第2話
「ああ、勝手に助けておいてなにを言ってる、なんてのはナシだ。オレが助けなければ君はここで死んでた。死にたかったって言うならゴメンねだけど、まあ救っちゃったものは仕方ない。観念してお支払いよろしく」
べらべらと喋ってくる男に険しい顔になっていくのを感じる。私の表情を気にする様子もない男は、ずいずいと顔を寄せてくる。
「……いくら?」
「1玄銭」
にまーっと口角を上げて言ってくるのを見て、一気に頭に血がのぼる。
「無理に決まってるでしょ!!」
この町で見かけるのは銭符という紙でできたものだけで、金属で作られた白銭や玄銭なんて見かけるのも珍しい。一番高価な金色に輝いているという天銭に至っては、今まで16年生きてきて見たことすらない。今日食べるものにも困っているような貧民街の女に、すぐに支払える額ではなかった。
「これでもかなりまけてあげてるんだけどなぁ。本当ならあの程度の妖退治には1000玄銭くらいは貰ってる。しかも二匹だ。お得だと思わない? オレ、高いんだよ」
「馬鹿言わないで、そんなこと言われても払えない。お金、持ってるように見える?」
「見えないね」
「これが全財産だよ」
懐を探って取り出したのは、汚れた500銭符。彼が言った金額には全く届いていないが、必死に1ヶ月働いて貯めたのがこれだった。
物心ついた時には貧民街の片隅で生活していて、親の顔も知らない。周囲に助けられるようにしながら育ってきて16になった。この年になれば比較的簡単にもっと高額稼ぐ方法だってあったけど、そんなことはしないでコツコツと働いて稼いで……真面目にやって手に入れたそれを、紙屑でも見るような目で見られたくはなかった。
男はくしゃくしゃの1000銭符を眇めて見ると、鼻で笑う。当然この程度を渡したところで彼にとってはないも当然なのだろう。腹立たしいが、命を救われたらしいのは事実で、ただ働きしたくないという気持ちも十分理解できるし、なによりも借りを作りたくない。
「今はこれだけ受け取ってよ。残りは働いて返せばいいんでしょ。一生掛かっても絶対返すから」
「って言われても言葉だけじゃな。なにも信じられないじゃないか。とんずらされたら嫌だから、すぐに満額払ってほしいんだけど」
「じゃあ、こんな貧民街の女なんて助けなきゃ良かったでしょ。貧民街の人間ってことは見ればわかっただろうに、どうして手を出したのよ!」
通りすがりに稼ぐなら、もっと金持ちが住んでいる町に行けばいい。こんなところ、この男のような身なりのいい人間が歩いたらそれだけで追剥に遭いかねない場所なのだ。毎日飢えているような人間の溜まり場。食べ物だって芋のふかしたものか薄い粥くらいが主なもので、草を食べるなんてのはいつものこと、ひどい時には木の皮だって食べたことがある。
「わかってる。普段は寄り付かないよ。ただ、今日はちょっと探し物があってね」
「なに? 探し物に協力すれば、もっとまけてくれるって話?」
最初に言った額を本気で支払わせるつもりなどないのかもしれない。こっちが困るようなことを吹っ掛けてきて、自分の要求を通そうとしているとか。例えば、誰かに紹介してもらいたいだとか、こういう場所でしか手に入らないような裏ルートのものが欲しいとか、そういう話を。私で直接繋げられないのなら、伝手のありそうな人を紹介してもらいたいとかいうつもりなのだろう。
そういうことに詳しそうな人を頭の中で何人か上げていく。しかし彼は、またにこりと笑ってみせた。
「いや、それはもう見つかったから良いんだ。こっちだって無理な額要求してるのはわかってるよ。だから」
案の定、男は馴れ馴れしい様子で私の肩を抱いた。
「こういうこと。……わかるだろ?」
「物好きだね」
「ははっ、よく言われる」
つまり、そういうことを求められているのだ。
金持ちそうな身なりと装飾品、傷一つない白い肌に切れ長の金の瞳。手入れされた緑や青にも見える黒髪を後ろで束ねている金の髪飾りも、私には想像もつかないような価値があるのだろう。明らかな美形ではあるものの、細く高い鼻と薄い唇は冷たい印象で、蛇かなにかのような雰囲気すらある。
癖のある赤毛で肌も日焼けして薄汚れている私などを相手にするような男ではない。望むのなら、いくらでも高級娼婦を相手に出来るだろうし、そもそも金など払わなくても女が寄ってきそうな男だ。
――人には言えない趣味があるの?
ひどく痛めつけるのが好きだとか、危ない薬使うのが良いとか、例えばそんな。
「……わかった。どこで? ここ?」
「嫌だよ、こんな暗くて臭いところ」
じゃあどこで? と問うより前に彼は私の肩を抱いたまま歩き出した。こちらに合わせてくれる気はないようで、長い脚で大股に歩かれるとこっちは小走りになる。歩きにくいから放してと言っても「逃げられたら嫌だから無理」と聞いてはくれない。
少し歩いた先で道が開ける。そこには牛車が待っていて、押し込まれてどこかに連れていかれる。次に扉が開けばそこには朱塗りの立派な門があって、明らかに妓楼の雰囲気だった。
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