第3話 館の入り口

8人はそれぞれ今しがた目覚めたようだ。お互いを警戒する様子からそれぞれは知り合いではないことがみて取れる。

男女比は自分を含めて男性6人、女性3人だ。年齢層も人種もバラバラで中には子供もいる。


皆が不安そうにしている中、アフリカ系の坊主頭の中年男性と、長いブロンドヘアーでグレーのワンピースを着た若い女性は、探るような目で周囲を確認していた。私自身もはたからは同じように見えていたかもしれない。


沈黙を破ったのはアイビーカットのパンク風な若い男だった。


「なぁ、ここは一体どこなんだ? 誰か知ってるか?」


皆がお互いを見合う中、中年のスラブ人の男が答えた。


「この様子では恐らく誰も知らないだろう。少なくとも俺はどうやってここに辿り着いたのかさえ見当もつかん」


男はもみあげと繋がる顎髭あごひげに手を当てながら、周辺を見回している。数人が頷き肯定の意を示していた。私を含めた黙ったままの人も同じだろう。その様子を見てパンク風の男は落胆した表情を見せる。


「なんなんだよここは。なぁ、あんた名前は」


答えようとしたスラブ人の男の顔が曇る。その顔を見ながら私もはっとした。自分の名前が思い出せない。


「名前、ちょっと待てよ。あれ」


困惑したスラブ人の男と同様に、周囲も同じような動揺が見られたので、会話に割って入った。


「皆さん、名前を思い出せないのでは。私は何故だか思い出せません」


皆が顔を見合わせた。


「ねぇ、あなた何か知ってるの?」


館の入り口側に立っていたグレーのワンピースの女性が、軽く手を上げながら発言する。


「いえ、知りませんが皆さんの様子から推察しました」


「ふーん」


何か考えるような素振りを見せたが、それ以上何も言わなかった。

今の発言の中に、私だけが情報を持っている要素があっただろうか。何となく、今は異世界という情報は隠しておくことにした。


「皆さん、この館から出るまでの短い付き合いかもしれませんが、目の前にいる人の呼び名が無いのは案外不便なものです。どうでしょう、仮で呼び名を決めませんか」


何人かはピンと来ていない様子だった。パンク風な男が反応する。


「そんなもん必要か? そこの玄関から出るだけだろう」


「ここが山奥や孤島だったらどうしますか。もしかすると救援が来るまで時間がかかるかもしれない」


「俺はいい」


そう言ってパンク風の男は玄関に向かった。全員がその様子を見守っていた。男は玄関の扉に手をかけ、そして両開きの扉の片方を手前に引き開いた。15mほどだろうか。離れた距離からでもそれははっきりと見えた。

開いた扉のすぐ裏には、赤く脈打つ壁が敷き詰められていた。それはまるで生物の内臓の様な、あるいは胎動を響かせる巨大で生々しい卵の様な、そんな印象を受けた。


男は扉を開くと同時に悲鳴をあげ、その場で腰を抜かしていた。

その場で恐怖する人々を尻目に、私はゆっくりと扉へ近づく。倒れる男の横に立ち、もう片側の扉を開いた。期待通り、赤く脈打つ何かが、扉の向こう側を覆っていた。

扉のわきに並べられていた、身の丈ほどある燭台を手に取った。火のついた蝋燭を脈打つ壁に近づけるが特に反応はない。一歩下がり燭台を構える。


「おい、お前。何してんだよ」


へたり込んだ男の声に耳も傾けず、構えた燭台を槍投げの要領で壁に突き刺す。後ろで何人かの小さな悲鳴が聞こえた。

突き立てた燭台の蝋燭は砕け散り、先端の金属部分はひん曲がっていた。手には強い衝撃が残り、生き物のように見える壁が見た目に反して固いことを痛感させられる。


「これは、一体なんだ」


いつの間にか近くまで来ていたスラブ人が呟く。振り返ると皆それぞれが入り口に近づき、様子を見守っていたようだ。


「これ、生きてるの?」


グレーのワンピースの女性が質問する。


「わかりません。1つ言えることは、我々はこの場所から簡単には出られないかもしれないということです」


皆の顔に緊張が走る。落ち着かせるようにゆっくりと話す。


「この場所のことを調べる必要がありますね。何人かに別れて探索しましょう。ですが、まずはそこでお互いのことを話しませんか」


へたり込んだままのパンク風の男に目をやると、参ったと言わんばかりに頷いていた。

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