第七話 偉「大」ナル「鳳」凰二栄光アレ 其の弐

幽霊戦艦大和は沈黙の海を進んでいた。

濃霧は気づけばこの海域周辺にかかりこみ、紅く変色してゆく。

晴天の空が紅い霧で霞んでいく。


「か、帰ってきた……の?」

琴葉は信じられない光景を前に、一言だけその言葉を残した。


「と、ともかく!直ちに本土に通達をして!そして大和にあらゆる方法を使って通信を!」


「了解しました!」


大鳳の通信長は通信兵に命令をし、本土と大和への通達を試みる。

その時、錆びれた機械が動くが如く音を鳴らしながら大和の第一砲塔と第二砲塔がゆっくりと、動く。

そして……。


咆哮のような轟音が主砲から放たれた。


「や、大和発砲!砲弾此方にきます!」


「「なんだと!?」」

琴葉と莉奈の言葉が被る。

なんだ!?味方じゃないのか!?


「総員、衝撃に備えよ!」

琴葉は無線を使い、艦全体に声が響き渡る。

大鳳の艦首の飛行甲に破片が一発、左舷に三発と大和の砲弾があたり、二本の水柱があがる。


「……くッ!被害は!?」


「甲板中央付近に破片が1発、左舷に3発命中。装甲の被害は少ないものの浸水が一部発生。甲板は小破しましたが艦載機着艦発艦については問題ないかと……」


「艦長!大和に通信を行っても返信はおろか、砂嵐の音声がつづいて、話になりません!そして本土への通信が謎の周波数に遮断されています!恐らく紅い霧の影響かと……」


「なんですって!?」

座り込んでいた莉奈は飛び起きるように立ち上がる。


立て続けに伝声管を伝って続く不運の報告に、琴葉の幼く可愛らしい顔は歯を噛み締めがら少し焦りの顔を表す。


なんで?何故大和は攻撃してきたの?

我々が敵だとでも思っているの?いや、旭日旗はつけている。

長年の間に何があったの?もし、このまま攻撃をされた場合、下手すると負傷者や死者が出る……陸軍の者達にも迷惑をかけてしまう……。


そして決断をする。


「……これより大和を反乱艦とみなし、攻撃を開始する。直ぐに艦載機の発艦準備をせよ!櫻龍おうりゅう航空隊にはこれが最後の仕事だともな!」


櫻龍航空隊。

信濃の天翠航空隊と同じく空母大鳳専属の航空隊である。

居なくなった天翠航空隊の次に優れた人材が集っている航空隊であり、大日本帝国が誇る航空隊の一つだ。


大鳳に搭載された航空機は以下の通りである。


零式艦上(爆撃)戦闘機六ニ型10機、艦上戦闘機烈風10機、艦上爆撃機彗星一一型18機、艦上攻撃機天山一二型13機、偵察機彩雲3機。

計54機である。 


爆戦として零戦六ニ型を搭載した理由は、正規我々の世界線では神風特攻隊の為に開発されたが、空母が主力となっていくこの時代、急降下爆撃ができる飛行機と雷撃が行える飛行機が必須だと考えていた。 


その為、爆撃機が全機撃墜された場合、艦攻機が撃墜された場合かなり不利になる。

しかし戦闘機を爆装すれば、爆撃機の代わりになるのだ。


現に我々の世界では、空母赤城、加賀、蒼龍、飛龍は主に急降下爆撃により撃沈している。因みにこの世界の一航戦ニ航戦は健在だ。

 

確か大和は最大ノット27……大鳳の方が速いな。

大鳳の最大速力は33ノット、大和より6ノット速い。


「航海長!針路を右に!大和と真反対にして!」


「分かりました。おも〜か〜じ!」


『おも〜か〜じ!』


大鳳は大和と真反対となる方向へ最大戦速で進む。

琴葉は無線機をとり、大鳳についていた六隻に、艦隊命令を出す。


「各艦に通達。こちらは空母大鳳艦長、高橋琴葉だ。各艦長に協力を頼みたい。現在、戦艦大和と思われる艦により、攻撃を受け、今は懸命に修復作業を行っている。大鳳はこれより戦艦大和を反乱艦とみなし、攻撃を実行する。各艦も砲撃、雷撃を頼みたい」


六隻の了承の返事がすぐ返ってきた。

そして、その間に発艦準備を終わらせていた大鳳の艦載機が、飛び立つのを今か今かとエンジン音をならしながら待っていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


