第32話 昔話の食卓
我が家のドアを開けると酢飯の匂いがした。
母の得意料理、ちらし寿司である。
海鮮の乗っていない田舎風のちらし寿司、ダンジョンから採れたニンジン、レンコンに加えて、笹がきごぼうと鶏もも肉が入っている。
「ただいま」という俺の声に合わせてササケンも「ただいま」と言う。
奥から出てきた祖母と母とひとしきり挨拶を交わしたあと、祖母がササケンに
「あんたは変わらんな」
と言うと
「ほらコイツはアレだから」
と母がイヤラしい笑いを浮かべて、ササケンを親指で指差した。
ササケン、俺の順でシャワーを浴びて、ダイニングに戻ると、ササケンと祖母と会社帰りの父がササケンが買ってきたビールを飲んでいる。先に帰っていた姉の前には酎ハイの缶がある。
彼女は花火大会は行かないのだろうか。
「お前ら兄弟がいなけりゃウチの息子たちの人生は平穏だったろうに……」
と祖母が言って、アジフライをつついている。ササケンをお前呼ばわりである。
「そうしたら、カズさんは弓ちゃんと会えなかったんだから感謝してくれなきゃ」
とササケンが返した。
俺は席につきながら「ササケンさんて兄弟がいるの?」と聞くと
「隆晴のトコで働いていたのがウチの兄貴、笹本航平なのだよ」
とササケンが胸を張る。
「あのな、昔話をしても翔吾はわからんぞ」と父が割り込んできた。
「笹本さんは冒険者のランキングの一般部門、自衛隊とか警察とか抜いたヤツな、でトップ10になった程の実力持ちなわけ。隆晴や俺や弓さんをダンジョンに誘い込んだ張本人なんだよ」
叔父の店で働いていた寡黙なおじさんが、実はすごい冒険者だったのか。というか、ササケンの苗字を今まで聞いてなかった事に今更気づいた。
「弓さんな、ササケン。あんたは私の事をちゃん付けで呼ぶ権利は無いからな」
キッチンからちらし寿司の木桶を持って入って来た母に、ササケンは肩身を狭くする。
「母さん何があったの?」
姉がよそった自分の分のちらし寿司に刻み海苔を乗せる。
「コイツが俳優業に迷走していた時期に、物真似タレントを片手間でやっていてあってさ、丁度そんな時にウチらが結婚したわけ」
母の話に「昔の話じゃねえか」とササケンが笑う。
「で、コイツは披露宴でその時流行っていたある歌手の歌真似をギター弾き語りで披露したわけ」
そう言って母はある男性アーティストの名前を挙げた。
「あぁ……」と姉の口から漏れる。その歌手がいわゆる一発屋という奴で、その有名な歌が別れた彼女を未練がましく歌う歌だったからだ。
「その時誓ったのよ。子供が産まれても冒険者とか役者崩れみたいな常識知らずには育てないようにしようって」
父はお堅い職業なので、結婚式の規模も小さくなかっただろう。その後の苦労も容易に想像できる。
ちらし寿司とアジフライ、レンコンの天ぷらも皆でつつく。ササケンは家族に馴染んでいて、祖母は2本めの缶ビールを空けた。
「だから、来週に大口の芸能事務所のダンジョン研修が入っていて、その時用の野菜を仕入れようって事で来たんだよ」
ササケンが今回の訪問の目的を語っている。
「それで来てみりゃ目的の野菜は明日までお休みだし、日帰りの予定だったから宿はとってなかったし、将吾くんの周りには女の影がチラつくしで……俺はココにいるんだよ」
ササケンが大袈裟に言う。確実に酔っ払っている。
「ほぉ、独り身の姉を放っておいて、彼女ですと?」
と迫られたので、イタリア料理店『パトレーゼ』の娘の話を聞かせた。
「まあいいじゃない、隆晴の目論見通りコイツはダンジョンに入ってるんだし、そこそこ筋もいいし」
スズケンの目がとろんとしてきた。酔っ払いの話はそこかしこに飛ぶ。
「何でお前が隆晴の目論見を知ってるんだ?」
酒が入った母がバシバシとササケンの背中を叩いた。
「何でって、一昨日電話して聞いたからね、本人から」
それを聞いた我が家族は「連絡つくのかよ」とササケンを責めた。
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