第四話 別世界という確信

現在大和は内火艇を出し、海賊船団の生存者を捕虜として捕獲するため捜索している。その景色は、元からその様な船団など居ないかのような景色だった。


大和乗組員の者達も改めて戦の醜さ残酷を知ったことだろう。皆が息を呑む。

捜索をした結果、既に30隻もの帆船は沈み、あるのは浮遊する衣類や空箱、そして溺死した死体、破壊された帆船の船体の木材であった。


だが、その時。


「お!隊長、あそこに木に掴まってる少女が二人居ます!」


「何!?」


一人の捜索隊員が二人の少女を発見した。

人、なのだろうか?水に濡れ、ビチャビチャな黒髪には犬のような耳がついてある。ボロボロな濡れた白いワンピースの後腰辺りには尻尾がある。

捜索隊員達は不思議に思いながらも、意識があるかを確認する。


「おい、大丈夫か?」


「み……水……」


「水か!分かった!」

捜索隊員の一人は、内火艇に置いてあった自分の水筒を取り、コップに入れて渡す。

だが、それを少女は拒んだ。


「い……妹、に……」

少女は左に居るもう一人の少女の方を指さした。


「大丈夫だ!君の分の水はある。まぁ、島にあるかでこの先は決まるが……」

隊員は小さな声で不安を呟いた。


現世でも、大和含め大抵の艦船の水問題は深刻であった。

乗組員は風呂にもろくに入れず、水も最低限である。

だがしかし、元乗組員の証言によると、上官などは幾らでも飲めたと言う。


現代では問題どころでは済まない。


この世界線もそれは同様で、それに加え現在は水の確保が確実では無いのだ。


左の少女に水が、入ったコップを渡す。

少女は一気に飲み干し、深呼吸を何度も繰り返す。

そして同じコップに水を入れ、姉と思われる少女にコップを渡した。左にいた妹の少女と同様に一気に飲み干す。

そして。


「あ、ありがとう……ございます」

少女は少し過呼吸になりながらも、感謝を述べた。


「感謝なら艦長に申せ。艦長の命がなければ此処には居ないからな」


艦長とは、艦の最高責任者であり、命令をする指揮統率者である。もし艦の方向を変える場合でも、艦長に一度聞き、了承をもらわなければ動かすことは出来ない。

翔は、捕虜確保の行動に大和の燃料も、乗組員の体力も使うことを承知の上で命令した。


燃料の無駄遣いかもしれない。だが、この行動は最善だったのかもしれない。


もう生存者は居ないと思った捜索隊は、内火艇にのり大和に戻る。探索隊に当てられた乗組員達と二人の少女は甲板にあがり、一部の作業員は内火艇を格納する。

二人の少女は大和の艦橋を見て唖然とする。


この感覚は……「美しい」だろうか?いや、かっこいい、幻想的、神秘的?

