第29話 終焉

開かれた触媒の目は暗い赤色をしていた。ギョロリと眼球が動き、目が合う。

その瞬間に世界を飲み込まんとする、神と呼ばれるものの遥かな歴史や、邪悪な願いが全身に流れ込んでくる気がした。目を背けたくとも、意思に反して目線を逸らせない。まぶたに力を入れてどうにか目を瞑る。そして下を向かないよう細く目を開きレベッカを見た。


同じく視線を釘付けにされた彼女が見える。声を出そうとするが上手く口が動かせない。握ったナイフに力を込める。自分の力か、はたまたレベッカの力だろうか。ナイフはびくともしなかった。

触媒まで30cmの距離を振り下ろそうともがく。


力を込めたからだろうか、右手に痛みを感じ、それをきっかけで右手だけナイフを離すことが出来た。

右の拳を強く握りしめ頭上に掲げる。そのまま全力でナイフの柄に振り下ろした。ナイフはグッと下がり、刃先が触媒の首元に触れるか触れないかの瀬戸際で止まった。

オォォという気合いの声と共に、再び右手を上から振り下ろす。うっすらと青く光るナイフの刃は触媒の首にざっくりと突き刺さった。



その瞬間、雷鳴の様な大きな音が聞こえ、辺りは急に暗くなった。そして一瞬の静寂が訪れる。


再び爆音が聞こえ、周囲は何も見えないほど白く明るく照らし出された。瓦礫が崩れる音だろうか。他に何も聞こえないほどの音が鳴り響く中、天井の石が端から空高く吹き飛んでゆく。上空にはあったはずの教会は粉々になって飛び去り、赤い空の割れ目から差し込む白い光の中に吸い込まれていく。

空の赤色にはたくさんの亀裂が入っている。まるで巨大な赤いテントが切り刻まれ、外から陽の光が入り込んでくるかのようだった。


足元の石もバラバラと消え去り、自分が落下しているのか、もしくは空へ吸い込まれているのかわからなかった。


目の前の触媒からは赤黒い煙のような何かが噴き出て、散っていく。気のせいかも知れないが、その煙はいくつもの苦悶の顔の様に見えた。


触媒は足から黒いすすの様にバラバラに分散して消えていく。触媒から噴き出る煙が少なくなり、共にナイフを握るレベッカの姿が見えた。

驚いた様子で周囲を見渡している彼女と目が合う。何かを伝えようと口を動かしているが、崩壊の音に掻き消され何も聞こえない。自分も何か伝えようと、握っている手に力を込めた。

レベッカが同じように力を込めるのを感じる。


自分の腕の傷口から白い煙があがっていた。体を見ると複数箇所から煙が出ている。驚きレベッカを見ると、彼女は足からどんどんと煙のように消えてゆく。だがその顔は穏やかに笑っていた。

そしてあっという間にその笑顔も白いもやとなって目の前で消え去ってしまった。




周囲のものはほとんど無くなり、ほぼ全てが真っ白な世界になった。ふと見上げると、遠く彼方に番人の怪物がこちらへ向かおうとしているのが見えたが、程なくして黒い塵になって消えた。




光に包まれ意識が遠のいていく。

体の感覚もない。

何も見えないし、何も聞こえない。


全てが真っ白になった。

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