内包するもの

とりのめ

第1話



だって中身が見えないから、お腹の中には良いものがあると思っていた。

血の塊や内臓に頬ずりすることは嫌ではない。


泥の底はあたたかくて、邪魔が入らない。俺にとってはとても心地が良い。でもそれは他の人にとっては不快だとは分かっている。


布団に包まっているのも、お湯に浸かっているのも良い。けれど布団をいきなり剥がれたり。水中に顔を押さえつけられたりすると息ができなくて苦しい。それらはすごく怖くて嫌だ。

今思えば、母親は病的に細い身体だったけれど、当時の自分は小さな子供だった。

病的に細い身体で、気に入らない嫌なものを拒否するように叫んで子供に暴力を振るう母親はかわいそうだ、と、今は思う。そこには確かに小さい母親の受けた苦痛が透けて見えた。

けれど幼い自分はただその言動をやめてほしくて必死に抵抗をした。だって彼女はもう大人になってしまっていたから。

破けそうなほど心臓が激しく動いていて、母親の機嫌が悪い時は殴られていなくても、身体の、自分では手が届かなくてどうしようもない部分が痛んだ。


痛みは鮮明だ。今でも思い出すことができる。

忘れられないのはきっと俺が忘れようとしないからだ。


楽しいことも、優しい母もきっといた。

ショッピングモールや運動会、水族館。

ニュースや雑誌でそういった場所を見かけると懐かしいな、と感じる。冷えたおかず、卵焼きや赤いウインナー、フードコートののびたラーメン。

けれどそれらは安心と結びつけない思い出だ。

殴られたり、一緒に死のうか、と包丁を首に近づけられたときは恐怖とともに俺の心のどこかは安心を感じる。

これが「あるべきかたち」で、歪に成り成ってしまった精神にはぴったり当てはまる。

優しさは嘘だ。嘘ということは信じられないということだ。


身体が大きくなると、母はより華奢に感じられた。

刃物を受け止めて、振り回された腕を掴んでみる。自分でつけた傷はそれだけ傷ついてきたあかしだ。

子供が泣いているのはかわいそうだ。

俺が最初に殺した人間は大好きなママだった。

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内包するもの とりのめ @uwo_uwono

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