第26話 決断
救世主。1度目に言われた時とは全く違う、司祭の願いの様なものを感じた。
高すぎる壁を前にして現実逃避していた、それがこの男なのだろう。だがそこに至るまでに何度も助かる道を考えていたに違いない。その恐怖と絶望感に共感してしまい、思いがけずこの男に同情していた。
だからこそ思うことはある。
「何故、スクローを焼いたんです」
自分の言葉に反応し、レベッカの拳が強く握られるのが見えた。
「誤解するな。我々があんな事出来る力はもう無い。言った通りだ。マルダの連中が新しい世界を構築する儀に取り掛かっているんだ」
「関係ないと言うんですか」
「端的に言えばそうだ。あと数日もすればマルダも同じ運命を辿り、神の供物になるだろう。経典の通りだ。『人は神に捧げられる』んだよ」
経典を思い出し、
人は何かを神に捧げるのではなく、人を神に捧げるという意味なのだ。
「その前に触媒を破壊したら何か変わると思いますか」
「神が作り出す世界が変わるだろうな。より大きな世界を作ろうと貯めたエネルギーが無くなっちまうんだ。世界が作れなくなるか、しょぼい世界になるんだろう」
「私達はどう変わる」
覇気のない声でレベッカが呟く。
「この世界に住む私たちは変わらないだろう。消え去るだけさ」
改めて突き付けられた絶望的な運命にただ立ち尽くしていた。レベッカも同じだろう。
暫く、沈黙が続いた。
「さあわかったろう、レベッカ。もう無駄な足掻きなんぞやめて最期を楽しもうじゃないか」
殴るなり暴言を吐くなりして欲しかった。レベッカは何も反応せずにキッチンの方へ行ってしまった。
ここに来て闘う目的がわからなくなってしまった。触媒を破壊して何になる。元の世界に帰れる保証も無い。そもそも自分はこの世界から帰りたいのだろうか。記憶も朧げな元の世界に未練があるのか。生き延びるため、自分のため、レベッカのためか。
じわじわと痛む右腕を見ながら延々と考え続けた。
気がつけば、司祭の家の椅子で眠っていた。窓から差し込む日差しが、朝を迎えたことを告げている。見渡すと、司祭は縛られたままグッタリと眠っている。
部屋を歩いて探すがレベッカが見当たらない。慌てて外に出ると、家の前の柵に腰掛け、太陽を見つめる彼女がいた。ゆっくりと歩いて近づく。
「あんたは赤いって言うけど、私はこの朝日が好きなんだよ」
レベッカの視線を追い、朝日を見つめた。それは赤く、遮る雲もないのに暗く感じる。
「私は自分がどうしたいのかわからない。突然世界が無くなるなんて言われても理解できない」
淡々と語るレベッカを静かに見つめた。
「あんたが言う別の世界ってのが本当にあるのかは知らないけど、そんな所に行けるとも思えない」
「だけど死んだり消えてなくなるくらいなら、やれることはやってみるよ」
「あんた、いつの間にか救世主になったんだろ。だったら私のことも救ってくれよ」
笑顔を見せたレベッカに、笑って返した。
自分の中に1つの希望的仮説があった。それは彼女も含め、根っからのこの世界の住人はいないのでは無いかということだ。自分はある共通点に違和感を感じていた。それは家族と暮らしている人間がいなかった事だ。
彼女が子供の頃にこの世界に迷い込んだとしたら。元の記憶が失われていくことも考えると、十分あり得るのではないか。
これから先、どうなるかわからない。絶望的な状況に思えるが彼女の言葉通り、やれることはやってみようと思った。
「一緒に行きましょう」
手を差し出すと、彼女は手を握り子供のように柵から飛び降りた。
教会の西へ進んだ。どんどんと道は
逸れないよう注意しながら前へ進む。ついに道らしい道もなくなり、どこへ進んだら良いかの指標を失った。
「これじゃあどこに教会があるのかわかりゃしないね。どこかで霧が晴れるのを待つかい」
「そうですね。少し戻ったところに倒木があったので、そこで休みましょうか」
元来た道を戻り始めた時、ゴォゴォという音が遠くから聞こえる。音の方向は進もうとしていた方角と近い。何かを擦るようにも聞こえるし、渓谷を通り過ぎる強風の音のようにも聞こえる。
2人で目を合わせ、音のする方を注視した。音は段々近づいている様に感じる。そして、それとは別にザバ、ザバっという水の様な音も聞こえてきた。手で屈むよう伝え、自分もその場にしゃがんだ。
どんどん音は近づいてくる。袖を引っ張られチラッと振り返ると、レベッカは
高さは1.5m程度に見えるが、体長は3m近くあり、ライオンやトラよりも明らかに大きい。姿こそ見えないものの、神の使いと呼ばれた犬の悪魔で間違い無いだろうと確信していた。
それは、自分たちの前を左側へゆっくりと横切っていく。距離は10mも離れていない。もし犬のような嗅覚があるのならばあっという間に気が付かれているだろう。だが幸い、何事もなくそれは通り過ぎていった。
遠く離れ音が聞こえなくなってから、やっとその場を立ち上がった。未だに恐怖で胃がひっくり返りそうだった。
「あれが番人じゃ太刀打ち出来ないな」
「ですが教会が近い証拠です。進みましょう」
拳を強く握りしめ、恐怖を押し殺しながら答える。覚悟を決めた表情のレベッカも黙って頷いた。
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