勇者にだって負けられない!

水河 悠 (みずかわ ゆう)

第1話 プロローグ

 三年前のある日、この世界に突如、魔王が復活した。

 今より千年ほど前の古の時代……その圧倒的な力で世界を蹂躙していた魔王の軍勢、当時の人たちは、いずれ来る魔王が支配する時代を、為す術なく待っているだけだった。

 しかし、その現状を打開すべく、ある一人の青年が魔王討伐に名乗りを上げ、その旅の道中で心強い仲間とめぐり逢い、苦難の旅の末、魔王を封印するとこに成功した。

 魔王の力があまりにも強く、当時の勇者パーティーは、倒しきれないと判断し、封印する選択を取った。

 魔王は封印され、世界には平和が戻った。

 だが、時が経つにつれ封印は徐々に効力をなくし、三年前、ついに魔王が復活してしまった。

 それと同時にこの俺、アロンが住むモストイ村にも変化が起きた。

 正確には村にではなく、この村に住む俺と同い年で幼馴染の女……リリにだ。

 魔王が復活するのと同時期に、リリに眠っていた力が覚醒した。

 実はリリの先祖は、かつて勇者と共に魔王を封印した魔導師だったのだ。

 いつか来る魔王復活の日に備えて、自分の力を祖先へと継承させてきたと、力とともに先祖の記憶も継承したリリが言っていた。

 曰く、先祖が継承させてきた力は、魔王復活の際、その時の末裔に継承される封印を施していたという。

 だから覚醒したのはリリだけで、リリのお母さんであるサフィさんには力は受け継がれなかった。

 リリが覚醒した次の日から、リリは魔法の修練を始めた。

 先祖が遺した魔法の数々は、リリの頭の中にしっかりと刻まれているが、覚醒したからといっていきなり全ての魔法を使えるはずもなく、ひたすら魔力と精神力の底上げを行っていた。

 そして俺は、そんなリリを見ていることしか出来なくて……すごく歯がゆい思いをした。

 昨日まで毎日顔を合わせて、毎日言い合いをしながらも遊んでいた相手が、汗水垂らして、魔力が底を尽き立てなくなって泥にまみれて……それでもまだ特訓をしようとしていた幼なじみを……見ていることしか出来なかった。


 それから二週間程が経過し、リリも少しは魔法の扱いに慣れてきた頃、このモストイ村に勇者を名乗る男、レスターがやって来た。

 その理由はもちろん、魔王を討伐するために、リリを仲間として迎えるため。

なんでもこのレスターという男も、リリと同じで大昔、魔王を封印した勇者の血筋の末裔で、魔王復活の際に先祖の記憶と力が目覚めたんだと。

 いつかはこんな日が来るとは思っていたけど、俺の予想していたよりもずっと早い来訪だった。

 リリが魔王討伐の旅に出るのもわかっていて、覚悟も出来ていたはずだったのに、いざその時が間近に迫ると、どうしようもない焦燥感が俺を襲った。


 俺はリリが好きだった。


 惚れた女が先祖代々の宿命かなんだか知らないけど、命がけの旅に出ようとしている。

 もしかしたら旅先でモンスターにやられて、二度とこの村に帰ってこないんじゃないのか……そんな不安が俺の胸中を覆った。

 だが俺はリリにかける言葉を持っていなくて、それでもリリは俺に笑顔を向けていた。


 そして勇者が来た翌日、旅の準備を終えたリリがいよいよモストイ村を出る日。

 この日は村の連中総出でリリを見送りに村の入口まで来ていた。もちろん俺も。

「道中気をつけてね」

「頑張れよ」

「必ず生きて帰ってくるんじゃぞ」

 などなど、みんな思い思いの言葉をリリにかけていて、そして母親のサフィさんと父親のエルドさんと抱きしめ合っていた。

 リリが両親を離した時、俺を見たような気がした。笑顔だったが、何故か俺にはとても悲しそうに見えた。

「それじゃあ行こうか。リリ」

「ええ、レスター。みんな! 行ってきます!」

「リリ!」

 村のみんなに向けて大きく手を振り、いよいよ魔王討伐に向けて歩き出したリリの背を、俺は一歩前に出て咄嗟に呼び止めてしまった。

 俺の声が聞こえたリリと勇者は足を止めて、少ししてリリは振り返り俺を見た。

「どうしたのアロン?」

 その顔は笑顔だった。

「あ、いや……」

 完全なる見切り発車。何を言おうかなんてこれっぽっちも考えてなかった。

 前方から足音が聞こえてくる。リリがこっちに来てる。

 その間も俺は焦り、頭の中はさらに混乱していった。

「何か、言ってくれるのかな?」

「っ! う、うるせえ! 早いとこ行っちまえよ!」

 俺は咄嗟に言ってしまった。

 また悪態をついてしまった。

 リリは命懸けの旅に出るんだぞ。次会うのは、おそらく魔王を倒した後だ。何年かかるかわからないのに、旅立ちの前にそんな言葉をかけちまうなんて、俺は本当にどうしようもない。

 これ、リリもまた言い返して、いつものように口喧嘩に発展……かと思ったんだけど、リリの顔を見たら……笑顔だった。

「な、なん……で」

「アロンがいつも通りで安心した。湿っぽいのなんてあんたらしくないもの」

「な、なにおう───」

「ねえ、アロン」

 俺が言い返そうとしたら、リリは俺の名を呼んで顔を近づけてきた。

 好きな女の顔が近くにきて、自然と心臓はうるさくなり顔も熱くなった。

 そしてリリは小声で俺に語りかける。


「アロン。私、頑張ってくるから。レスターと、他にも出会う仲間と一緒に頑張って魔王を倒して、そして───」


「リリ、そろそろ……」

 リリが、何か大事なことを言おうとした直前、勇者の野郎が痺れを切らした。

「あ、うん。ごめんなさいレスター。……それじゃあアロン、元気で…………ううん、またね!」

「お、おいリリ……」

 リリは振り返ることなく、勇者と共に旅立って行った。

 あいつが最後に何を言おうとしていたのかはわからない。

 だけど、俺は思った。


 好きな女が頑張ってるのに、俺だけ何もしないのは嫌だ!


 ここだって、いつモンスターの襲撃に合うかわからない。

 モンスターの動きが活発化してるって噂もあるし、誰かがこの村を守らなくちゃならない。

 なら、その役目は俺が担う!


 あいつが世界を守るなら、俺はあいつが帰ってくるこの村を守る!


 そう自分に誓いを立て、俺は剣を取った。


 そして三年後、勇者一行が魔王を討伐したという知らせが、世界中を駆け巡った。

 もちろん村中も歓喜に満ち溢れた。

 そして、その知らせからちょうど一ヶ月後の今日……あいつが、リリがこの村に戻ってくる……!

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勇者にだって負けられない! 水河 悠 (みずかわ ゆう) @kawa0620

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