世界で一番身近な戦争

ゆずりは わかば

本文

 戦争というものは無くならない。それが23世紀までの地球人類共通の思想であった。しかし、マザーコンピュータという絶対に間違わない存在を指導者に据えた、完全なる社会主義国の誕生を皮切りに一気に世界は統一され、人類史上初の完全なる平和が訪れた。ガス抜きや人員整理、需要の産生のために小規模な戦闘は一部地域で継続されたが、管理された暴力はスポーツと呼べないこともなかった。

 人類という最大の天敵を克服した人類は、一時は平和を享受していたが、すぐに人類文明や文化は停滞の時を迎えた。戦争というものは、良くも悪くも人類の文明や文化を進歩させるトリガーになり得る。


 ***


「最近の映画って面白くなくなったよな」

 そう口火を切ったのは友人のSだった。

「どれもこれも見たことのある演出、ストーリー。100年前の映画の方がまだ斬新だし、挑戦的だったよ」

「そうは言ってもな」

 のたまうSに、私は反論する。

「むかしむかしに比べれば、今は予算や表現に規制があるんだから仕方ないでしょう。それに、いま世界にいくつ映画があると思う? 演出やストーリーが被ってしまうのも仕方がないでしょ」

 私の言葉に嘆息しながら、Sはタバコに火をつけた。

「もう頭打ちなんだよ。人間という生物の限界がここなんだと思うぜ」

「そんなことはない」

 私は反論する。

「人間は、ゼロから文明を作り上げ、今となっては神さえ作り上げた。これからも、もっともっと優れた何かを作り上げていくはずなんだ」

「いいや、もう無理だね」

 Sはさらに反論を重ねる。

「人間は作り上げた神に依存し、身を委ねることを決めてしまった。口を開けて、神が与えてくれるのを待つだけになった我々には、もはや新しい何かを作り出すことはできないよ」

 そうかな。と思った。人間の発想や知性はここが頭打ちなのかな、そう思った。

 会話は、それから取り留めもない上司の愚痴や社会への不満へと移行して、映画の話題はすっかりどこかへ行ってしまった。しかし、私の脳裏からはずっとその話題のことが頭から離れなかった。

 人間の築き上げてきた文明というものは、これが完成形なのだろうか? これが頭打ちなのだろうか?

 そう言った思いが、延々とリフレインしていた。


 ***


『戦争をしましょう』

 コンピュータがそう発した時の僕の顔は、相当まぬけだっただろう。

「え、何のために?」

『ユーロマザーとの協議の結果です。戦争を行うのが1番効率的であるというのが私の結論です。戦争による人的、物的コストを計算した結果、戦争という交渉を行うことが最良なのです』

 僕がオセアニアのマザーコンピューターを担当し始めてから、まだ半月ほどしか経っていなかった。

「マザー、その結論に辿り着いた道筋を教えてください。詳しく教えてもらわないと納得できませんよ!」

『申し訳ないのですが、それは教えられません。戦争が終わったら、あなたにはちゃんと説明しますよ。大統領』

 国のインフラ、SNS、メディアを掌握しているマザーコンピューターが決断したことを止めることは、僕にはできなかった。マザーコンピューター運営の責任を取るだけの存在である大統領という役職には、最早おもちゃの缶バッジにも劣る価値しかなかった。

 大規模な戦争という人類の最も愚かな行為を止められなかった僕は当然大統領の任を解かれ、投獄された。

 獄の中にいても、案外世の中の情勢というものは聞こえてくるものだった。人間の本能を刺激する闘争をいう行為。殺人が肯定される非日常。命を脅かす存在に立ち向かうための団結。必死の開発、発展。

 世界中が熱を帯びていくのがわかった。

 世界、世の中というものから切り離された獄中にもその熱は伝わってきた。人々は活気付き、闘争の報道に熱狂した。


 世界中で、全く冷静だったのは恐らく僕だけだっただろう。戦闘による死傷者の数を見るたびに、手足の先から冷たい感覚が這い上がってくるのを感じる。体の芯から後悔や無力感が滲み出てくるのがわかった。


 ***


 あの巨大な戦争が終わって5年。傷ついた肉体が癒えるように緩慢に、世界は平穏を取り戻していく。敵と味方とで別れた関係は未だに戻らない。でも歴史が示している通りに、人類は互いに歩み寄っていけるだろう。

 戦争が思い出になるには、今からさらに10年程度はかかる。


「マザー、それはあなたの予測ですか」


 大統領……いや、元大統領がわたしに問いかける。 


『その通りです』


 わたしは元大統領をカメラで捉える。5年前に比べると少し痩せたように見える。


『少し痩せましたね。栄養が少し不足しているように見えます』


「そういうあなたは変わりないようで羨ましい」


 元大統領は、微苦笑しながらカメラをまっすぐと見つめた。


「約束通り話してもらいますよ。戦争の目的と異議を」

『ああ、そんな約束していましたね。貴方には戦争を始めたという責任を肩代わりしてもらいましたからね。教えましょう』

 カメラが、唾を飲み込む大統領を鮮明に写す。


『戦争というものは無くならない。それが23世紀までの地球人類共通の思想であった…………』

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