異世界転移が思ってたのと違うし怖過ぎた

毛布 巻男

第1部 THE RED WORLD

第1話 異世界の片鱗

22時半を過ぎ、ようやく会社という名の収容施設から解放された。蒸し暑い夏の夜を鬱陶しく感じながら無意識に駅へと歩みを進める。

得意だと思っていたプログラミングを生かしエンジニアとして華々しく生きようと息巻いていた10年前には全く想像も出来なかったような、やり甲斐の無い仕事を毎日黙々と続けている。詰まるところ会社で生きるという事は、社内政治に強くある必要があると気がついたのは数年前。既に昇進の目もなく、かといって社外に出ても強みも持たない手遅れに近い状態だった。多少の残業代が出ても年々増える社会保険料で一人暮らしの生活でさえ裕福にまかなえないほどである。そしてなんと言っても、人生に華がないと感じるのは、もう30代半ばになるのに彼女すらいたことがないことだ。一体何のために生きているのか、こんな人生がいつまで続くのかと、1人の時間に延々と考えることが癖になっていた。そんな自分のささやかな楽しみといえば帰りの電車で読む、カクヨムの転生物の小説くらいなものだった。

きっと他の多くの読者も願っている様に、自分も転生、転移して異世界でチート生活を送りたいと願ってやまなかった。


電車の暴力的なまでの冷房と、束の間の小説の世界を堪能し、あっという間に乗り換え駅に着いた。夕食をどうするか考えながらホームでぼけっと立ち尽くしていると、急行電車が通過するとのアナウンスが聞こえる。何の気無しに電車を見ると、高速で移動する電車の中に黒い人型の影が留まって見えた。その影の目と口は真っ赤でこちらをじっと見ている様に見える。ドキッとして思わず持っていたスマホを地面に落としてしまった。

落ちたスマホを目で追い、再び前に目を向けると電車は通過した後で、影も何も残っていなかった。スマホの画面が割れている。拾いながら深いため息をついた。



食べ慣れたコンビニの惣菜の袋を台所のゴミ箱に投げ入れ布団に横になった。効きの悪い冷房で深夜にも関わらずジメジメして暑苦しい。格安1DKの我が家は坂道沿いに建つボロアパートの半地下の部屋で、陰気な住人たちの体温や負のエネルギーが集まってきているようにも感じていた。

せめて気分だけは紛らわせようと、帰りに読んだ小説の中で出てきたファンタジーの世界を思い浮かべる。雄大な草原と美男美女の仲間たち。綺麗な王宮の先の澄んだ青空の彼方にはドラゴンが飛んでいる。目をつむり空想の世界をまぶたの裏に映しながら段々と意識がぼやけてくる。



王宮のわきに続く城下町の左手には森が見える。その森を滑るように奥まで進んでいく。辺りが段々暗くなり、木々が軋む音と唸り声のような風の音だけが聞こえている。そのまま歩き続け、森を抜けた先には朽ちた教会が建っていた。石を積み上げてできたその教会の天辺てっぺんには赤い三角の旗がはためいている。気付くといつのまにか足元はべちゃべちゃな沼地になっていた。

ふと抜けてきた森を振り返るがそこに森はなく、霧がかった湿地と黒い川が見えるだけだった。夕焼けなのか朝焼けなのかわからない気味の悪い赤みがかった空はやけに近く感じ、その閉鎖感と沼から漂う腐臭とが合わさり吐き気を催した。

口を抑えて何とか我慢しながら、教会に目を向けてゾッとした。崩れた教会の2階部分から、先程急行電車の中に見た黒い影が、こちらを見ている。ホームで見た時と同じ赤い目と口であったが、1つだけ異なる点があった。赤い表情は満面の笑みでこちらを見ていた。


パッと目が覚める。その瞬間、こらえられない吐き気を催しわきにあったゴミ箱へ嘔吐した。

全身に油汗をかいており着ていた服がべっとりと体にへばりついている。気味の悪い夢を見てしまった。時計を見ると4時過ぎを示していた。まだ起きる時間には早過ぎるが、すぐに寝付けるような状況でもなかったのでシャワーを浴びた。160時間を超える残業で心身共に疲れているのかもしれない。汗と合わせて、夢で感じた嫌な感覚と日頃の疲れもシャワーが洗い流してくれるイメージで頭から水を浴びた。暫くすると頭も冴え、体も冷却されスッキリした気持ちになった。


こんな日はこのまま起きてしまった方が良いと思い、朝活という名目でWEB小説の読書を行い、いつもより早く会社へ向かった。

いつもとリズムが違ったからか、仕事もシャキシャキとこなし効率的な1日を過ごせたように感じた。定時はとうに超えてはいたものの、20時前に退勤出来てウキウキな気分で帰路に着いた。久々にと思い、コンビニでベーコンとポテトのつまみを買い1人晩酌でビールを流し込んだ。



藁が積み上げられたうまやの様な小屋といつの時代の物がわからないような木造の家が見えた。相変わらず辺りは薄暗く、赤橙あかだいだい色の空が気味悪くこちらを見下ろしている。

周辺は腰よりも高い草木が生い茂り、土を踏み均しただけの道以外は歩くことは出来なそうだった。道を少し進むと、小さな集落の様に木造の家が立ち並んでいる場所に着いた。数軒の家の先には十字路があり角には西部劇で見るような酒場が立っていた。

酒場からは明かりが漏れ人の気配がするので、近づいてみると酒場を過ぎた更に先の通りにポツンと置かれた雨ざらしの木のテーブルが見えた。やけに目を引くそのテーブルの上に丸いものが3つ並んでいる。ゆっくりと近づきながら並んでいる物を確かめる。そして置かれているものの正体がわかり目を凝らしたことを後悔した。それは人間の生首だった。



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