第二章 02 事件の翌朝
朝の日常業務を終えると、舞は九時半に優子の研究室を訪ねた。
優子は八時ごろに出勤する。十時の回診前まで学生のレポートや論文の添削をしている。だが、その日は、いつもと様子が違った。
舞が優子の研究室に入ると、ぼんやりと窓の外を見ていた。机上の書類トレイには、レポートが山積みになっている。書類トレイのラベルは、『添削済み』だ。一仕事を終えての休息だろうか。優子の色白の肌が、窓際の陽光で一段と透き通って見えた。
優子が舞の顔を見て、口角を上げる。
「今日の夕方、西宮署に出頭するのでしょう?」
「事情聴取ではありますが、逆に被疑者の情報をできる限り聞き出そうと思っています」
優子が腕を組み、左耳を少し傾ける。優子はどんな話でも表情を変えない。だが、興味のある話題の場合、腕を組む習性があった。
「今日の午前中、錦城先生が被疑者の精神鑑定をするそうよ」
舞は一瞬、顔を顰めた。舞の表情を察したのか、優子が続ける。
「芦屋医大で博士号を取るなら、錦城先生に嫌われないようにね。精神鑑定は少なくとも半年は掛かるだろうし。精神科の教授会で議論もされるから、徐々に詳細は、わかるわよ」
「留置所での食生活や、犯行前の食生活も聴き出せますか?」
と舞が訪ねると、優子は頷きながら微笑んだ。
「錦城先生は患者の食行動を、私たちとは別の観点で考えているわ。精神疾患者特有の、奇怪な趣向の一つとしてね。それでも、いいわよ。その話をヒントに、神経への影響を考察すれば、いいのよ」
舞は何度も首肯する。
「錦城先生には、第一発見者の情報が、伝わるのでしょうね」
「そうなるでしょうね。第一発見者の証言も重要だからね」
「第一発見者を強みにしたら、後日、錦城先生に質問できますか?」
優子が「うーん」と首を傾げ、「状況次第ね」と、答えた。
優子は、半ば呆れる様子で静かに微笑んだ。舞は優子の判断を、肯定と受け取った。
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