第27話 怪物の追走
番人が歩いてきた方向に向かい、霧の中を進む。周囲の音に集中しながら、自分達も極力音を立てないようにゆっくりと進んだ。
恐怖や過度の集中からか、時間や距離の間隔が無くなり始めた頃、前方から水のせせらぎが聞こえてきた。音の方へ進むとそこには川があった。流れは穏やかだが、水が黒ずんでおり深さはわからない。向こう岸までは3mほどで渡れなくは無いだろう。
この黒い川に顔をつけたり飲み込んでしまったら何が起こるかわからない。細心の注意を払いながら足を踏み入れる。
右手にはツルハシを逆さまに持ち、左手はレベッカの手を握っていた。川の深さは腰が浸かるほどで、流れが緩やかとはいえ、油断すると転んでしまいそうだった。
どうにか転ぶこともなく対岸に渡り、沼地に足を踏み入れる。川を振り返り、デジャブのような感覚に陥る。そして直ぐに思い出した。霧がかった湿地と黒い川。それは初めてこの世界を覗き見て、教会を目撃した時に見た光景とそっくりだった。
「教会はこの近くにあります」
確信を持って進む自分の後ろをレベッカが付いてくる。そして間も無く、あの教会を見つけた。
霧の中に、石を積み上げてできた教会が姿を現した。2階部分は崩れ、そして塔の
「ここで間違いありません」
教会へ近づこうとした時、レベッカに手を引かれ止められる。
「誰かに見られている気がする」
周囲を見渡すが、誰も見えない。
「あの番人の事でしょうか」
「いや、多分違う。あの教会から気配を感じる」
教会を見るが何も見当たらない。
「神に見張られているのかもしれません。注意していきましょう」
教会に近づくにつれて、突き刺さるような何かの気配を感じる。近づいてはいけない。その本能に
見えてきた入り口の扉は崩れており、右の扉がなく、左の扉は斜めに倒れ掛かっていた。
なんとか教会の入り口まで辿り着いた時、疲労は極限に達していた。胃が痙攣し、呼吸が浅くなっている。
「きっともう少しです」
レベッカの手を握り、目を合わせる。彼女も、いつの間にか顔がやつれ、目元は見たこともない程のクマが出来ていた。
2人で崩れた入り口を
その直後、ガァァっという轟音が外から聞こえる。初めて聞く音ではあるが、あの怪物の
「こっちです」
レベッカの手を引き、目の前にあった階段を駆け上がる。ドドッ、ドドッという足音はあっという間に教会に近づいてくる。2階に上がり、崩れた部屋を探すと、廊下に差し込む光が見えた。レベッカを引っぱり走り、部屋に飛び込む。
そこは間違いなく、あの黒い影が立っていた場所だった。しかしこの空間には何も置かれていない。自分の予想が空振りに終わり
再び咆哮が聞こえた直後、石に何かが激突したような音が聞こえると同時に、自分たちの立っている足場が崩れる。落下する瓦礫の隙間からそれは見えた。
顔も体も細長く、一見ボルゾイのような姿だった。尻尾が異常に長く、伸びた体毛は茶色く、濡れて液体を
落下し地面に体が叩きつけられる直前、怪物の体の周りの空間が歪んで見えた。
背中に強い衝撃を感じる。息が止まり、一瞬で気を失った。
ガバッと起き上がり目を開ける。そこは再び真っ暗な病院のベッドだった。
鼻についている器具と左腕の点滴を引き抜き、ベッドから立ち上がる。壁に手をつきながら、ふらつく体を支え、部屋の入り口から廊下を覗く。
何も音は聞こえないが、確信していた。
番人がいる。
部屋を出て右側の廊下は左右に扉が並び、奥は暗くてどこまで続いているか見えない。左側は廊下を明るく照らすナースステーションと、奥にエレベーターが見えた。
エレベーターに乗れば直ぐに外に辿り着けるはず。だが看護師に見つかれば、外へは出してもらえず、揉めている間に番人が来てしまうかも知れない。
もう一度右手を見ると、20mほど先に階段の明かりが見えた。
そっと音を立てずに廊下を進む。壁際に沿って、ゆっくりと階段まで進んだ。階段は上下に伸びている。奴の気配を感じるが、上か下かわからない。下りるべきだが、怪物の重圧で1歩も進めない。
再び廊下を見る。暗い廊下の奥にも非常階段の明かりがぼんやりと見える。本能に従い、階段から離れ、暗い廊下をゆっくりと進んだ。
非常階段の入り口が見えてきた時、背後からシューっと息を吐くような音が聞こえる。振り返ると、先程いた階段から廊下に向かって伸びる明かりに大きな影が揺らいでいる。そしてゆっくりとその体が姿を現した。赤く光る4つの目は遠くからでもはっきりと見える。
見つからないよう静かにその場から後ずさり、非常階段へ近づく。しかし期待とは裏腹に、怪物はゴォっと1度唸り声をあげ、こちらに向かって駆け出した。
急いで非常階段へ駆け込む。そして重い鉄の扉を目一杯の力で閉めた。
非常階段は真ん中に吹き抜けがあり、白く綺麗な階段だった。理由は無いが咄嗟に登り階段を駆け上がる。最初の踊り場まで来た時に、鉄の扉に何かが激突したような轟音が聞こえる。振り返ると、扉は真ん中から、くの字に歪み今にも外れそうだった。
夢中で駆け上がると、そこには屋上に繋がる扉があり南京錠がかけられていた。急いで壁際にあった消火器を手に取る。再び爆発音に似た音が聞こえた。その様子から鉄の扉が音を立てて階下に落下したのであろう。
消火器で南京錠を叩き壊し、すぐに階段の吹き抜けから投げ落とした。落下する消火器は、3階下の手すりに当たり、大きな音を響かせながら階段を転がっている。
音に反応し、怪物の息遣いと足音が階下に遠ざかる。音が聞こえなくなったのを確認して、静かに屋上の扉を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます