第9話
翌朝、目覚めた私は
――これは、いったいなにごと?
目を白黒させていると、ぴくっと身動ぎした束宵が目を開ける。驚くほど近くにあの金の切れ長の瞳。
「あ、おはよ」
まだぼんやりした様子でへらりと笑った束宵は、そのまま当然のように顔を寄せてくる。迷う様子もなく、真っ直ぐに唇が唇に向かってくる。
――これって、口付けってヤツッ?!
「わぁああああッ?!」
嗜好したのは一瞬。驚愕の末に、私は彼を突き飛ばす。存外にあっさりと寝台から転げ落ちた彼は、床に引っ繰り返ったまま「あれ……?」と呟くと身体を起こした。
がりがりと頭を掻いて、寝台から下を覗き込んでいる私を見上げる。数度瞬きをして目を細めた彼は小さく呟いた。
「あ。ゴメン。間違った」
「え。誰と?」
「いや、うん。ちょっと」
目が合えば申し訳なさそうに頭を下げて両手で顔を覆う。またしてもモヤモヤするものを感じながら、私は束宵に宣言する。
「帰る」
「どこに?」
「家に」
「家……? ああ」
まだ完全に覚醒したとは言い難い状態なのか、束宵が欠伸混じりに鈴を鳴らす。するとフワフワと空中を紙の束が飛んできた。なに? と目を丸くしている私に、彼はそれを開いて見せる。
「
「……え?」
「一応、誰も死んでないみたいだな」
「本当?」
尋ねれば、彼は「書いてあるだろ」とまたしても欠伸混じりに言う。それはどうやらいろんな地域の昨日の出来事が書かれている物のようで、しかし、私は勉強をしたことがないから文字など読めない。つまりは、そこに本当にそう書かれているのかもわからない。
「本当」
起き上がった彼は伸びをすると、まだ止まらないらしい欠伸を噛み殺しながら鈴を鳴らす。扉の外に向かってなにか言ったかと思えば、ぼうっとした顔のまま部屋を出ていった。なんだかよくわからないままに、昨日選んだ服に着替えていると、昨日と同じような小綺麗な服の束宵が戻ってくる。
「そうは言っても、そんなのオレの言葉だけじゃ信じられないだろうから、朝ごはん食べたら自分の目で確かめに行くと良い。送っていくから」
「……うん」
食事をする場所、と案内された部屋に朝食として用意されていたのはおかゆだった。
それ自体は珍しいものではない。しかし、普段食べているほぼ水状のものではなくて、しかも米だけではなくなにかの肉のかけらが入っているような、濃厚な味のものだった。一口食べると、口の中に幸せな味が広がる。
「……っっ!!!!」
「ははっ、美味しかったみたいだね。良かった」
そう言いながらも、束宵の目の前にはお茶らしくものの入った湯呑しかなく、彼は懐からなにやら丸薬を取り出して飲み込む。
「身体の具合、悪いの?」
「いや」
「じゃあ、なんの薬?」
「……栄養補給?」
――栄養なら食事からとれば良いのでは?
おかゆを食べきった私に、おかわりはいるかと聞きながらも、彼は丸薬以外を口にする様子はない。
「昨日のごはんも食べてなかったよね。おなかすかないの?」
「ん、あんまり。食事、ひとりだとしないから」
「え?! 食べるのに困ってる風でもないのに?」
驚く私に、彼は笑顔を向ける。
「昨日話しただろ。オレ、呪いとかでいろいろ持っていかれてるから、味覚も鈍くなってるんだ。食事が出来なくなれば弱るだろうって思ったのかな。残念ながら、元々食事にはあんまり興味ないから、なんの問題もないんだけどさ」
「……味、しないの?」
「完全にしないわけじゃないよ」
扉が叩かれて、束宵が出ていく。おかわりを持って来てくれた彼が、私の目の前に椀を置く。
「オレのことは気にしないで食べていいよ。オレは、
「ひとりだけで食べるのは、あんまり嬉しくない」
私は、自分が食べていた匙でおかゆを掬うと、彼に差し出す。きょとんとする彼にぐいっと匙を突きつける。
「これ、美味しいよ。本当に味わからないの?」
「うん」
「食べてみて」
「いや」
「いいから」
こんなに美味しいものの味がわからないだなんて、人生のかなりを損している。絶対に美味しいはず、と思いながら、小さく口を開けた彼のそこに匙を突っ込む。
「………………」
ロクに咀嚼もせずに飲み込んだ彼の目が、じわじわと大きくなる。
「あれ……?」
「美味しいでしょ?」
「味、する……」
驚いている彼に、もう一掬い差し出してみる。今度は躊躇わずに口に含んだ束宵は、目をまんまるにして「おいしい」と呟いた。
「もう、何年も味なんてしなかったのに」
「治ったんじゃない?」
「そういうものじゃないんだよ、コレ」
なんで? と首を傾げる束宵を隣の席に座らせて、昨日彼がしてくれたように何度もその口におかゆを運ぶ。
数口食べたあとで「普段食べないから、これくらいでいいよ」と口元を押さえた彼に、昨日の自身の腹痛を思い出して心配になる。
「おなか、大丈夫? 痛くなってきちゃった?」
思わず小さい子にするようにおなかを擦ってあげると、彼は「ダイジョウブ」と言いながら私の肩に頭を乗せた。
「まさか、また食事に味がつくなんて思ってなかった」
「久し振り?」
「ん。そうだね」
はぁ、と溜息を吐いた彼は、なにか考え込むように黙ってしまった。それ以上はなにも会話になりそうになかったから、残りは全部自分のおなかにおさめて食事を終える。食べ終わった椀は、束宵がどこかに下げに行ってしまった。食事部屋に残された私は、朝からいっぱいになったおなかを擦りながら、満足して大きく息を吐いた。
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