後ろ側のエレベーターから、六ニ型零戦が続々と現れる。

そして、一通り甲板上に艦攻機、爆撃機、戦闘機が集まると、発艦許可が降り、次々と飛び去って行く。





その頃、巡洋艦四万十及び吾妻、島風、吹雪、北風、伊400は14隻の駆逐艦に対し攻撃を行っていた。

四万十に恐らく白露型駆逐艦と思われる駆逐艦から魚雷が発射され迫る。

四万十艦長藤澤ふじざわ 幸人ゆきとは指揮をとる。


「まずは魚雷をとにかく躱し駆逐艦を殲滅しろ!14隻駆逐艦がいる以上、まずは避けながら距離を詰めろ!射程に入り次第主砲と魚雷で撃沈せよ!面舵いっぱい!!急げ!」

幸人は伝声管に叫ぶ。


『お〜もか〜じいっぱ〜い、いそ〜げ〜』


四万十が駆逐艦の左舷中央に真っ直ぐになるように針路を向ける。そして砲撃を開始する。


爆発のような砲撃音と共に六つの砲弾が、駆逐艦に命中する。

そしてあらかじめ蒔いておいた魚雷二つが左舷中央に命中し、駆逐艦は膨れ上がるように爆発した。


駆逐艦からは酷いほどの赤黒い血が噴き出る。

その光景は吐き気を覚えるほどに残酷だった。

海が赤に染まっていく。


四万十のスクリュー付近に一つの魚雷が当たる。

地震のように艦内が揺れ、乗組員は近くにある手すりや柱につかまる。


「くッ……!被害は!?」


電話で機関班から状況報告を受ける。

幸人は副艦長高林たかばやし 和彦かずひこと共に状況を聞く。


「左舷全スクリューと舵に直撃!舵、及び左舷スクリュー全損!速力が大幅に低下、現在9ノット!舵、スクリューの損傷は酷く、修復不能!」


「チッ!してやられた。主砲全門付近にいる駆逐艦全艦に撃ちまくれ!航空機がいない今が勝負所だ!生きて帰りたくば打ちまくれ!」


四万十の計六基十八門の主砲15.5インチ砲が一斉に火を吹く。

魚雷も撃てる限り撃ち放つ。


だが、この海域はすでに魚雷地獄であった。

計約50本に及ぶ魚雷が海を漂うフカの如く泳ぎ回る。


四万十が放った魚雷が魚雷と打つかり合い、間一髪四万十は魚雷を避けられていた。

だが、今はほぼ只の止まっている的。

四万十に15本の魚雷が迫る。


その時。


吾妻の高射砲が一本の魚雷に命中し、爆散する。

他の魚雷が近くにまとまっていたため、誘爆してギリギリの所で四万十は命拾いした。


「茂艦長!」

幸人が歓喜の声をあげる。


吾妻を指揮する艦長は西山にしやま しげる




「よかった!間に合った!」

防空指揮所にいる茂も安心したように呟いた。


「四万十を守りながら駆逐艦を殲滅しろ!超巡洋艦の力を見せてやれ!」


超巡洋艦吾妻。

その艦影は大和に酷似しており、大和が小さくなったようなものである。戦艦のようだが巡洋艦、主砲火力は戦艦級!


31インチ三連装砲三基九門が一斉に火を吹く。

駆逐艦が次々と爆散してゆく。

残り駆逐艦9隻。

だが、吾妻も何時までも絶好調というわけでもない。

爆散した駆逐艦は血と同時に紅く鉄の破片を飛ばす。


ボイラーの破片だろうか。

陽炎が周りに漂う。


吾妻の第三砲塔に直撃した。

主砲は真っ二つに裂け、火が回る。


伝声管から声が聞こえる

「第三砲塔大破!旋回及び発砲不能!弾薬庫に火災発生!現在消化作業中!」


「まだだ!最後まで諦めるな!」


「か、艦長!」


副艦長栗原くりはら まことが防空指揮所にあがり声をかけた。


「敵駆逐艦から無線で通信があったと…!」


「何!?」


茂は艦橋内に戻り無線機を手に取った。


「……ナ……ゼ。ナゼ我々ヲ見捨テタ……」


掠れ、その声は機械から流れる高い音や低い音を多重にかけ、無理矢理声に似せているようなものだった。


「見捨てた?何のことだ?!何故我々を攻撃する!?」


「ワカラナイ、何モカモ……見エナイ……見エナインダ……タス、ケ……ピーーーーー」


「おい!応答しろ!おい!」


幾ら待っても無機質な機械音が無線機からは鳴り続けていた。

その時艦が揺れる。


「何だ!?」


「魚雷が右舷艦首付近に命中!一部浸水発生!浸水被害深刻!」


吾妻は、我々の世界の戦艦武蔵のように艦首が海面に落ちてゆく。茂は歯を食いしばる。


「クソッ……!第一第二砲塔!目の前の駆逐艦に標準合わせ!」


目の前に居る駆逐艦に主砲が標準を合わせる。

そして砲弾を装填する。


「悪足掻きだ……主砲、撃ててぇーー!!」


爆発音が海域近辺に鳴り響く。

駆逐艦に見事命中したが、吾妻は第一砲塔付近まで浸水し、航行不能になるまでの被害を、四万十は魚雷が左舷に命中し、傾いていた。

茂は無線機を取る。


「大鳳へ、こちら吾妻、現在航行不能。琴葉艦長、一段落ついたら出来れば内火艇を出して貰いたい。魚雷が次々と蒔かれている以上、海に飛び込む事もできない。四万十も同じだ。どうか……頼む」



駆逐艦三隻はその機動力を生かし、魚雷と砲撃を見事避けながら他の駆逐艦を撃滅してゆく。

雷撃雷撃雷撃。

しかし、もう魚雷は底を尽きようとしていた。

だがしかし駆逐艦を全て轟沈させることに成功した。

残るは幽霊戦艦大和。


その禍々しく忌々しい姿は語る。


「我二血ヲ寄越セ」……と。


「今コソ復讐ノ時」……と。


「海底ノ冷タサヲソノ身二刻厶」……と。

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