三歳上の隣のお姉ちゃんが僕を抱き枕代わりにしてくる

吹井賢(ふくいけん)

【いつものお昼寝】



(コンコン、というノックの音)


「どうぞー」(ドア越しの声)


(がちゃり、とノブを回す音)

(冷房の音が微かに聞こえる)


「いらっしゃい」(嬉しそうな様子で)

「ね、ほら……。こっちおいで?」


(足音)

(主人公、声に近付いていく)


「ほーら、捕まえた」(すぐ傍に聞こえる声)


(どさり、と柔らかそうなベッドに二人が転がる音)

(数秒間の無音)

(窓の外から、登下校の喧騒が僅かに聞こえる)


「ぎゅーしちゃうよ? 逃げなくていいのかな?」(悪戯っぽく笑いながら)


(一瞬、間を置いて、)


「ぎゅー」(頭一つ分上から)(主人公が胸に顔を埋めているような感じで)


「ふふ、動けなくなっちゃったね。かーわいいっ」(少し離れて)

「……ほら、ぎゅー……」

「よしよし。よしよーし……。君は本当に可愛いね。ふふっ」

「……なに? 恥ずかしいの?」

「かわいーんだ! もう、本当に可愛いんだから」(また、嬉しそうな声音で)

「あーあ、君が本当の弟だったら良かったのになあ」

「そしたら、目一杯可愛がって、一緒に遊んでさ……。お姉ちゃんとして、なんでもしてあげちゃうのに」(さほど残念そうでもない様子で)

「あ、でも、弟と一緒にお昼寝なんてしてたら、シスコンって呼ばれちゃうね」


(数秒の沈黙)

(主人公の発言パート)


「……え?」

「君も、お姉ちゃん、欲しかったの?」

「……ふふっ。じゃあ、私がお姉ちゃんになってあげるね」(嬉しそうに)

「何かする?」

「ゲームとか……。あ、宿題も見てあげるよ?」

「……いらないの?」

「お昼寝だけでいい?」

「……そっか。そっかー……」(含み笑いをしつつ)

「じゃあ、私と同じだね」(耳元で、囁くように)


(数秒の沈黙)

(呼吸音だけが聞こえる)


「……あ、そうだ。言い忘れてたけど……」

「……こんなことしてる、って、他の人には言わないでよ?」(恥ずかしそうに)

「友達とか、先生とか……君の、ご両親とか」

「え? だって、恥ずかしいじゃない」

「近所の子を弟みたいに扱って、一緒にお昼寝してるなんてさ」


(一拍置いて、)

(呼吸音)


「……うん。そうだよ?」

「私だって、ちょっとだけ、恥ずかしいんだから」

「でも、君が可愛いから……。……うん、仕方ないよね」(小さな声で)

「抱き枕にするのに、ちょうどいいサイズだし……」(言い訳するように)


(一拍置く)

(主人公の発言パート)


「じゃあ、ちょっとだけ、眠るね」

「いつもごめんね」

「……君も嬉しい? そっか、なら良かった」(はにかむように)

「ぎゅー……。ほんとう、ちっちゃくて、かわいい……」

「……どうしてだろ……。君がいると、よく、眠れるんだ……」(眠そうな声音)

「……ふみんしょう、って……。つらくて、さ……」(だんだんとゆっくりになる)

「うん……。うん……」

「……おちつくなあ……」


(数秒間、頭の上くらいの位置から、呼吸音だけが聞こえる)

(窓の外から夕方五時を知らせる『七つの子』が、ほんの少しだけ聞こえる)

(「すー、すー」という呼吸音)


(十秒ほど待って、次のトラック)

(ピピピピ、と頭上からスマートフォンのアラームが聞こえる)


「……ん、ぁ……」


(ごそごそ、というスマートフォンを探す音)

(アラームが止まる)


「……んん、よく寝たー……!」(機嫌が良さそうに)

「大丈夫?」

「暑かったり、寝苦しかったりしなかった?」(心配するように)


(一拍)

(主人公の発言パート)


「……そっか。君もよく、眠れたんだ」

「……え、私? もちろん、凄く良く眠れたよ」

「君のお陰」


(一拍置いて、)


「知ってる? 前に、話したっけ?」

「不眠症ってね、すっごく、すっご~~~く、辛いんだ」

「辛い、っていうより、眠い?」(おどけたように)

「私、一人だと、一~二時間くらいしか眠れないから……。昼間、学校だと、すっごく眠いの」

「君がこうして、一緒にお昼寝してくれて、すっごく助かってるんだよ?」

「だから、ね……?」(小さな声で)

「暇な時には、また私と一緒に、お昼寝してくれたら嬉しいなあ……」


(一拍置いて、)

(主人公が立ち上がり、少し声が離れる)


「あ、もう帰るの?」


(主人公の発言パート)

(一瞬間、間を空けて、)


「……そうだね。もうそろそろ、帰らないとね」(残念そうに)

「じゃあね、気を付けて帰るんだよ」

「……って言っても、お隣さんだし、大丈夫か」(おどけた様子で)

「じゃ、また明日」

「君が良かったらでいいから、一緒にお昼寝してくれると、嬉しいな……」

「うん、じゃあね」


(足音)

(声が離れていく)

(ノブを回す音、扉が閉まる)



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