二人の少女の心のなかで、「大和」の存在は膨れ上がった。

胸の何処かで、大和に思う感情と感覚を、一つに絞ろうとしてもしきれないほど、「芸術」や「風格」からの情報量が脳内と心のなかに流れ込む。


姉の少女が掠れた可愛らしい声で一人の乗組員に問うた。


「これは、一体なんです?」 

落ち着いているような小さくか弱い声だ。


「これは戦艦と言うものだ。戦うんだよこれで。そして俺たちを守ってくれる」


姉の少女はボーッっと大和の端から端までゆっくりと見渡す。


「このふねに名はあるのですか?」


乗組員は自慢げに答えた。


「あぁ!我等が大日本帝国、日本国を表す「大和」という名がつけられている!」


「やまと……」


妹の少女はキャッキャっと笑いながら「すごい!大きい!」などという言葉を放っている。それを姉の少女は微笑み「すごいね〜!」っと返す。


そこに、一人の男が現れた。

白い服を着た男が歩いてくる。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


俺は艦橋にて生存者の報告を待っていた。

少しは生きているといいが……。


そこに、一人の乗組員、捜索隊隊長となった分隊長はら 瑛太えいたが生存者確認の報告をしに第一艦橋を上る。

彼は幾つもある分隊のなかでも優秀なため任されている。


「艦長!結果報告を致します。二人の少女を捕虜として捕獲、その他生存者は確認出来ませんでした」


俺は少し寂しくなったような気がした。

平和ボケか?全く……軍人たるもの、敵に情は無用だ。

俺は自分にそう言い聞かせる。


「……分かった。ともかくその少女の所へ向うとする」


そして俺は瑛太から聞いた少女達が今居る場所、左舷の対空兵装を備えている場所に向かった。 


少し遠くから見えた。

そこには大和を見上げている小柄な少女が二人居た。

初めて見るだろう。ここまで大きな艦船は……。


俺は心のなかにあった大和艦長という誇りが高ぶった。


そこにいた乗組員全員が俺に敬礼をする。

俺も歩きながら敬礼をして返した。


「申し訳ありません艦長、我々はこれにて」


「あぁ」


乗組員達は自分の持ち場に戻るべく走り去る。

近くで見ると、その二人の少女の顔はどちらとも可愛らしい顔だった。


そして、二人の少女に声をかけた。

「私は、連合艦隊所属日本やまと艦隊旗艦、戦艦大和艦長藤野翔だ」


姉の少女は知っていたのか、敬礼をする。

妹の少女は頭を傾げながらゆるい敬礼をする。

見様見真似でやってみたのだろう。

すると、さっきまであった愛おしい少女の空気感はなくなり、一人の姫のような風格を纏った。


「この度は我々を助けてくださりお詫び申し上げます。私の名前は「カスミ」、此方の妹は「ソヨカ」と言う名でございます。どうかよしなに……」

手を前で組み、俺の目を見る。

カスミはゆっくりとお辞儀をして体を起こした。


……すごい。昔の武将の姫君みたいだ……。

その挨拶のやり方は、時代劇で見たような挨拶の仕方だった。

美しく礼儀が正しい。

俺は、捜索隊のそもそもの目的だった事を質問した。


「君達に一つ聞きたいことがある。この世界に大日本帝国と言う国は存在しているか?」


カスミは頭の上にハテナマークを浮かべたような表情で答えた。


「はて……その様な御国は聞いたことがございません」


そうか……。

ここで、ハッキリと断言出来る事があった。 


一つ、あの海賊だと思われる者達はアメリカの海賊ではなく、別の国の海賊。


二つ、我々は確実に燃料補給がままならない。


そして……三つ、別世界にやって来たのだ。


俺は少し寂しげな顔を帽子のつばで隠す。

翔は艦長だ。艦長故に責任は重い。

今、その翔の艦長魂の決断力が試される時なのだ。


「情報提供感謝する。君達には捕虜という事で、暫くの間我々の手助けをしてもらいたい。この辺りの海域の地図が未だ其処まで完成していないのと、この世界の事について少し教えて欲しい」


カスミは目をつむり答える。


「承知しました。ですが、一つお願いという形で聞いてもらうことはいたしかねますでしょうか?」


お願い……?

俺は少し考えた後口を開く。


「物によっては良いでしょう。で、どの様なお願いですかな?」


カスミは頭を下げる。

そして顔を上げその願いを翔に頼んだ。


「我等の祖国、「月灯ツキビ」まで何時しか送ってもらえませんでしょうか……」


そんな事か。

元々は情報とか聞き出したら返すつもりだったし、変わりはない。

翔はその願いを承諾した。


「分かった。その「願い」を約束しよう」


「お礼申し上げます」


その時、カスミの手を繋いでいたソヨカが飛び跳ねながら駄々をこねた。


「ねぇお姉ちゃんお腹減ったー!」


ソヨカに礼儀など関係ない。

無邪気にただ駄々をこねた。

それもそのはず、まだカスミより3つ下の8歳であるからだ。

それに、すぐさま食べ物に食らいつきたい気持ちも姉は理解していた。


貿易船に間違えて乗ってしまった二人。しかし貿易船は運悪く海賊に襲われた。二人は捕らえられ、ロクな食べ物を与えてもらえず1日が過ぎていた。海賊の宴は一晩中続いた。

そのためロクに睡眠もとれていない。


「こら!母上の教えを聞いてなかったの?身内以外の前でその様なことは……」


カスミがソヨカを叱る。

それにソヨカは「だってー」っと言い訳をする。

俺は早めの晩食として貰っていた二つのおにぎりの事を思い出しポケットから取り出した。


「ほら、これをやるから、お姉ちゃんを困らせるんじゃないぞー!」


俺はしゃがみソヨカに一つのおにぎりを手渡す。

そして頭を撫でる。


「うん!」


ソヨカは少し照れくさそうに笑いながら、子供らしい元気の良い返事をする。

そしてカスミにももう一つのおにぎりを手渡した。


「安心しろ、お前達を酷くは扱わない」


俺はカスミを励ますように言葉を放つ。

カスミは嬉しさと恥ずかしさのあまり意識していた「礼儀」を忘れ、ただただ、一回頷いた。


カスミにある行動の選択肢の中で、何故かその選択肢しかなかった。そうするしかなかったのだ。

頬を赤らめているのが少し見えた。  


「なにこれ!なんか赤いの入ってる!でも美味しい!」

ソヨカは頬に米粒を引っ付けながら太陽のような笑顔をする。


「そうだね!」

カスミも笑顔でソヨカの顔を見た。


「所で……この耳はなんだ?」


俺はさっきからちょくちょく気になっていたカスミやソヨカについている犬のような尻尾と耳の中で、耳に手を伸ばした。


「ひゃん!?」


モフッっと、心地よい触り心地のカスミの耳に触れた瞬間ビクッ!っと体をはねらせて瞬時にしゃがみ、耳を手で隠す。

そして反射的に食べさしのおにぎりを空へ飛ばした。


「あぁ!お姉ちゃんの!」

それをソヨカは見事キャッチする。


「な、ななな……何をするんですか!?」

声がする足元を見ると両手で耳を抑え隠し、頭からは湯気がでていて、顔を赤らめ涙目のカスミが居た。


「す、すまない!ちょっとした出来心で……」 

俺は直ぐ謝罪をした。


少し俺が耳を触った事でちょっとしたハプニングが起きたが、二人の少女には今空き室の参謀長公室に居てもらう事にした。

捕虜として扱っている者、しかも海軍の階級を持っていない一般人を参謀長公室に入れるのはどうかとも思い、成斗も俺に聞いてきた。

だが、捕虜となっているが貴重なこの世界の情報を持っている。なので資料などを片付け椅子と机だけの状態で過ごしてもらう事にした。


これから大和は、武蔵と信濃と合流するべく、目標の島に向う。

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