに報いたいのだ。
「……俺は、何ができるんだろう」
ルーカスのために。
彼がどんな判断を下すかは、もうわかっていた。きっと俺と旅をすることを諦め、ひとりでここから旅立っていく。幼馴染だからわかるのだ。
「キミは何がしたいの?」
そのために、俺は。快く送り出してやるのが、唯一できることだろう。
「せめて、何か……ルーカスの役に立つものでも餞に渡して、冒険者としての旅立ちを祝ってやりたい」
言葉を訥々と繋げると、フォールハイトさんは口角をゆるりと上げた。
「なら、調合でもしてみようか」
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