第34話 マニクールの一室から

 目の前にセックスをしている男女がいる。

 なのに、俺は全く高揚していない。たぶん自宅で寝ている俺の本体は、それなりにおっ勃っているだろうが、なんというか目の前の女の全裸の有り難みを感じないのである。


 1時間ほど前、コンセプトラブホ【マニクール】に到着した俺は、入り口で空室状況を確かめた後、上層階のコンセプトフロアへ向かった。階段を駆け上がりドアをすり抜けて見たものは、ただセックスをしている見知らぬ全裸の男女だけ。

 そりゃ、後ろから突かれて揺れる巨乳とか色々見所はあった。けれど、もしかして隣の部屋はもっとエロいかもしれないとの思いが湧き出し、壁を抜けて隣の部屋へと移る。そして、まだ上があるかも……と繰り返すのだった。


 で、俺は悟る。服を着ている状態を知ってこそ、女の全裸は有り難いのだ。


 時間も悪かったのかもしれない。それぞれの部屋で、思い思いのコスプレをした男女が晩飯を食べながら花火を観て、その後コトに及んだのだ。


 そりゃあ、11時なら皆全裸だわ。


 唯一、服を着ていたのは40代の夫婦の学ランとセーラー服姿で、2人は姑の痴呆の進み具合の話で揉めていた。

 大きくなった子供達が花火大会ついでに友達の家に泊まるので、夫婦でここに来て楽しもうとしたのだろう。何がきっかけでそういう会話になっちゃったんだろうな、と可哀想になった。


 結局、俺は最上階に戻り、大学生らしき若い2人のセックスを見ている。女は細めの身体、セミロングの暗い茶髪、綺麗系の顔だちでラメ入りの化粧が頬に光っている。眉間にシワを寄せて、声を我慢している彼女の上で、細身のチャラそうな男が必死で腰を振っていた。


 腰に不安のある俺が、この彼と入れ替わったならここまで腰を振れるだろうか。などと、いらぬ事を考えてしまう。


 結局、昨晩の入行2年目の女子銀行員、早川日奈子を超える逸材はいなかったな、などと考えている俺は、正常位で眉を顰めている彼女の方に近づいた。

 ベッドサイドには彼女が履いていたであろうネイビーのパンツが、アルファベットのgみたいな形で脱ぎ捨てられていて、生々しさを感じさせる。


 ベッドのヘッドボードに下半身を透き通らせた俺は、彼女の顔を逆さまに上から見る。そして次の瞬間、彼女の額に自分の額を透き通らせた。感情の共有、女性がイクという感覚を確かめたくなったからである。

 さあ、どんな気持ちなんだい?


『コイツ、下手すぎ。チンコ小せえし』


 切れ切れに漏れる小さな喘ぎ声と、眉間のシワ。これ演技なの?


「怖っ」って思わず口から出てしまって後退りする俺に、女が気づいたのか「ヒェッ」と声をあげて目を見開いた。


 大きな声を出すと気付かれるぞ、というササケンの言葉が頭の中に蘇る。


 

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