【完結】科学は真実を語るか、それとも嘘を隠すか。名門大学で起きた不可解な死、その背後に潜む陰謀とは――斉藤教授が科学の力で暴く、禁断の真実!

湊 マチ

第1話 不可解な死

秋の夜風が、古びたキャンパスを静かに撫でていく。名門大学の広大な敷地は、昼間の賑わいが嘘のように静まり返り、まるで時間そのものが止まってしまったかのようだった。どこか遠くで聞こえる木の葉のざわめきと、時折響く犬の遠吠えが、夜の静寂をさらに際立たせている。


その一角にある物理学研究棟。レンガ造りの建物は、長い年月を経たその重厚な姿を、暗闇の中に静かに佇ませていた。今宵、その棟の二階の一室だけが、他とは異なり、淡い灯りで満たされていた。山本教授の研究室だ。


室内は、どこか冷たく硬質な雰囲気に包まれていた。机の上には分厚い論文の束と、数え切れないほどの資料が無造作に積み上げられている。その全てが、数十年にわたる山本教授の研究の成果であり、その人生そのものだった。教授は、灯りの下で深く考え込むように、手にした一枚のデータシートをじっと見つめていた。


教授の顔には、疲労と歳月が刻んだ深い皺があり、白髪混じりの髪は無造作に後ろへ流されている。その目にはかつての鋭い光がまだ残っているが、最近の出来事に対する戸惑いと不安が隠せない。数週間前に行われた学会での発表は、彼にとって勝負の場だった。しかし、その結果は思わしくなく、彼の長年の研究に対する疑念が同僚や後輩たちから囁かれるようになった。


「このままではいけない…」教授は独り言のように呟き、データシートを机に置いた。彼の声は、静かな研究室に空虚に響き渡り、すぐに消えていった。彼は、自分の研究が間違っていないことを証明しなければならないという焦燥感に駆られていた。だが、その焦りがさらなるミスを招く可能性もあることを、彼は心の奥底で薄々感じていた。


教授はふと、机の端に置かれた小さな電子機器に目を向けた。それは、最近新たに導入したデータ解析装置で、教授の研究を次の段階へと進める鍵となるはずだった。彼はその装置を手に取り、慎重にスイッチを入れた。機械が起動する微かな電子音が室内に響き、その音が異様に大きく感じられるのは、教授の不安定な心情のせいだろうか。


装置が動作を始めると、教授はデータを入力し、解析を進めるために手元のディスプレイを凝視した。画面に表示された数値とグラフが、彼の脳内で次々と解析されていく。だが、突然、その手が止まった。次の瞬間、教授は胸に鋭い痛みを感じ、息が詰まるような感覚に襲われた。


「これは…なんだ…」教授は目を見開き、激しい動揺を抑えながら、自分の体に起こった異変を理解しようとした。しかし、痛みはさらに強まり、呼吸が困難になる。彼は、必死にデスクの端を掴もうとするが、手は力を失い、指先が震え始めた。


彼の視界が次第にぼやけていく中で、教授は何とか装置のスイッチを切ろうと手を伸ばしたが、その手は虚しく空を切った。胸を押さえつける痛みに耐えきれず、彼はその場に崩れ落ちた。デスクの上に散らばった書類が無数の羽のように舞い、床に散らばる。


教授は、冷たい床に倒れ込んだまま、意識が遠のいていくのを感じた。彼の呼吸は次第に浅くなり、ついには完全に途絶えた。暗闇の中、ただ一つの明かりが消えることを知らずに、研究棟は再び静寂に包まれた。窓の外では、秋の風が木々を揺らし、冷たくも澄んだ空気が、夜のキャンパスを覆っていた。


その頃、キャンパスの外れでは一台の車がエンジン音を立てて静かに走り去っていく。その車内では、一人の男が運転席で無表情に前を見つめていた。その瞳には、どこか冷酷さを秘めた光が宿っている。山本教授の研究室の灯りが消える頃、男はアクセルを踏み込み、闇の中へと姿を消していった。


教授が残した未完のデータ、そして彼が抱えていた数々の疑念。それらが今、不可解な死を巡る謎となり、斉藤教授と高村刑事の前に立ちはだかるのだった。

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