第6話
「で、いくつ?」
「16」
「へえ、16……因みに血縁者はいる?」
「いない」
「あの町に未練は?」
「……ない、かな」
それからもあれこれ質問攻めにされる。
と言われても、私の今までの人生に人に話せるようなものはほとんどなくて、あの環境下ではまともな食材と調味料を使って料理をするなんて経験は出来なかった。掃除は仕事でやっていたから多少はできるけど、高価なものを触るのは怖い。洗濯ならそこそこ、農作業もできる。
それ以外は? と問われれば、文字も読めないし作法も知らない。女という武器を使うこともしてきていないから、そっち方面もまったく磨かれていない。恋だってしたことがない。良いなと思った人もいない。
あまりにも自分がなにも持っていなくて情けなくなってくる。
しかし、そんな私の話を、彼は楽しそうに聞いてくれた。
「じゃ、これが最後の質問」
「なに?」
「処女?」
「……………………」
じとっと見ればそれで納得したらしく、彼は屈むように覗き込んできていた身体を起こした。全部理解した、みたいな顔が恨めしい。
「じゃ、この部屋は好きに使って良いから。おやすみ」
ひらひらと手を振った束宵は部屋を出ていこうとする。
「待って」
袖を引けば、彼は振り返りながら私のことを抱き寄せる。そのまま踊るようにくるくる回りながら天蓋付きの
――やっぱりやるんじゃない。
怖くても不安でも、貰いっぱなしは嫌だ。真っ直ぐに見返せば
「そんなにオレに抱かれたいの?」
束宵の声に笑いが混じる。
「だって」
「それでしか返せないから? 返さなくて良いって言ってるのに。あんな雑魚退治、オレにとっては瞬きするようなもんだよ。君のやることで例えるなら、不快な害虫を踏み潰すほどの手間でもない」
押し倒した私を見ながら、彼は後ろで一つに括っていた髪飾りを外した。暗くなってきた部屋の中で紺色にも見える髪が降ってくる。私の赤毛とは対照的な色。金の瞳が私を捕らえて離さない。
「オレは、一目惚れした子を助けられて、その子が安心して眠れておなかいっぱい食べられる場所を提供できれば、それで満足」
「一目惚れ、ってそれ本気で言ってるの?」
「本気。興味ない相手には瞬き一つだってしてやらないのが、オレ」
束宵はそう言って、そっと顔を寄せてきた。
「一目惚れっていってもかなり生々しいもんだから、あんまり隙を見せない方が良い。そういう駆け引き、慣れてないんだろ?」
生々しいとは? と思いながら「したことない」と正直に伝えれば
「ははっ、なら、もっと自分を大事にしなきゃ」
するりと下腹部を撫でてきた彼は「でも」寝転ぶと私を背後から抱きすくめた。
「どうしてもなにかお礼がしたいって言うなら、今日はこうやって一緒に寝てもらおうかな」
「……寝るだけ?」
「もちろん」
ぎゅうっと抱き締めてくる腕の力は、私が痛みを感じないぎりぎりの強さ。首筋にかかる息がくすぐったい。肩をすくめると、束宵がそこで笑うものだから余計にくすぐったくなる。
「そこで笑わないでよ」
「ゴメンて」
ああ、でも……と彼は少し湿っぽい声を出す。
「人肌、久し振りだ。この体温、安心する」
「モテそうなのにそんなこと言うの?」
「遊ぶのに丁度良い男に見える? あんまり得意じゃないんだよな、体温とか、人肌とか、あと、化粧のにおいとかも」
言っていることが矛盾しているのに気付いているのかいないのか、束宵は軽く私の後ろ頭に額を押し付けてきた。
「肌が合う相手ってのが、極端に少ないんだよ。苦手な人間の方が多くて」
「そうなんだ」
「うん」
おやすみ、と耳元に優しく囁かれた私は、温かな体温と柔らかな布団に包まれて目を瞑りかけ――ハッとして身体を起こそうとした。
「あっ、だめ!」
「なにが?」
じたばたと起き上がろうとすれば、あっさり離される。
「会ったばっかりで添い寝なんてのも無理だよな。これも冗談だから、本気にしないで――」
「そっちじゃなくて」
少し拗ねたように寝そべっている束宵の背中をつつく。髪の隙間からちらりと見てくる彼に、両頬を押さえた私は眉を寄せる。
「この服で寝たらシワになっちゃう。あと化粧も落としたい。肌が苦しい気がする。痒くなってきた」
「……あー、そういうこと」
のそのそ起き上がった束宵は部屋の戸を開けるとどこからか取り出した鈴を鳴らす。誰かと話している様子を見せて、話が終わると私の手を引いて別の部屋へ向かった。
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