第4話

「レオン王子に、聞きたいことがあるのですが」


 しばらくの沈黙を破り、私はたずねた。


「王子は、ある人から私のことを優秀な魔法使いだと聞いたと言っていましたが、誰から聞いたのですか?」


「セロという魔法使いからです」


「やっぱり……。王子はセロをご存知なのですか?」

 懐かしい名前に心が弾んだ。魔法学校時代に二人で魔法談義をしていた頃がよみがえってきた。


「はい。魔法省で一緒になったことがあります」


 魔法省といえば、国をも超えた絶対的な力を持つ機関だ。

 魔法界全般をつかさどる魔法省は、実質この世界の最高権力を保持している存在だった。


 そんな魔法省で働くなど、ほんの一握りのエリート魔法使いしか許されないこと。

 やはりセロは素晴らしい魔法使いになっていたのだ。


「では、セロは今も魔法省にいるのですか?」


「さあ、最近は連絡をとっていませんので……」


「ぜひ一度セロに会ってみたいです」


「セロもあなたに会いたいとよく言っていました。二人はとても仲が良かったのですね」


「ええ」

 自然と頬がゆるんだ。

「なにしろ私たち婚約したのですから」


「婚約ですか?」


「まあ、子供の頃の話なので、もちろん今となっては単なる笑い話なのですが」


「子どもとは言え、結婚を申し込むだなんて、セロはよほどアウレリアのことが好きだったのですね」


「真剣な顔でプロポーズされて、びっくりしたわ」


「それで、アウレリアはセロのことをどう思っていたのですか?」


「もちろん大好きよ」


「そうですか。その言葉を聞くとセロもさぞかし喜ぶでしょう」


「セロには幸せになってほしいと今でも思っているの。ヒンギス国の素敵な女性と結婚してるといいんだけど」


「そうですか。でも、セロは今もあなたのことを思い続けているかもしれませんね」


「そんな馬鹿な」

 私はレオン王子の言葉を笑い飛ばした。


 セロのプロポーズは、若気の至りから出た言葉だと十分に承知している。

 けれど、今だにセロの申し出をはっきりと覚えているなんて。意外と私はセロのことを忘れられずにいるのかもしれない。


「ところで、レオン王子はご結婚されているのですか?」


「いえ……」


 失礼なことを聞いてしまったと後悔したが、もう後戻りはできなかった。

 言葉に詰まっていると、王子から話し出した。


「実は婚約していまして、もうすぐ結婚する予定です」


「それは、おめでとうございます」


「さあ、めでたいのかどうか……」


「どういうことですか?」


「いわゆる政略結婚ですから」


 王子ともなれば、自由に恋愛などできないと聞いたことがある。

 国の安定のためには、結婚さえもがかけ引きの道具として使われる。

 そんな渦中にレオン王子はいるのだ。


「相手はドミール王国のサバナ嬢です」


 サバナはファルカン王子の親戚に当たる公爵令嬢で、気性が激しくあまり良い噂を聞いたことがない。

 ドミール王国とヒンギス国、両国の力関係は明らかだった。結界が破れてしまっているヒンギスの力は弱く、実質ドミール王国の属国となってしまっている。

 そんなドミール王国から送り込まれる評判の悪いサバナ嬢と結婚しなければならないとは……。


 何か話題を変えないと、そう思っている時だった。


 部屋にノックの音が響き、初老の男性が入ってきた。


 男は、王子の執事でマルコンテと名乗った。


「レオン王子、判明しました」


「そうか。それで?」


「はい、やはりブレスレットでした。あのブレスレットが、魔物を呼び寄せる魔道具でした」


 王子と執事が何を話しているのか、もちろん理解できた。

 けれど、その話を受け入れることはできずにいた。


 私は執事に確認した。


「間違いないのですか?」


「はい、間違いありません。鑑定の結果、アウレリア様が付けていたブレスレットが、呪われた魔道具でした」


「そんな……」


 頭の中が混乱している。


「どうして……。あれは幸運を招くと言われてプレゼントされた物……」


 私の言葉に執事は黙り込んだ。


 代わりにレオン王子が口を開いた。


「いったい誰からのプレゼントなのですか?」


「……」


「誰からもらったのか、教えてくれませんか。その人はあなたを殺そうとした人なのですよ」


「私を殺そうだなんて……、ありえないわ」

 いつも笑顔を絶やさずに、珍しいお菓子を持ってきてくれたメルーサが……。

 何かの間違いに決まっている。


 レオン王子は、真剣な顔で私を見つめてきた。


「あなたの命を狙う者がいるのなら、私は絶対に阻止してみせます。なので、私を信用してください。このブレスレットをあなたに贈ったのは誰なのですか?」


 一国の王子がここまで言ってくれているのに、いい加減なことを述べるわけにはいかなかった。


「聖女メルーサです。……ただ、メルーサは利用されているだけだと思います。きっとあの娘は、何も知らずに良かれと思って私にブレスレットをくれたのです」


「わかりました。アウレリア、心配しなくても大丈夫ですよ。今後も調査は継続して、私は必ず犯人を捕らえますので」


 レオン王子の言葉には、私を安心させる心遣いがあった。

 そのことが嬉しかったし、たのもしく感じた。

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