第八章: 「霧晴れる真実の夜明け」

 儀式が終わり、マリア、蒼、そして救出された花の三人は、霧に包まれた森の中を静かに歩いていた。月明かりが霧を通して柔らかく差し込み、幻想的な雰囲気を醸し出していた。三人とも言葉を交わすことなく、それぞれの思いに浸りながら歩を進めた。


 やがて、村の輪郭が見え始めた頃、マリアは立ち止まり、深く息を吐いた。


「ここで少し休みましょう」


 彼女の提案に、蒼と花も頷いて、近くの大きな岩に腰を下ろした。


 マリアは二人を見つめながら、静かに口を開いた。


「今回の経験で、私は多くのことを学びました。神隠しの真相……それは単なる超自然現象ではなく、自然と人間の不調和から生まれた結果だったのです」


 蒼と花は驚いた表情でマリアを見つめた。


「どういうことですか?」


 蒼が尋ねると、マリアは遠くを見つめながら答えた。


「人々が自然を畏れ敬う心を失い、古来の伝統や信仰を軽んじるようになった。その結果、自然界と人間界のバランスが崩れ、時として人が『あちらの世界』に引き寄せられてしまう。それが『神隠し』の本質だったのです」


 花は自分の体験を振り返るように目を伏せた。


「確かに……私は村の生活に息苦しさを感じていました。昔からの慣習や決まりごとに縛られて、自由に生きられない気がして……」


 マリアは優しく花の肩に手を置いた。


「それはあなただけじゃないわ。現代社会に生きる多くの人が同じような思いを抱えています。でも、大切なのは古い伝統を完全に否定するのではなく、その中にある wisdom(*1) を理解し、現代に活かすこと。それが人間と自然の調和を取り戻す鍵なのです」


 蒼はマリアの言葉に頷く。


「はい、フォスターさん。僕にはまだたくさんやるべきことがある。人間と妖怪の世界をつなぐ架け橋として、遠野の伝統と自然を守っていきます」


 花は蒼の言葉に涙を浮かべながらも、強い決意の表情を見せた。


「私も蒼くんと一緒に。人間界にいながら、あなたを支え続けるわ」


 マリアは二人の強い絆を感じながら、自分の役割について考えを巡らせた。


「私にも、果たすべき使命があります。この体験を世界に伝え、科学と伝統信仰の融合を図る。それが、私に課せられた責任なのだと思います」


 三人は互いに頷き合い、新たな決意を胸に、再び歩き始めた。


 村に近づくにつれ、霧が晴れていくのが感じられた。そして、東の空がわずかに明るくなり始めた。夜明けが近いことを告げているかのようだった。


 村の入り口に着くと、そこには村人たちが集まっていた。花の父親である村長が先頭に立ち、不安そうな表情で三人を見つめていた。


「花! 無事だったのか!」


 村長が駆け寄ると、花は父親に抱きついた。


「お父さん、ごめんなさい。心配をかけて……」


 村人たちは歓喜の声を上げ、花の無事の帰還を喜び合った。しかし、その喜びもつかの間、誰かが蒼の異変に気づいた。


「蒼、お前の体が……透けて見えるぞ!」


 村人たちの間に動揺が広がる。マリアは一歩前に出て、冷静に説明を始めた。


「皆さん、落ち着いてください。蒼くんの状態には理由があります。彼は、遠野の伝統と自然を守るため、大きな犠牲を払ったのです」


 マリアは、儀式の詳細や神隠しの真相について語り始めた。彼女の言葉に、村人たちは驚きと畏敬の念を抱きながら耳を傾けた。


「私たちは、自然を畏れ敬う心を取り戻さなければなりません。同時に、古い伝統の中にある wisdom を理解し、現代に活かしていく必要があるのです」


 マリアの言葉に、村人たちの表情が変化していった。彼らの目には、長い間忘れられていた何かを思い出したような色が宿っていた。


 村長が前に出て、深々と頭を下げた。


「フォスターさん、私たちに大切なことを思い出させてくれてありがとうございます。そして蒼、お前の勇気と献身に心から感謝する」


 村人たちも次々と頭を下げ、蒼に感謝の言葉を述べた。蒼は照れくさそうに頭を掻きながらも、誇らしげな表情を浮かべていた。


 マリアは、この光景を見つめながら、自分の研究の新たな方向性を確信した。彼女は、遠野での体験を通じて得た知見を世界に伝え、科学と伝統の調和を図る必要性を強く感じていた。


「私は母国に戻り、この経験をもとに新たな研究を始めます。しかし、それは遠野の神秘を守りつつ、その価値を世界に伝えるものになるでしょう」


 村長は感謝の意を込めて、マリアの手を握った。


「フォスターさん、あなたの研究が、私たちの村と世界の架け橋になることを願っています。どうかまた遠野に戻ってきてください」


 マリアは微笑みながら頷いた。


「はい、必ず戻ってきます。この村には、まだ多くの謎が眠っているはずです」


 そして、彼女は蒼と花に向き直った。


「二人とも、これからの道のりは決して平坦ではないでしょう。でも、互いを支え合い、遠野の伝統を守り続けてください」


 蒼と花は固く手を握り合い、決意に満ちた表情でマリアに頷いた。


 東の空が徐々に明るくなり、新しい朝の訪れを告げていた。霧が晴れ、遠野の美しい山々が姿を現す。マリアは深呼吸をし、清々しい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


 彼女の心には、新たな冒険への期待と、遠野の人々との別れの寂しさが入り混じっていた。しかし、それ以上に強かったのは、自分の研究が世界に新たな視点をもたらすという確信だった。


 マリアは、最後に遠野の風景を目に焼き付けた。霧の向こうに広がる山々、古い伝統が息づく村々、そして人々の温かな笑顔。これらすべてが、彼女の心に深く刻まれていった。


 そして、彼女は静かにつぶやいた。


「さようなら、遠野。そして、また会う日まで」


 新たな朝日が遠野の地を照らし始めた。それは、マリアの新たな冒険の始まりを、そして遠野の新しい時代の幕開けを告げているかのようだった。


注釈:

(*1) wisdom: 知恵、叡智。ここでは単なる知識だけでなく、長年の経験や伝統から得られた深い洞察力や判断力をマリアは意味しています。

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