天使の解体
とりのめ
第1話
左手の小指を切り落とされた、天使は泣いていた。
「大人しくしているから、みんなのところに帰して」
涙を流しながら少女はそんな意味の言葉を叫ぶ。
古くなった農機具をしまっている粗末な小屋の汚い床に、裸の少女がうずくまっている。
長い黒髪と白い肌は汗と泥にまみれているけれど、美しい見た目の少女だった。子供を産める身体になったばかりのように見える。
細い指の一本は切り落とされて、今それは僕の手のひらの中にある。野菜を収穫するときに使っていた大きな古い鋏で切り落としたから、断面はがたがたしている。先に骨を折って肉を切ったから、家畜の解体よりは簡単だった。
指は白くて細くて、爪は形も色も綺麗だった。
家族が生きていた頃、この小屋では農機具をしまっているだけでなく牛や山羊も飼っていて、僕の鼻の奥にはその臭いがこびりついている。
今はそこに血の臭いが加わっている。血の臭いは嫌な臭いだ。
服を剥がれた幼い少女は、皮を剥がれた家畜よりも頼りない。甲高いすすり泣きが響く。
天使は外国からやってくる。
地獄から湧いて出た悪魔に支配されているこの国に天使がやって来る理由としては、酷い目に遭っている人間たちを救うため、らしい。
この国で人間はまるで安いおもちゃのように扱われている。
少女は指先をキツく抑えている。黒い髪が覆う細い背中はガタガタと震えていて、傷口からは血が止まらない。
僕は少女の、天使の指先に古い薬を塗る。血を止める効果のあるものだ。
天使は顔を上げてこちらを見る。かわいい顔は驚きととまどいを表している。
僕は天使を置いて小屋の外に出るための扉を開ける。夜の外気がとても澄んでいるように感じられるほど、小屋の中は澱んでいる。
「あの…」
後ろを振り向くと地べたに這いつくばった天使がこちらを見ていた。
僕は扉を閉めて家に戻る。
左手の薬指を切り落とした時に天使は目を固く瞑り、痛みに備えるように歯を食いしばっていた。
抑えたような悲鳴と、切り落とされた左の薬指。
痛みを堪えるようにうめき声が響く。僕は手の中で薬指を転がす。
先日のように止血薬を塗ろうとして天使のもとに屈むと涙をいっぱいに溜めながら彼女は僕に話しかけてくる。
「どうしてあなたはこんなことをするの?」
取り乱したような様子は無く、目の前の人間と会話をしようとする意思を感じる声音だった。
「私たちの血や肉はいろいろなことに使えるから、こうやって傷つける人がいるのは知ってる。もしかしてだけど、誰か病気の人がいるの?」
僕は天使の傷口に薬を塗ると立ち上がる。
小屋の中は今も臭い。
生きているから肉を切り取る。そうすれば保存がきいて、いつでも血肉を得る。
食べるために殺すのはただ殺すことが目的ではないから、いいこともあるように思える。
殺される動物に意思が、頭があるのかは分からない。食べられるために殺される命ならばそこに考える頭があっても意味はないように思える。
地獄で悪魔はいつまでも命をもて遊ぶ。
天使を閉じ込めている小屋に入る。
そこには誰かがいて、うずくまっていた汚れた天使を大切そうに抱きしめていた。
天使のように美しい顔を激情で歪めた男性は僕に銃口を向ける。彼の腕の中の小さな天使がやめて、と叫ぶ。
ならば僕たちと同じ立場に立ったときにあなたたちはどういった言動をして、どのような思考をするのか、それを僕たちに教えてほしい。
天使は悪魔に傷つけられたものをなおすことができる唯一の存在だ。
天使の解体 とりのめ @uwo_uwono
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